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時代遅れの東海道・関西・山陽本線の旅③
   謎の「鬼ノ城」に登り、さらに岡山・兵庫の田舎に
ーーー時代遅れの東海道・関西・山陽本線の旅③ーーー

「青春18きっぷ」5日間の鈍行列車の旅3日目。
岡山。

朝8:30、Sさんが車でホテルまで迎えに来てくださる。
3月末なのに岡山は2月のように寒い。
日差しは明るいが空気が冷たいのだ。風はない。

最近脚光を浴び始めた吉備路。
吉備の国は、弥生後期から古代2~5世紀、優れた製鉄技術を持ち、
大和朝廷に統一されるまで、出雲や畿内と並ぶ強国だったと言われる。

またここ備中は、平安時代から、都と西国・唐・朝鮮を結ぶ位置にあったため、
古跡は多いようだ。
岡山県の総社(そうじゃ)の「備中国分寺の五重塔」など、
れんげの里を巡る散策コースが5つ、6つある。
国分寺は、8世紀聖武天皇の命で、全国各地に建てられた。
総本山が東大寺(東京の国分寺は武蔵国分寺)だ。

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吉備(きび)の語源については、諸説あるようだ。
例の桃太郎伝説に出てくる「きび団子」。この地方は
黍(きび)が古来よく採れたから、吉備の国。
一方、中国由来の地名が多く、古代、中国から繋ぎ止めておくために
牛の手綱、鼻輪である「羈縻(きび)」という名が冠せられたという説もある。

しかし今日は、車で北に30分ほどの謎の「鬼ノ城」(きのじょう)に行くのだ。
桃太郎伝説の岡山には、鬼にまつわる地名が多いが・・。
細い山道を登っていくと、おわんを伏せたような標高400mの
頂に、謎の山城、「鬼ノ城」の遺跡が広がる。

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70年代に見つかり、90年代に拓かれた新しいスポットだ。
山上まで竹の杖を突いて登るが、距離はない。
ちょうど今も、西のやぐら(西門)が復元され、堀壁が作られつつある。
山上には石畳もある。

山上からは、岡山市や総社町が広がり、瀬戸の島々や
四国の山並みが春の霞にけむる。
風はないが、空気は冷たい。岡山でも、この季節なのに、
最低気温は零下だそうだ。

7世紀、日本の大和政権が百済と組んで、唐・新羅の連合軍と
白江村(はくすきのえ)で663年に戦い、敗れたが、
そのあと、唐・新羅がわが国に攻め込んでくるのに備え、
築かれた山城だと言われるが、
なぜ、「鬼ノ城」とよばれるのか。

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ヒントは、百済から逃れてきた韓国の人たちも入れて
築いた朝鮮式の山城だというところにあるようだ。
Sさんによると、朝鮮では、城のことを「き」と呼んでいたという。
別に鬼が島の別党の鬼が、ここで生活していたわけではないようだ。

ところが、大和政権から派遣された「吉備津彦尊」(きびつひこのみこと)が
ここ鬼ノ城に住む温羅(うら)という大鬼を退治したという伝説がある。
鬼の流した血で赤く染まったのが今の「血吸川」(ちすいがわ)の由来だそうだ。

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温羅(うら)は、百済の王子だったといわれますので、
大和朝廷がこの地域を平定するために、
鬼ノ城に住む朝鮮人を追い払ったのかもしれませんね。

いずれにせよ、唐・新羅連合軍は来ず、平安時代につながっていきます。

鬼といえば、岡山は桃太郎です。
「吉備津彦尊」(きびつひこのみこと)が、桃太郎の原型でしょうか。
桃太郎は、日本の大和政権の成立に力があったことになります。

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昼前に、Sさんに岡山駅まで送ってもらい、
買い物、昼食、インターネット・チェックを駅ビルの中ですませる。

午後3:14岡山発津山線の列車に乗って
北へ向かい、津山経由で東に「姫新線」(きしんせん)に乗り換え、
兵庫県に入った「播磨徳久」(はりまとくさ)へ向かう。
津山周辺には、「美作三湯」といわれる温泉地が広がる。
今回は行かない。

播磨徳久は、2年の夏、台風のゲリラ豪雨で
予期せぬ被害が出て新聞紙上に名の載った佐用町(さよちょう)の隣だ。
なぜ兵庫県の山の中へ向かうか。
昔の仕事の先輩で、ここに田舎を持つ人が、きょう東京から来られるからだ。

津山線の2両連結の快速電車は、緑の水を湛えた川沿いに
走っていく。静かな山間の景色が流れていく。
ローカル線の良さだ。
「姫新線」(きしんせん)に乗り換えると、「乗車募集!」と広告がある。
ここらも過疎化が進んでいる。

播磨徳久のKさんの家は、
まさにイメージ通りの田舎の家だった。
川沿いに走り、山を少し登り始めた所に家があった。
年に何回か、家と、田んぼの手入れに東京から来られるという。

男二人で、スーパーの惣菜を肴に、お酒をいただいた。
あすは、どこまで戻ろう?
「美濃太田」・・・行ったことないから、行ってみよう。
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by ucci-h | 2011-03-30 11:49 | アジア的な生活 | Comments(2)
Commented by 摂津屋 at 2011-03-31 11:31 x
吉備の国 お気に召しましたか?
次は、高梁市にある備中松山城へ是非行きましょう!
Commented by ucci-h at 2011-03-31 18:43
摂津や様 よかったですねえ。歴史ロマンがあって・・。
備中松山城!・・・ほほう。城廻になりそうです。

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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