エイズまる30年の歴史を振り返ると・・
1981年6月5日、米国西海岸で
健康だった5人のゲイの若者に突然
肺炎などの症状が発生し、うち2人が
死亡した・・・
「AIDS」(後天性免疫不全症候群)が
発生してから、ちょうど30年を迎える。

この30年間で世界で3000万人が亡くなったので、
第2次世界大戦の犠牲者数が約5000万人といわれるが、
大戦並みの死者数である。
今でも、なお世界で、3300万人がエイズ・ウイルスを
持っているといわれる。

このエイズ蔓延の30年間の歴史を振り返ってみると、
エイズの病原体であるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の
発見は、1983年と早い時期だった(フランスのパストゥール研究所で)。

この発見によって、まもなく天然痘やポリオのように
ワクチンができるだろうと思われたが、そうはいかなかった。
80年代、90年代はエイズ・ウイルスが猛威をふるい、
俳優のロック・ハドソン、ロック・スターのフレディ・マーキュリー、
テニスのアーサー・アッシュ等が犠牲者となった。

1996年に待望の抗HIV薬「カクテル療法」の効果が認められ、
これにより、患者の免疫システムが驚異的に回復するようになり、
エイズは、死の病から抜け出れるようになった。

しかし、この薬は高く、20世紀いっぱいは、豊かな国でしか
処方できなかった。
この南北問題の解決に力を尽くしたのが、2002年に創設された
「エイズ・結核・マラリアと闘うグローバル・ファンド」だ。
現在も217億ドルの基金を持ち、これまで650万の命を
救ってきたといわれる(3つの病気を合わせて)。

今でも、低中所得者500万人以上のエイズ患者が治療を受けており、
さらに1000万人が治療を待っていると言われる。

エイズ治療のジレンマは、生命が救えれば救えるほど、金が要ることだ。
現在のところ、患者は、薬を毎日、一生飲まなければならないからだ。
2015年までに、あと60億ドル必要と見込まれる。

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最近では、いろいろな予防法も広がってきた。
アフリカでは、男性の包皮切除を行なうと、感染率が66%も
減ることが判ってきた。
また、罹病者に早くから抗HIV薬を飲ませると、
感染していないパートナーへ感染する率が96%も減ることが
判ってきた。また、予防ジェルの開発も進んでいる。

とはいっても、ワクチンがない限りは、
今後20年間、年に百万人の感染者が出るだろうと見られている。


なお、世界の毎年の新規HIV感染者は、以上のような理由により、
1996年の推計350万人をピークに下がってきている
(2009年は260万人)。

かつては、感染率の高かったタイランドも、ピークの新規感染者数
推計143000人(91年)から、03年には19000人
(今はさらに低い)と、劇的に下がってきている。
コンドームの使用とオープンにするキャンペーンが奏効した。
それでも感染患者数は09年で53万人。

これに対して、レベルは低いものの、世界のトレンドとは
別に上昇しているのが日本だ。2010年は、1075件。
ここ4年1000件以上となっており、過去5年の累計数が
全体の42%を占めるという。
こんなことでがんばって欲しくないものだ。

筆者には、なぜかAIDSがつきまとう
(と言っても、感染したと言うわけではありません)。
エイズが、中部アフリカのみどりざるから持ち込まれたと言われるが、
70年代初めに中部アフリカから帰ったところだった。
80年代初め米国西海岸で初めてエイズが騒がれた時は、アメリカの
駐在(東海岸だったが)を離れた時だった。
そして、息子がなぜかAIDSの専門医になったというわけだ。
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by ucci-h | 2011-06-01 18:06 | アジア的な生活 | Comments(0)

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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