林住期を過ごす――現役の君へ(2/3)
「林住期も家住期に比べれば、けっこういいもんだ」という意識は、
リタイアした5~6年前からあった。


「リタイアして北タイに住んでいると、暇でしょう?退屈しませんか?
日本に戻りたくなりませんか?毎日何をしているんです?」と
いったような質問をよく受けたものだ。


その度に、「いえいえ、タイ語やアジアの経済の勉強、ゴルフの稽古、
体力の維持、犬や虫とのつきあいなどいろいろやることがあって、
けっこう忙しく、時間が足りません」、
「日本にいるよりこちらにいる方が、生活に新たな発見があって
面白いですよ」と、まじめに答えていたものだ。


そして、毎日朝起きて、その日の気分で生きられる幸せ、
在職中のように、今日は朝早く仕事に行かなければならないこと
から開放された喜びを味わってきたものだ。


‘退屈’(ひま)と感じられれば、これは最高の幸せとなる。
なぜなら、義務に囚われず、何でもできるからだ。
ちょうど、神様から「さあ、今日の一日、あなたの好きなように
お使いなさい」と白紙委任状をプレゼントされたようなものだから。


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とは言いながら、やはり何か欠けているものがあることを
うっすらと感じて来てはいた。
ひとつは、気の合った日本の友達だ。


こちらでも、日本人、タイ人、その他外国人の友人は
できたが、やはり長くからのつきあいの気心の知れた旧友はいいものだ。
日本へ帰国したときに会うくらいになった。


特にこちらに長居するようになった当初は、
友人が少ないことが、新しい土地での暮らしの上でも、
楽しみの上でも、ハンディキャップに感じたものだ。


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この人間関係不足感は、実はつい最近まで
続いてきたが、5~6年を経て、林住期を改めて
意識することになって、前回述べたように、自分の中で
何か認識が変わってきた。


折りからインターネットの時代。
インターネットは、人を“つなぐ”ツールだという。
仕事でのつながりよりも、心のつながりを求める
現代人がそれだけ多いということだろう。
‘人とつながっていないと不安でしかたがない’のが
現代人の特徴らしい。


特にインターネット上での「タグド」や「バドゥー」、
「ハイ・ファイブ」、また「フェイスブック」などの
SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)は、
タイ人や欧米人も多く使っており、出会いの場を
提供してくれる。
友達は作りやすい時代だ。


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こちらに来て、SNSは友人のきっかけを作るのに
便利なツールとなった。
そして、これらを使い始めると、友人を増やすことが
あるべき姿の様になってくる(実際、フェイスブックやMIXIは
商売上、そういう仕掛けになっている)。


在職中は、転職も多かったので、人脈は広い方だった。
「顔が広い」のが自分の特徴だった。
もちろん、飯を食べたり、会合に出たり、それなりの努力もした。
だから、リタイアしても、SNSなどを使って、人とのつながりを
太くして行こうという気持ちがあった。


しかし、ここにきて、林住期を改めて考えるとき、
ここに至って人とのつながりを増やすことは、
何か林住期の行き方に逆らって、家住期をよきものとして、
悪あがきしているのではないかと思うようになった。


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人とのつながりを増やす必要性は、
家住期と林住期では違うのだ。


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もちろん、よき友人はうれしいものである。
ことに異国に住んでいると、日本から訪ねてくれる
日本の友人は、まさに「友あり、遠方より来る」で
大歓迎で、楽しくなる。


しかし、リタイアして林住期の暮らしの中で、
さらに多くの友人作りが必要だろうかと考え直す。
もともと人付き合いは得意な方ではなく、
「少数のよい友達がいい」派であった。
顔が広かったのは、仕事上必要だったからに過ぎない。


物事には、ポジティブな面とその裏にネガティブな面がある。
少ない親友は貴重だし、友人が多いこと自体は悪いことではない。
しかし、量が多いと、つまり触れる面が多いと、
人間関係は軋轢や誤解、妬みなど面倒なことが生まれやすい。


リタイアして、仕事はもう卒業したのだから、
ここにいたってまで気の合わない人間と付き合うことはないと
決めていても、量が増えれば軋轢が増す。


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「仕事をしていると良い。新しい知り合いが増えるから」と
よく言う。その通りだが、仕事をこなすために増えたとも言える。
会社を替れば、それまでかもしれない。


リタイアして仕事が無くなったのだから、
余計な知人を増やしたくもない。
ちょうど、食事も体にいいものを質素に食べたい気持ちと似ている。
贅沢な濃い食事は、パリやマンハッタンや東京で、働いていたとき
十分楽しんできた。


誤解しないで欲しい。別に人間嫌いになったわけではない。
社会に背を向けて、林の中にこもり隠遁生活を
おくろうというのではない。
出会いがあれば挨拶はするし、人と逢ったらその人のいい所を
汲み取るのも楽しみだ。
でもあまりややこしい人間関係に積極的に入りたくはないし、
入る必要もないということである。


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人間関係、「人とのつながりがなければ、孤独でさみしい
生活になる」という怖れが、世の中では喧伝されている。
でも本当にそうだろうか?そんなことはない。
日本でも、一人暮らしでせいせい暮らしている人は多いはずだ。
‘お一人様’は、自分の好きなときに好きなことが出来る。


現代社会は、システム化されている。
一人で暮らしていても、別に‘孤立’しているわけではない。
娯楽のためのテレビ番組や映画、音楽はたくさんある。
人恋しくなれば、飲み屋でもカラオケでもディスコでも、
いやそれこそSNSを開けば良い。


家住期と林住期での暮らし方の違いは、
面倒だが刺激のある濃い生活をおくるか、
面倒のない最小のもので事足りる淡々とした生活を
志向するかの違いだろう。
年代が変われば、暮らし方も変わっていいはずだ。

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我々は、「個の独立」をあまり奨めない教育を受けてきたようだ。
集団で波風立てず仲良くやっていくことが最善とされた。
自分の好きなように生きることは、‘自分勝手’、‘身勝手’と
みなされ、はなから受け入れられない風土の中で育った。


リタイアしても、なかなかその先入観から抜けられないが、
林住期は自分を解放し、貴重な生を受けた自分のために生きる
“黄金期”にしたいと思う。


(続く)
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by ucci-h | 2013-11-18 13:49 | アジア的な生活 | Comments(0)

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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