この2月上旬、アユタヤのセナ地区がの6つの村が、鉄砲水で
洪水になった。
原因は、上流のプミポン・ダム、シリキット・ダムの放水量を
増やしたからである。
「ダムの水位が今年は異常に高く、このまま雨季を迎えると
再び洪水のおそれが強い」という見方に対応して、
インラック政権はダムの放水量を増やしたが、
これがこの乾季の洪水をもたらしてしまった。
ダムの放水量の増加が、チャオプラヤ川の水位を上げ、
それが、アユタヤを流れる支流のノイ川の氾濫となったようだ。
洪水と言っても、10cmほど水が溢れた程度だが、
アユタヤの住民は、昨年に続いて早くも水害に遭い、
「1年中水浸しになるのか」と怒っている。
政府は、「適正なダムの放水量を探る」と言っているが、
今年の状況を去年以上に悪くしているのは、洪水に遭った
シンブリ、アユタヤ、スパンブリの各所に水がなお残って貯まっていることだ。
「政府は十分排水をしていない」と地元民は怒っているが、
水が残っているところへ今年も洪水がやってきたら被害は拡大する。
ピーチャ自然資源・環境大臣は、「政府は洪水防止対策に3500億バーツもの
予算を取っている」と言っているが、水路建設を含めた洪水防止プロジェクト
の候補が出てくるのは、7月末である。すでに今年の雨季に入ってからだから、
今年は間に合わない。
アユタヤ王朝時代も、中部平原地帯は、毎年のように洪水にさらされたという。
ビルマが襲ってくるのに対抗するためにも洪水地帯を作ったようだ。
洪水にさせる所、水路になるところを定め、住民の生活は守られたという。
工業化が進み、道路開発、工場建設、住宅建設が進んだ近年、
バンコク都なども自然地帯と開発地帯を線引きし、水の流れを確保しようと
努めたが、結局開発業者が役人を買収したりして、
水路となるべきところが工場や道路に開発され、今日の洪水被害を
高めていると言われる。工業団地の多くは、昔の水路だった。
今年は大雨にならないよう祈るばかりである。