アジアの街角から第5回 一枚岩にはならないタイランド
タイでは2014年初め、タクシン派のタイ貢献党政権と
これに反対する反政府派の対立で大きく揺れていました。


タイにおける政情不安は毎度のことです。
この国ではクーデターとか非常事態宣言とか
治安維持法発動とかは日常用語です。

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とは言いながら、今回は現政権のコメ国家管理政策の
失政などから農民など与党の地盤からも追求を受けるなど、
タクシン派政権への反発が強まっていました。


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タイの国内対立は、経済の足も引っ張り、困ったものですが、
この国の歴史を見ると、国が一本にまとまることは稀で、
ほぼいつも、国内では対立状態が多かったように見えます。


印象に残るのは、第2次大戦時です。
大戦が勃発し、日本軍がタイに上陸してくると、
時のビブン政権は、日本軍の駐留、基地設営を許してやりました。
1942年1月には、ビブン内閣は、米英に対して宣戦布告しています。
このためバンコクやチェンマイは大戦中、米軍機の空爆を受けています。


しかし、大戦が終結すると、タイは英国からの併合を免れるだけではなく、
なんと戦勝国に名を連ねていたのです。


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これには、進駐してきた日本軍に抵抗しようという
「自由タイ運動」(セリタイ)の存在が忘れられません。
宣戦布告にしても、時の駐米大使で王族のセニは、これを
握りつぶし、むしろ米国内に抵抗運動の組織を作っています。


これらのもう一方の努力が、戦後、タイを敗戦国の仲間に入れられることを
免れさせました。もっとも戦後は、ビブン派とセリタイ派が、相互に
クーデターを仕掛け、相手を切り崩すなど、相変わらず一枚岩になれず、
政争は尾を引きましたが・・・。


日本のような‘一枚岩’になりがちな国から見ますと、
なんとも不思議な気がします。


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一国内に別の考えがあり、非常時でも一本にまとまらず、
「双頭の蛇」ならぬふたつの顔を持って、内部のもうひとつの声を
戦時中から訴え続け、敗戦国となるのを免れさせました。


タイは東南アジアで唯一植民地化を免れたことで知られますが、
東からのフランスと西からのイギリスを巧みに相互にけん制させるなど、
その外交の巧みさは知られています。


国内では一枚岩になれず、しかし外交となると巧みさを発揮する。
このタイ人気質は、地下でつながっているのかも知れません。


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タイにもいろいろな規則があり、いちおう守られる形になっていますが、
基本は“自己責任”です。日本のような官僚がきっちり規制を張り巡らし、
何かあれば、“他人責任”にされやすい国とは対照的です。


国がどうでも自己責任で動きたがるタイ人。
どうやらここらに、悪く言えば国のまとまりの悪さ、良く言えば、
他に同化しないタイ人の自由さがあるように見えます。


中途半端な選挙が終わっても、政府はコメ代金を払えず、
なお混乱は続いていました。これが5月の軍事クーデターに
つながって行きました。
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by ucci-h | 2015-06-23 09:57 | アジア的な生活 | Comments(2)
Commented by 里鈴 at 2015-06-24 21:09 x
第二次世界大戦時のタイの対処法は実に興味深いですね。

当方は、その当時の自由タイ運動は、下記の動画「クーカム 運命の二人」で知りました。

「クーカム」は日本人将校コボリとタイ娘アンスマリンの悲恋物語として有名ですが、下記TVドラマでは当時の世相がよく描かれていて勉強になりました。

それにしても、アンスマリンという女性は芯が強く、頑固ですが、知的で、タイの女性としては最高の女性ですね。
こんな女性は実在するのでしょうか?是非お会いしたいですね。

http://ameblo.jp/naaruk/themeentrylist-1-10064000630.html
Commented by ucci-h at 2015-06-25 11:24
クーカムは、今後も映画化されるんでしょうね。北タイのメーホンソンの物語も映画化して欲しいものです。

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
by バンディ
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