この人たちは、最低賃金にも社会保障のネットにも守られておらず、
高齢化していくタイ社会において、老後の保障「老齢年金」のあり方が
問題になってきています。
今回は、まずはタイの年金制度はどうなっているのか、
以前、筆者が雑誌に寄稿した分を載せて、基本の仕組みを
見てみましょう。前編と後編です。
まずは、前編のポジティブな話から。
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タイにおける年金制度充実への取り組み
(ポジティブな話)
1.東南アジアの中でも進んでいるタイの年金制度
アセアン諸国の国々が中国やインドと並んで、2008年の金融危機後、
停滞するユーロ圏などの先進国に代わって、
世界経済を引っ張る牽引力になっていることを以前お伝えしました。
経済の成長拡大は、会計等の整備と合わせて、これらの地域の年金制度の整備も進めます。
今回は、アセアン諸国の中でも、社会保障、年金制度の充実に積極的に取り組んでいる、
タイの現状をお伝えしましょう。
タイは、東南アジア諸国の中でも、社会保障、社会保険制度の充実に積極的な国です。
上座部仏教の盛んな、立憲君主制の国なので、
パターナリズム、国民救済的な意識が根底にあるからかもしれません。
2011年の総選挙では、貧困層を基盤にするタクシン派のタイ貢献党が
過半数を制する勝利を収めて、民主党に代わり政権を取ることになりましたが、
“30バーツ(90円)診療”で知られる‘ユニバーサル・ヘルスケア’国民皆診療制度を
この国で始めたのも、2001年にできたタクシン政権でした。
社会保障制度、公的年金制度は、90年代後半に現在の形ができましたが、
タイの年金制度の歩みを見てみましょう。
古くからあったのは、公務員に対する年金制度です。
国のために働く公務員には、全額税負担の年金制度が、
1902年より発足、運用されてきました。
公務員年金を充実すべく、1997年に再編成が行なわれました。
従来のこの最終給与比例のDB(確定給付)型年金の水準を若干切り下げる代わりに、
新たに中央政府公務員120万人に対して、「GPF」(政府年金基金)が上乗せされました。
この年金制度は、強制加入のDC(確定拠出)型で、
職員が給与の3%を拠出し、雇い主である政府が5%を拠出し運用されます。
2011年央の残高は4500億バーツ(約1兆3000億円)ほどです。
運用ポートフォリオは、国内債中心ですが、多様化しています。
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民間企業の従業員には、1990年に発足した老齢年金制度「SSF」(社会保障基金)があります。
この強制加入の公的年金制度は、タイの社会保険パッケージ(医療・失業・老齢)の一環をなすもので、
老齢年金への拠出は、従業員・企業が給与の3%ずつですが、
パッケージとして合わせて給与の5%ずつ徴収されます
(その後、洪水被害やらで4%に減額されたりしますが)。
政府は年金に1%、その他も合わせて2.75%拠出します。
この老齢年金は、タイの非農業労働人口2,250万人の4割に当たる
民間企業の従業員925万人が対象になっています。
残高は8400億バーツ(約2兆4千億円)です。
運用は保守的で、主にタイの国債で運用されています。
このDB(確定給付)型年金は、日本と同様賦課方式で運用されますが、
15年以上の拠出実績で、現行55歳からもらえます。
ただし、給付額は、最終給与の3割ほどと設計されていますので、
小型で、不十分です
(もっともタイの人々は、引退後は、核家族化が進んだ日本と違って、
大家族制の下、家族から面倒を見てもらうことがなお多いようですが・・)。
このため、老齢年金に加えて、企業の従業員向け(また一部公務員向け)には、
任意加入(上場企業は強制)のDC型の私的年金である
職域年金「プロビデント・ファンド」(老後基金)が導入されています。
残高は4000億バーツ(1兆1500億円)近くにのぼります。
プロビデント・ファンドは、大企業中心におよそ8,700社で採用されています。
信託方式で、全部で519ファンドほどあります。
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2.2012年は年金カバー率の拡大、2014年に老齢年金の支給開始へ
タイの年金制度の柱になっている老齢年金制度(SSF)ですが、
いよいよ2014年から支給が始まります。
タイも、日本や欧州の老成国に比べれば、人口構成の若い国ですが、
それでもアジアの中では、フィリピンやインド、インドネシアなどの若い人口構成には及ばず、
すでに中国と同等の‘中年国’です。
タイの60歳以上の人口の全人口に占める割合は、
2011年の11%から、20年後には22%へと倍増する見込みです。
このまま行きますと、支給開始12年後の2026年には支給額が拠出額を上回るようになり、
その23年後の2049年には、ファンドは底をつくと見られています。
早晩、支給年齢の引き上げ(55歳はいかにも早い)や拠出増など、
制度の改革が必要になってきましょう。
タイの財政赤字は、GDPの2~3%程度と小さく、
ユーロ圏や日米先進国のような財政問題は2011年現在では存在しません。
高齢化による年金負担の拡大が大きな財政赤字の原因になり、
さらには国債による市場からの資金調達が難しくなり、
国民は緊縮財政を余儀なくされているユーロ圏の国々とは対照的です。
とはいえ、今般、政権を奪還したタクシン派のタイ貢献党政権は、
ポピュリスト的な積極財政を目指しています。
インフレ拡大と並んで、年金負担という将来の“時限爆弾”もあり、
今後のタイの財政も要注意です。
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以上のように、タイの年金制度では、
公務員、民間企業の従業員合わせて1,300万人ほどはカバーされていますが、
これは農民も含むタイの全労働者3850万人の3分の一に過ぎません。
残りの自営業者や農民、非正規従業員など計2,400万人ほどは、
この公的年金の蚊帳の中に入っていません
(形式上は、非正規従業員もSSFでカバーされていますが、
割りに合わない仕組みなので、1.6%しか入っていません)。
これらの人は、自分で年金型保険に入ったり、「退職投資信託」を毎月買ったりして、
老後に備えなければなりませんが、そんな面倒なことに余裕を向けられる人はほとんどいません。
そこで、これらの公的年金カバー漏れの人たちを対象に、
新たに2012年5月より「NSF」(国民貯蓄基金)がスタートする予定でした。
以前は、強制加入のDC型のNPF(国民年金基金)が
第2の年金の柱としてILO(国際労働機関)の助言により構想されていましたが、
民主党政権のもとで、この任意加入のシステムに落ち着いたようです。
政府が1年物の定期預金金利を保証する貯蓄タイプだと言うことですので、
確定給付型となりましょう。
15歳から60歳までのタイ国民なら、他の公的年金制度に入っていなければ、
誰でも加入できる仕組みです。
国からは、加入者の年齢に応じて、積立額相当まで拠出金が追加されます。
しかし、これも政権が変わったためいま宙に浮いています。
いまやすでに‘中進国’と呼んでいいタイですが、
公的年金制度の充実でも歩みを進めています。
明日のことは余り気にかけない国民性の国ですが、
公私の年金制度は今後拡大していくことでしょう。
同時に、政府の財政の舵取りも、先進国の失敗例を見ながら、
慎重に進めて欲しいものです。