輝きを取り戻してきたスリランカ
スリランカ(旧セイロン)は、タイなどへの上座部仏教伝来の地である。
しかし、近年、「タミール・タイガー」の名で知られるように、反政府軍による
内乱が絶えなかった。

インドの南端から見えるセイロン島は、6万5600平方km。
北海道(7万8000平方km)の84%の広さの土地に、
2000万人が住んでいる。
1972年より採用された国名「スリランカ」の接頭辞スリ(聖なる)は、
タイの地名の頭に来るシー(シー・サケットやシー・チェンマイなど)と
同根だろう。

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北インドから来たと言われる「シンハラ人」(現人口の74%を占める)が
前3世紀には上座部仏教をこの島にもたらした。
しかし、13世紀より南インドの動乱で、タミル人(現人口の18%)が
この島に多く来るようになり、民族対立が近年にいたるまで、
スリランカ内戦の火種となってきた。

1948年の独立後も、タミル人の選挙権を剥奪したり、シンハラ語を公用語として、
タミル人を公務員から排除するなど、タミル人の追い出しが続き、
1972年の「スリランカ共和国」成立後、「タミルの虎」による分離独立運動が
始まった。

こんな狭い島で、南北インドを起源とする二つの民族が争わなくてもいいのにと思うが、
内乱は、1983年から2009年まで四半世紀続き、
2年前の5月のタミル側の敗北でいちおう終わった。
1991年には、インドのラジーブ・ガンディー元首相が、シンハラ側の肩を持ち、
タミルの虎に暗殺されている。

スリランカの一人当たりGDP(2010年)は、2428ドルと、世界121位。
その後に、モンゴル、フィリピン、ブータンと来る。
四半世紀にわたる内戦が経済活動を阻害した。
セイロン茶とルビー、サファイヤなどの宝石の島である。
あと、ココナツ、ゴム、コメがとれる。
輸出品の中心は、繊維・衣料品(輸出の42%)と紅茶(17%)である。

内戦終結から2年半、この島にもようやく平和が戻ってきた。
ことに内戦で遠ざかっていたツーリストが戻ってきた。
2010年は65万人だった観光客が、今年は、11月半ばで
すでに75万人を突破、年間では史上最高の85万人には
達しそうである。

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スリランカ観光局は「リフレッシングリー・スリランカ」を謳い、
ニューヨーク・タイムズ紙も、2010年5月に、「行きたい所31箇所」
のトップにスリランカをあげていた。
東北海岸ベンガル湾に面するトリンコマレーのブルー・ホエールの
見物、東海岸アルガム湾のウインドサーフィンと海洋資源が豊富だ。
スリランカには、また、7つもの世界遺産がある。

西南海岸沿いに、最大都市コロンボから南の港ゴールまで
100kmにわたりモダンなハイウェイが開通した。

スリランカのGDPは、2011年8.3%ほど伸び、2012年には9%ほど
伸びようと見られている。
輸出の伸びに、観光の伸びが加わる。
21012年3月28-30日には、「スリランカ・エキスポ」が計画されている。

タミルの虎は、永久に眠ったのだろうか。
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by ucci-h | 2011-11-29 19:55 | 中国・韓国そしてインド | Comments(1)
Commented by くんたれ at 2011-11-30 14:04 x
眠りましたよ w

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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