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タイの長期洪水対策の数々の水路案
12月になった。乾季となった。
タイ中央平原部の洪水はピークを過ぎ、
あとは残った水が引くのを待つ時期になったが、
その被害は、近年にない大きなものになった。

昔からタイの中央平原部は、洪水の通り道だった。
かつてビルマに攻められたアユタヤでは、洪水があるがゆえに、
ビルマの攻勢を追い返せたという。

それでも、ラーマ5世(1869~1910年在位)、ラーマ6世(1910~1925年)
の時代になると、タイの近代化の中で、ランシット運河などの水路を築き、
バンコク東部の地盤の低い土地を洪水路と定め、北からの水の流れを
よくすることに努めた。

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戦後、戦中戦後のタイの大立者ピブーンを1958年のクーデターで
追い出し、翌年の再度のクーデターで自ら首相に就き、63年の
死去まで強権政治をしいた政治家にサリット・タナラット元帥がいる。

サリットは、独裁的な強権政治を行なったが、同時に、
最初の国家経済社会開発計画を進め、今日の経済成長の基盤をつくった。
この開発推進の中で、工業化が進み、環境整備よりも、経済成長が
優先されて行くようになる。

開発が進み、地盤の低い土地に工場が出来、水害の被害が増すようになる。
1980年、83年の大きな洪水が続いたあと、現プミポン国王の指示を受けて、
1980年代には昔から洪水のやってくるチャオプラヤ川東部沿いに
首都バンコクを囲む形で、JICAの協力で「キングズ・ダイク」(王様の堤防)
が作られた。

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しかし、今回の洪水では、この堤防には、
ところどころ未整備だったり、つながっていないところが
あったりで、十分首都の防水壁として機能しなかったようだ。

1992年には、バンコク都庁の都市計画局により、
バンコク東部に自然洪水路が定められ、緑と白のコードが付され、
住宅や工場の土地と画された。
しかし、これも次第に経済開発により、侵食されていくことになる。
ミンブリのビチャーン議員などは、ガイドラインを変え、洪水路に
道路や開発地域を作ることに成功していった。

洪水路を妨げた良い例が、スワナプーム空港である。
スワナプーム空港は、バンコクではなく、サムート・プラカン県に
あるが、これが作られたため、タイランド湾へのスムーズな水の流れが妨げられた。
今回も、スワナプーム空港は守られたようだが、浸水したバンコクの
市街の水の引けるのが長引いている。

今後の長期的な洪水対策に、いろいろなアイデアが出てきている。
以前アユタヤからバンコクの南まで外郭環状道路3号線をつくり、
その外側に「ウォーター・モーターウエイ」の大運河を100km、
7年かけて築こうと言う案を紹介したが、
このほかに以下のような案が出てきている。
 「タイの洪水を防ぐ大運河計画 2011-10-31」
  http://uccih.exblog.jp/14856413/

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ひとつは、チュラロンコーン大学の「スーパー・ウォーターウエイ」構想である。
シンブリの北、チャイナットからアユタヤへの134kmの運河、
アユタヤからパトゥム・タニのランシットまでの32kmの運河、
そしてランシットから海までの30km、総計200kmの運河を整備し、
北からの水を蓄え、早めに海へ流そうというものだ。

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16億トンの水を蓄え、秒速6千トンで流せるこの運河をつなぐ案は、
水路の外側に1kmの空き地を確保し、運河の両側に高さ6mの
自動車道を走らせるという構想だ。
この案の特徴は、新しく水路を掘るよりも安く出来るということだ。

もうひとつは、地下・トンネルグループが提唱している
「洪水トンネル」案だ。
この案は、アユタヤのバンパインから、パトゥム・タニを通り
サムート・プラカンの海の出口まで、100kmに渡り、
東部外環道の下にトンネルを掘り、それを洪水時の排水路と
して使おうと言うものだ。

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地下トンネルは2階建てで、上部デッキは、普段道路として使われる。
下部デッキは、普段または小さな洪水の時に水路として使われる。
大きな洪水の時は、上部デッキも、交通を遮断し、水路として使う。
地下トンネル水路だと、地上のように途中障害物が邪魔することがない。

いずれにせよ、自然の水路上に建てられた道路や工業団地を
移すことはすでに無理だろう。
となると、いかに水路を使って水の流出をスムーズに速められるかが
ポイントになろう。

いずれも、長さこそ100km、200kmの違いこそあれ、
バンコクの東側に海に抜ける水路を作ろうと言うものである。
新たな掘削、既存運河の利用、地下トンネルといろいろな
アイデアが出ている。

さて水の引けた後、タイ政府はどんな長期的洪水対策を
打ち出すことができるのだろうか。
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by ucci-h | 2011-12-04 19:41 | アジア的な生活 | Comments(0)

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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