あまり報道されない北朝鮮の経済の話(下)
一人当たりのGDPでみると、92年以降の落ち込みが著しい。
1991年にソ連が崩壊し、閉鎖国への援助の手がなくなってからだ。
1974年ごろに一人当たり2850ドル(現在のエジプトほど)まで伸びた
北朝鮮のGDPは、その後20年近く、チュチェのもと、停滞した後、
1992年ごろより、現在に至るまで大きく落ち込んで行く。
配給制度が不調をきたし、街に“コッチェビ”(花燕)と呼ばれる浮浪児が
急増し始めたのが1994年頃からである。

現在は一人当たり1090ドルと、なんと1960年代頃までの
水準に落ち込んでしまった。現在のカメルーンやコートジボワール、
パキスタンやラオスのレベルである。ピークから6割減である。

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北朝鮮は、西側の経済制裁もあり、中国から食糧支援を受け、
計画経済の下、食糧配給を行なっていると言われるが
(もちろん私的な小規模市場もあるようだが)、現在国民の5人に一人に当たる
5百万人に食糧が足りないと、
11月25日に出た国連の「FAO」(食糧農業機関)のレポートは伝えている。
子供の3人に一人が栄養不足だそうだ。

5月から9月の夏の間の食糧配給は、一人一日当たり200g弱と、
必要最小限の600gの3分の一だそうである。
不足分は、草、どんぐり、松の実、野いちご、きのこ、花の根などで
補っている。

北朝鮮は経済開放を進めなければ、これ以上援助でしか
凌げない状況に来ている。
しかし、アラブの国々のように下からのデモで国がひっくり返る
可能性は、なくはないだろうが、今のところ薄いだろう。
国民の横のつながりがまだできていないようだ。

韓国国境からわずか16kmしか離れていない、かつての高麗の
首都だったケソン(開城)には、グッド・ピープル社(下着メーカー)など
韓国企業も活動している「ケソン工業団地」がある。
そこにエジプトのカイロに本拠を持つ「オラスコム・テレコム」社も
モバイル電話サービスを提供している。
そこでの携帯電話の契約者は、この6月末に、1年前の18万人から
67万人に伸び始めたところだ。

北朝鮮政府が、中国にならって、いつどのように開放経済を取り入れるか
注目される。
新しいリーダー、キム・ジョンウン(金正恩)は28歳と若く、
最低1年は、政治的、軍事的基盤作りに追われると言われる。
経済的開放をやるならそのあとになりそうだ。

経済開放はやるなら、かつて中国のデン・シャオピン(鄧小平)がやったように
経済特区の拡大など、市場経済の一部導入や、外資の導入となるだろう。
見本は世界中に散らばっているのだから、閉鎖志向を捨てて、開放経済に向かう
考え方の変化が必要となる。
若い指導者に、知恵を与えられる人物が出てくるのだろうか。

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北朝鮮の経済政策の変更については、悲劇がつきまとう。
2010年3月、党の財政、経済計画のトップのパク・ナムギー(朴南基)が
経済を意図的に悪化させようとした罪を問われ、逮捕され、76歳で銃殺された。
通貨価値を切り下げ、国民の預金の一部を差し押さえようと
いうものだったが、インフレを引き起こし、その失政を問われたと言う。

いずれは、開放路線に向かわざるを得ない北朝鮮だが、
そのきっかけはどこで生まれてくるのだろうか。
いっそうビルマのように、中国が属国化するかのごとく
丸抱えにし、それへの反発から経済開放へ向かうという
筋書きはどうだろうか。

それには少し時間がかかりそうだが、
世界の変化はまた思ったより急激にやってくることもある。
閉鎖国北朝鮮の開放が待たれる。

(おわり)
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by ucci-h | 2011-12-24 09:44 | 中国・韓国そしてインド | Trackback | Comments(0)
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北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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