カテゴリ:タイの政治・経済・金融・為替( 148 )
バーツ高是正へ、タイ中央銀行利下げに続き、さらなる手を打つ
4月29日(水)の意外性のある政策金利引き下げに続き、
3連休前の30日(木)には、タイ中央銀行は、
追加の外資政策を発動、バーツ高の是正への姿勢を強めた。

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国内銀行での外貨預金枠を拡大、
いっそう、バーツでなく、外貨でもてるようにした。
さらに、国内投資家の海外への直接投資への緩和を行なった。


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バーツは、昨日の下げからさらに0.3%対ドルで下落、
1ドル=32.965バーツと、33バーツ近くまで下落した。
1ドル=33バーツになれば、年初のバーツ安水準、
この半年のバーツの安値となる。


外国人投資家は、利下げのあった昨29日には、
予想通り、タイの債券を105億バーツ、
株式を29億バーツ売り越している。
100億バーツを超える債券の売り越しは、
2013年8月以来だそうだ。


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4月はじめのバーツ高からバーツ安へ、
1ヶ月で2.6%のバーツ下落だ。


これに連れて、円もバーツに対し上昇。
ことにドルに対しても堅調になっているので、
1万円=2,770バーツと、昨年末~年初の水準へ戻ってきた。


早く、1万円が2,900~3,000バーツに
戻ってもらいたいものである。
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by ucci-h | 2015-04-30 21:37 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(2)
予想外の政策金利の連続引き下げで、さすがのバーツも下がったが・・・
2015年4月29日(水)、予想外に、
タイの政策金利が、前月に続いて
引き下げられた。


これで2.0%⇒1.75%⇒1.5%と
ひと月半のうちに、2度連続の引き下げとなった。

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予想外と言うのは、エコノミスト20人のうち18人が
今月のタイ中央銀行の政策委員会では
金利は現状維持と見ていたからだ。


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しかし、金融政策としては、時宜にかなった引き下げだろう。
タイの経済は低迷しているし、輸出はこのままでは
3年連続のゼロ成長だ。
折りしも、インフレ率は低下してきている。


この政策金利の引き下げにもかかわらず、
ここ2週間ほど下げていたタイの株価は止まらず、
SET指数で1522ポイントへさらに下げ(-0.6%)、
再び1500割れを伺いそうな状況だ。
あらためて景況の悪さが認識された形だ。


株価よりも大きな影響は、当然為替に対してである。
3月のときは、対ドルで32.9バーツほどにまで一時バーツは下がったが、
その後4月はじめには32.2バーツと再びバーツは強くなっていた。
少々の金利低下では、バーツへの思惑がとどまらなかった。


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そして、今回の利下げである。
バーツは、32.8ドル辺へまで下がった。
しかし、これでバーツへの思惑が消え去るかは不明だ。
再びバーツが頭をもたげてこないとは言い切れない。
投機筋は、少々の金利低下ではへこたれないことが多い。



今後のタイの債券に対する外国人投資の動向が注目される。
為替動向とタイ債券に対する外国人投資動向は、
ニワトリとたまごの関係だが、どちらかが崩れると
相互作用を及ぼしそうだが・・。


 「タイ・バーツの強さのミステリーを解く 2015-4-9」
  http://uccih.exblog.jp/21696741/



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折りしも、米国の第1四半期GDPが前期比0.2%(年率)と
低い伸びにとどまり、円は対ドルで118円台に上げて来ている。
バーツ高円安に苦しめられたタイ在住者には、
少し息の抜ける円の対バーツでの戻りが見られよう。


3月上旬1万円=2,685バーツまで行ったバーツ高だが、
ここにきて2,750バーツほどまで円が戻ってきた。
当面の戻りのめどは2,800バーツあたりだろうが・・。
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by ucci-h | 2015-04-30 01:40 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(0)
タイ・バーツの強さのミステリーを解く
タイの通貨バーツの強さが続いている。
チェンマイの街の両替屋に1万円を持って行っても、
2700バーツほどにしかならない。
3300~3500バーツを手に出来た日々が懐かしい。


もちろん、円安が大きいわけだが、世界の通貨の中でも、
昨年来、タイ・バーツの強さが際立っている。

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主要通貨ドルに対しても、年初1ドル=33バーツを超えていたのに、
この4月はじめにはバーツが、1ドル=32バーツ近くへ強まっている。
年初来、強いドルに対しても、3%上がっている。


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ここに来て円レートは、ドルに対して、年初の120円台から
わずかにしか上がっていない。円が1ドル120円割れとなったとき、
少しは円からバーツへの両替レートが改善しているかと思うと、
ドルの対バーツ下落が大きいため、円は上がれないでいる・・・。


これ以上、対バーツの円安が続くと、タイで暮らしていけなくなりそうだ。
もっとも、円だけではない。
あの悲惨なロシア・ルーブルの下落率は、この1月末までの4ヶ月間で
対バーツで72%にも及んだ(今は少し戻り、ここまでの6ヶ月間で
マイナス44%)。
あれほどタイの観光地に溢れていたロシア人観光客がめっきり減ったようだ。


中国の人民元の対バーツ・レートはどうだろう?
人民元の対バーツ下落率は、ここ5ヶ月で2.4%ほどにとどまっており、
タイ各地は、中国の植民地になったかのように中国人観光客で溢れている。


韓国のウォンも3月半ばまでの4ヶ月間、対バーツで6.8%ほど下がっていたが、
その後少し戻し、累計過去5ヶ月間で3.7%ほどしか下がっていないので、
日本人に比べて、影響は少ない。
ウォンの対ドル下落率は過去5年間で8.3%と緩やかなものだ。


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バーツの強さは、隣国マレーシアの通貨リンギットに対しても顕著である。
3月下旬までの半年間で、なんと14%もバーツが上がっている。
以前は、バーツからリンギットに換えるのに、1リンギット=10バーツと
きりがよかったが、昨年10月以降の半年間で、バーツが14%も強まった。
1リンギットは8.8バーツと下がっている。
マレーシアの方が、円の両替率はいい感じとなる。


原油価格の下落で、原油自給国マレーシアと、輸入国タイの通貨価値が
対照的に動いたのか。
インドネシアのルピアに対しても、バーツは過去半年で、8.9%ほど
上がっている。


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このタイ・バーツの強さは、しかしミステリーである。
タイのファンダメンタルズは決してよくはない。
政治は、クーデター後の軍事政権だ(前政権よりベター?)。
経済の伸びは停滞している。金利を下げている状況だ。


輸出は2年連続ゼロ成長。
どこに通貨高の要因があるのだろうか?


考えられるのは、中進国特有の外資の流入である。
もっとも株式市場は低迷しており、外人買いが入ってきているわけではない。
年初来、外国人投資家は100億バーツのタイ株の売り越しである。


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債券投資はどうか?
昨年5月軍事政権ができ、いちおう政治的混乱が解消されたことから、
外国人のタイ債券(85%が国債、15%が中央銀行債)投資が増加し、
外国人の債券保有高は昨年9月末、7000億バーツを超えてきた
(タイ国債全体の17%保有)。


もっとも、この3月に政策金利が25ベーシス・ポイント切り下げられた
ことから、外資は流出、今年になってからは、233億バーツの純流出になっている。
軍事政権成立後4ヶ月間の純流入額の3分の一が流出した勘定だ。
しかし、為替市場でのバーツ安へのインパクトはなお限られている。



直接投資はどうか?
タイへの直接投資は、日本からのものを中心に着実に行なわれている。
ここ数年は、年間120億ドル、月平均ネット10億ドル(320億バーツ)ペースだ。
2015年1月は、金融・製造業中心に29億ドルに膨れたが、月々は大きく振れる。
為替を動かす大きなトレンドの変化はないはずだ。


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ファンダメンタルズはあまり関係ないと言ったが、
タイの経常収支の改善は注目される。
2012-13年から赤字傾向できたタイの経常収支は
2014年10月以降、黒字を積み上げてきている。


内需の低迷と輸入原油価格の低迷で輸入額が減り、
貿易黒字が増えてきたことに加え、
サービス収支の受取超への変化が全体の経常収支黒字を
増やしている。中国人中心に旅行客が増えている。


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タイへの債券投資の純増と、経常収支の改善が
バーツを強くしているとすると、今後どうなるのだろうか?


経常収支の黒字も、原油安効果があるので貿易黒字は続くのだろうが、
バーツ高による輸出の逆風が続くとどうなるかわからない。


ポイントは、内外の金利差の動向だろう。
タイの政策金利はこの3月1.75%に引き下げられたが、
景気の低迷が続くと、さらに25ベーシス・ポイントの引き下げもやってくる。


一方、米国の金融緩和は最終局面。
0.25%という低率のフェデラルファンド・レートはすでに6年になる。
年内に米国の金利の引き上げが出てくるかもしれない。
そのとき、タイに向かっていた投機的な短期資金はどう動くのだろうか?
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by ucci-h | 2015-04-09 12:10 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(4)
2015年を迎えたタイ経済の状況
新年を迎えたが、アセアンの中心にある
タイの経済は停滞している。


昨2014年の経済成長率は1%にも行かなかったもようだ。
2013年の2.9%に続いて2年連続の低い経済成長は、
かつてのバーツ危機(1997~8年)、リーマンショック(2008~9年)以来
のことだ。


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チェンマイのプロメナーダ・モールに1年半前に開店したユニクロの店は、
今年になってシャッターが下ろされたし(一時的なのかは不明、
プロメナーダ自体が客が少ない)、一方で、食堂のメニュー価格はなお
上がっている。

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いわゆる“スタグフレーション”という状況に入っているのかもしれない。
消費需要は伸びないが、いや伸びないゆえに、価格を上げざるを得ない
状況か(CPIの統計数字では物価の伸びは低いが・・)。

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2015年、軍政権の下では、公共投資を増やし経済に活を入れる予定だ。
輸出もあまり伸びないし、借金の増えた家計の消費活動には
あまり期待できない。
もっとも、公共投資が実際に動き出すには時間がかかりそうだ。


2015年のタイ経済は、3~4%の伸びと民間の金融機関は
見込んでいる。
景気はスローでもいいから、物価が落ち着いて、バーツ高も修正されて欲しい。
タイに暮らしていての実感である。
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by ucci-h | 2015-01-08 11:19 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(4)
タイの鉄道・道路のインフラ開発において、うまく中国と日本を引き込みたいタイ政府
タイは今後の国土交通インフラの整備において
中国と日本をうまく使い分けることを目指しそうだ。


インラック政権時代の高速鉄道計画をフィージビリティー・スタディーが
できていないと一旦つぶした後、プラユット軍事政権は、
新しく4つの高速鉄道計画を打ち上げた。

 「タイの新幹線計画はつぶれたが、高速鉄道として復活 2014-9-11」
  http://uccih.exblog.jp/21100257/

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中心となるのは、中国の雲南省からラオスを経由して
タイに入ってくるタイ縦断新幹線である。
これは、タイランド湾への進出を目指す中国が積極的なので、
中国の技術と資金で行なうつもりだ。
将来の支払いは、タイの産物ゴムとおコメでバーターで行なう事を狙っている。


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長年の友好国日本の新幹線を入れないだけでは
片手落ちとなる。
タイには、縦断交通網の整備だけでなく、ビルマから
タイ、カンボジアを東西に横切り、ベトナムの中部ダナンを
目指す東西回廊の道路建設も企てられている。

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また、滞っているミャンマーのダウェイ臨海工業団地の
開発(総額3250億バーツ、約1兆1700億円)は、
ミャンマー以上にタイが望むところだが、
資金の不足を日本の参加で補いたいところである。

 「ミャンマーの3大経済特区開発の現状 2013-6-28」
  http://uccih.exblog.jp/19074559/

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従って、縦断新幹線は、中国に、
東西回廊の道路建設、また東西鉄道網の建設には
日本を引き込みたいところである。


ラオスの首都ビエンチャンの近くのタイ国境の街
ノンカイからずっとタイランド湾の臨海工業地帯ラヨーンの
マプタプートまでの737kmの軌道幅1,435mm(タイはこれまでは1m幅)の
高速鉄道プロジェクト(総額3,500億バーツ、約1兆7200億円)の計画は、
11月18日に閣議承認され、12月3日に立法議会(NLA)で
満場一致の賛成を得た。

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来年初めには、中国政府との「MOU(覚書)」の署名が計画されている。
来年から5年間で完成させる計画だ。


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ダウェイ臨海工業地帯の開発は、当初、タイの民間の「ITD」
(イタリアン・タイ開発会社)とミャンマー政府が契約し、2010年11月に
発足したが、資金が不足することと、ミャンマー政府が
他の工業団地の開発を優先しているため、延び延びになってきた。


ここにきて、ようやくインフラは官が行ない、工場などは
民がその上に立てるという基本ラインが見えてきたので
ゆっくり動き出した。
そもそも民間会社が国のインフラを整備するのはムリであり、
ミャンマー政府とタイ政府の合弁の「ダウェイ経済特区開発公社」(DSEZ)が
2013年に発足して、歯車がまがりなりにも回りだした。

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しかし、このアンダマン海へ抜ける臨海工業団地の開発で
メリットを受けるのは、タイと中国であり、
ミャンマーは余り金もないし、優先度で劣る。


日本資本を何とか引き入れたいタイは、2014年10月、
城内(きうち)実・外務副大臣がプラユット首相を表敬訪問した折り、
ダウェイ・プロジェクトに日本も出資すると約束したと、
タイではポジティブに受け止められている。
実際は、3カ国で話し合いを進めようと言った程度なのかも知れないが。

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新幹線プロジェクトが中国に行くなら、タイ政府は、日本に見返りを与えたい。
そこで出てきているのが、東西回廊の道路建設(総延長1450km)と、
これに沿ったタイ横断鉄道となる。


東西回廊道路建設は、1998年の大メコン地域開発会議において
構想されたもので、すでに16年経つ。
西はミャンマーのモーラミャインからタイのタークに入り、
タイを横断し、ラオス国境のマクダハーンからベトナム中部のダナンまで
行く総延長1450kmのハイウェイ構想である。

 「東西経済回廊は今どのくらい使われているのだろうか? 2013-2-5」
  http://uccih.exblog.jp/17771415/


2014年11月上旬、タイのプラウィット副首相が率いる代表団が
麻生太郎副首相と会談した際合意されたとこちらでは伝えられている。

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東西回廊に沿った鉄道建設は新しく出てきた話で
詰まっているように見えない。
日本の新幹線をどこかで生かせないかという話である。


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さらに、見返りとなるのかどうかはわからないが、タイは
ダウェイ開発への日本の協力を要請している。
臨海工業地帯の開発となれば、そこから道路、
そして鉄道も出てくるからだ。


外交に巧みなタイ政府。
資金の必要となる鉄道、道路の新計画に
うまく中国と日本を引き出せるだろうか?
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by ucci-h | 2014-12-19 20:54 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(2)
タイの軍事政権を掌握する“東方の虎” 3人の虎将
タイに2014年5月軍事政権ができて、5ヶ月が過ぎた。
今はすっかり落ち着いたが、軍政下であることに変わりはない。


タイの軍部が政権を取る。
近年では、1991年2月の反チャーチャイ・クーデター、
2006年9月のタクシン追い出しクーデター以来である。

 「戦後のタイの軍政の歴史を振り返る 2014-10-15」
  http://uccih.exblog.jp/21209283/


91年のクーデターは、元陸軍大将チャーチャイの自派の引きに
対する他の軍派閥の反発が引き金になっている。
2006年のクーデターは、軍・王党派を追いやるタクシンへの
反発からだった。


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90年代初め、チャーチャイ政権を引き摺り下ろしたスチンダー政権は、
その軍政の失敗から長く持たず、その後90年代のタイでは、
軍を排除した軍の“非政治化”の時代が続いた。


しかし、2000年代に入ると、実業政治家タクシンの台頭から、
タイの政策は、再び“政治化”してしまい、
軍が再び乗り出してくるようになってしまった。

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もっとも、2006年のクーデターでタクシンを追い出した後も、
軍は、政治の主導権を取りきれず、選挙でタクシン派に
負けてばかりきている。
選挙結果の政権に勝てるのは、司法の決定かクーデターである。


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タイ軍政の主導権は、タイ軍部内部での激しい権力争いの
後からやってくる。
今回の、2014年9月末で退任を控えていたプラユット陸軍司令官の
クーデター後の政権奪取でも、背景となる軍の現状が浮かび上がってくる。


2006年のクーデターに第1管区副司令官として加担した
プラユットは、その後の軍政がうまく行かなかったことを見ており、
今回の軍政にその失敗を生かそうとしている。

 「動き出したプラユット政権のロードマップ 2014-6-20」
  http://uccih.exblog.jp/20827173/


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今回の軍政は、近年その勢力を伸ばしてきた
陸軍第1管区内の第2歩兵師団、俗に“タイガー・ソルジャー、虎将”と
呼ばれる連中から生まれている。

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タイ王国の陸軍は、4つの地域に管区(リージョン)が分けられているが、
第1管区は、バンコクに司令部を置く、中部管轄のリージョンである。
その他には、東北部を管轄する第2管区(司令部コラート)、
北部を管轄する第3管区(司令部ピサヌローク)、南部を管轄する
第4管区(司令部ナコンシタマラート)がある。
なお、北の都チェンマイには、管区に入らない、第2作戦特殊師団がある。

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タイの心臓部、首都バンコク及び近郊を管轄する第1管区(リージョン)には、
第1歩兵師団ほか7つの師団が存在する。
師団(ディビジョン)とは、軍の戦略集団で、通常1万人以上の実戦部隊をもつ。
この中で、第2歩兵師団は、バンコクの東部プラチンブリに基地をおく
王妃護衛の師団である(第1歩兵師団が国王護衛の師団)。


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90年代に2期にわたり文民政権をしいた
チュアン民主党政権は、軍に対しても文民コントロールを敷いた。
彼自身が防衛大臣になった。
そして、政権第2期(97年11月~2001年2月)の98年には、
スラユット大将を陸軍トップの陸軍司令官に抜擢し、
軍の‘専業化’に努めさせた。


しかし、2001年2月のタクシン政権の成立で、
この軍の「専業化」も元に戻ってしまう。
それは、軍の将官を軍警予科学校時代の同級生(予科10期生、軍では
陸士21期生となる)に多く持つタクシンが、
軍の幹部を彼の仲間で固めようとしたからだ。


2002年には、任期終了1年前のスラユット(彼は、実力者プレム枢密院議長の
側近でもあった)を更迭した。
2003年には、いとこであるチャイシット大将を陸軍司令官に着けている。


このタクシンの軍内部のかき回しが、軍内部での変化、対立を招き、
結局2006年のクーデターにつながったと見られる。


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タクシン以前の、軍の‘政治化’の主力は、第1管区内で
バンコクに基地を持ち、国王を警護する第1歩兵師団だった。
しかしタクシン以後、軍のトップである陸軍司令官に着いた大将は、
ほとんどが、第2歩兵師団出である。


2004~5年のプラウィット大将、
2007~10年のアヌポン大将、
そして2010~14年のプラユット大将(現首相)。
またプラユットが後任の陸軍司令官に指名したウドムデイ大将も、
第2歩兵師団出である。

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この“東方の虎”と呼ばれる第2歩兵師団は、
第2、第12、第21の連隊(レジメント)を抱える。
連隊(レジメント)は軍のひとつの管理単位で、3000人ほどの
兵営となることが多い。


第2歩兵師団は、王妃を護衛する軍隊なので、
タイのシリキット王妃の誕生日8月12日(母の日でもある)に
ちなんで、2,12,21の連隊名の数字が採用されているという。


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タイの「東方の虎」部隊の力が有名になったのは、
70年代ベトナムが隣国カンボジアからクメール・ルージュを
駆逐して、カンボジア領内に入り、さらにタイ国境を伺い、
タイが共産化の危機に震えたときだと言われる。


このとき、東方の虎、第2歩兵連隊がタイをベトナムの侵攻から
守ったと言われる。
1982年の戦闘では、プラユット(現首相)は、歩兵中隊(カンパニー)長と
して、第21連隊の第2大隊(バタリオン、1000人ほどの部隊)長を救い、
勲章をもらっている。


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第2歩兵師団・第21連隊出のプラウィット(陸士17期生)は、勇敢な将であった。
そして、その後第21連隊、“東の虎”の指導者的存在となっていく。
今は、プラユット政権の副首相兼防衛大臣として重用されている。
プラウィットは、プラユット政権の陰の実力者である。

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プラユットの先輩となるアヌポン大将(タクシンと同期の陸士21期生)も、
同じく第2歩兵師団・第21連隊出身だ。
彼は、タクシン政権下ではプラウィットの引きで第1管区司令官になるなど
生き抜き、タクシン追い出しクーデターでは、ソンティ司令官の二の腕となった。
当時のアヌポン第1管区司令官は、首都に近く、実質的なクーデターの指導者だった。

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またアヌポンは、2008年12月に、選挙で選ばれたタクシン派サマック政権に引導を渡し、
民主党アピシット政権を立てた、影のクーデターの主役でもあった。
アヌポンは、現プラユット政権では、内務大臣におさまっている。


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そして、現首相プラユット(陸士第23期生)は、彼らの後輩になる。
現在のところ、この69歳、65歳、60歳の3人の虎による固い結束と、
内閣の主要ポストの独占は、現政権を磐石にしているように見える。
プラウィット⇔アヌポン⇔プラユットのラインである。

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この軍事政権は、どこまで続くのだろうか?
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by ucci-h | 2014-10-29 12:14 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(4)
「百万長者になりたければ軍に入れ!」タイ軍・警察トップの資産額
タイの軍人は清廉潔白、だから資産も少ない、と
思いがちである。
しかし、軍のトップともなるとどうだろう?


軍政権ができ、NLA(国家立法議会)ができて、
200人(半分以上が軍・警察関係者)の議員が
軍の推薦により生まれ、2014年8月8日に議会が始まった。

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これらの議員に対し、資産公開が行なわれた。
2014年10月3日、NACC(国家反腐敗委員会)により、
195名の保有資産額が発表された。

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有力紙「タイ・ラット」紙は、この内容を見て、
「百万長者になりたければ、軍隊に入れ」と、
驚いた調子で、軍トップの高資産ぶりを伝えている。


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ランクと共に、資産額を並べてみよう。
陸軍関係中心に高額資産家が見られる。

内閣官房長 アンポン氏 1.96億バーツ(約6.47億円)
前国家警察長官 パチャラワット警察大将 1.61億バーツ(約5.31億円)
国防顧問長 ニパット大将 1.22億バーツ(約4.02億円)

国防次官 シリチャイ氏 1.08億バーツ(約3.56億円)
第1陸軍地区司令官 カンパナート中将 9900万バーツ(約3.27億円)
陸軍副司令官 プリーチャ大将(プラユット首相の末弟) 7980万バーツ(約2.63億円)

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これらの日本円で数億円(タイだともっと金の価値が高い)にのぼる資産に
驚いていてはいけない。
軍・警察出身の議員の資産は、一般に数千万バーツ(1億円内外)に
なるものが多いようだ。


後述のように、10億円を超える軍・警察の資産家も見られる。
また海軍、空軍のトップにも高額の資産所有者が見られる。

前空軍司令長官 イティヒポーン氏 2.63億バーツ(約8.68億円)
前海軍司令長官 スラサック提督 1.85億バーツ(約6.11億円)


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NLAの中でのトップ9となると、以下の様になる。
3位~9位は、いずれも軍・警察のトップだ。

1位 タイ商工会議所会頭 イッサラー氏 52.2億バーツ(約172.26億円)
2位 ナイラート・パーク・ホテルCEO ピライパン女史 13.1億バーツ(約43.23億円)
3位 国家警察副長官 ジャクティップ警察大将 9.62億バーツ(約31.74億円)

4位 元海軍司令長官 カムトーン提督 8.01億バーツ(約26.43億円)
5位 陸軍特別資源長 チャユット大将 5.44億バーツ(約17.95億円)
6位 首相府官房副長官 ワチャラポン警察大将 4.96億バーツ(約16.37億円)

7位 前裁定部司令官 ユワナット大将 4.49億バーツ(約14.82億円)
8位 元プレム大将助官 パイロイ大将 3.89億バーツ(約12.84億円)
9位 国家警察長官 ソムヨット氏 3.55億バーツ(約11.71億円)

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なお,195名のNLAメンバー中最低は、
長老であるソンポーン議長の16万バーツ(預金、約53万円)だった。


@@@@@


高額保有資産の源は、
①親から相続した財産(タイにはいまだ相続税がない)、
②株式市場での利得、
③配偶者のビジネスなどによる高い資産など
から来ていると、タイ・ラット紙は見ている。


全体の第3位、ジャクティップ大将の資産9.62億バーツのうち、
9割の8.71億バーツは、妻からのものである。


役人となって、22歳(月収1500バーツ)から働き、
60歳(サラリー15万バーツ)で引退したとして、
38年間の勤務で、生涯収入は3400万バーツほど(1.12億円ほど)に
なるから、これ以上の資産持ちとなると、上に挙げたような資産があるからだろうと
同紙は見ている。


@@@@@


NLAの議員のうち28名は資産公開に反対したが、
行政裁判所の裁定により、公開となった。
もっともタイの場合、シンガポールなどと違って、
資産源までNACCが調査するわけではないので、
高額資産を持つ議員のふところの中まで覗かれるわけではない。


ちなみに、日本の安倍内閣の18人の閣僚の平均資産額は、
1億194万円。トップは麻生太郎副総理の4億7139万円だそうだ。


また、2013年当選の参議院議員のひとり平均資産は3770万円しかない。
日本の議員資産公開法はザル法だから、普通預金額は含まれないし、
選挙当日だけのものであり、追跡されていない。
資産が大きいと怪しまれ、ねたまれる日本の文化がある。
タイの方が、誇らしげに資産公開されているのかもしれない。
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by ucci-h | 2014-10-17 00:10 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(2)
戦後のタイの軍政を振り返る・・・テクノクラートの使い方
「タイの軍政って、いったいどういうものなのか?」と
時々思う。

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「清廉潔白な軍人が国を動かすのだから、政治屋達の
汚職まみれで、自分たちへの利益誘導の政治より
よっぽどましだろう」という、軍政を支持する素朴な見方がある。


一方で、「軍事独裁は、民主主義に反するもの。
何を言おうが許される体制ではない」という文句なしの軍政批判
もある。

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軍政の是非は別にして、軍政という形が、戦後のタイ経済に
どういう風に機能して来たのかを見ておくことも必要だろう。
タイは、軍政だからと言って、武力をちらつかせ恐怖強権政治を
敷いているのとは少し違う。


@@@@@


タイの軍政の歴史は長い。
立憲君主制(1932年以降)下の戦後だけ見ても、
過去70年近くのうち、軍政の期間はのべ32~40年。
半分ないしはそれ以上が軍政である。
軍政と言っても時代により、趣を異にしてきている。


戦後1948年4月から57年9月まで、9年半の長期にわたって
政権を保ったピブーン首相は、反共体制が後押しした。
ピブーン元帥は戦時中、日本と協約を結び、戦後は一時
引退していたが、冷戦下で再び伸してきたのだった。

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その後、1959年2月から63年12月に急死するまで5年近く首相を務めた
サリット元帥の軍政は、独裁的政治を行ない、経済面ではトヨタなどを招き入れた。

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サリットの死を受けて1963年12月に首相の座に就いた
タノム元帥の政権は、民主化を求める学生運動で国外へ追われる
1973年10月まで、10年近くも続いた。
この間、ベトナム戦争支援と引き換えにアメリカの経済援助を受けるなど
経済発展が促された。

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@@@@@


タノム追放後、民主化が図られたが、1976年10月の学生弾圧クーデターで、
再び軍政に。
77年11月から80年3月まで2年半ほどクリアンサック大将が首相を勤めた後、
政権は、80年代に8年半続いた(1980年3月~88年8月)プレム大将に
引き継がれた。

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プレム大将は、首相として、閣僚に政党人や閣僚も入れて、
「半民主主義」体制をとった。
経済成長を進め、83年、86年に総選挙を行なうなど、民政移管をはたした。
首相を辞めた後、枢密院議長となり、94歳になった今も
タイの政界に強い影響力を持ち続けている。


この1948年から88年までの40年間、タイ経済は大きく成長した。
戦後、反共・親米が経済的な追い風となったことに加え、
プレム首相の8年半も含め、うち通算35年間を担ったタイの軍政は、
うまくテクノクラート・官僚を使い、タイの経済成長を促したと見られる。


@@@@@


70年代に学生を中心に起った反軍政・民主化運動は、
80年代にプレム政権の半民主主義政権をもたらした。
73年にタノム長期軍政を倒した「10月14日」は、その後の
タイの軍政の体制を変えたといわれる。


プレム政権のあとを受け継いだのは、88年8月から91年2月まで
2年半ほど首相を務めたチャーチャイ政権である。
チャーチャイは、プレムと同じ1920年生まれの陸軍大将だが、
首相になる前にタイ国民党を立ち上げており、88年の選挙で選ばれた
民選首相となった。

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しかし、このチャーチャイ政権の頃から、タイの
軍政・テクノクラート連携体制は少し変質したようだ。
民選政治家が力を伸ばしてくるに連れ、彼等は官僚に多く口を出し
利益誘導をいっそう図るようになったからだ。


@@@@@


91年2月には、軍の自分の派閥に利益誘導したと他の軍人から
腐敗政権とみなされたチャーチャイ政権は、
スチンダー陸軍大将のクーデターにより崩壊した。

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スチンダー自身は、3月の総選挙を経て
首相になるが、市民の反発を招き、47日間で辞職に追い込まれた。


これにより、軍部の政治への影響力は後退し、
第1次(92年9月~95年5月)、第2次(97年11月~2001年2月)に
わたるチュワン民主党政権などを経て、
2001年2月にはタクシン・タイ愛国党政権の登場となる。


@@@@@


90年代は民政の時代だったが、忘れてならないのは
97年におきたバーツ危機によるタイ経済の破綻である。
この時の政権の首相はチャワリット元大将だった。

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チャワリットは、経済自由化、規制緩和を進めたが、
歯止めが利かなくなり、97年5月からバーツは売り浴びせられ始め、
翌年初めまでアジア経済危機は続いた。
このバーツ危機により、チャワリット政権は97年11月に任期1年に
満たず、辞任している。


この政策失敗は、軍人政権だったからというわけではなく、
かつての軍政下でのテクノクラートによる経済運営という体制が変わり、
行政府である内閣と、経済運営の専門家である中央銀行や財務省、NESDB
(国家経済社会開発庁)などの経済テクノクラートとのつながりが
切れたからだと、後世分析されている。


@@@@@


21世紀になって出てきたタクシン及びインラック政権は、
ポピュリスト政策を強力に進め貧農層中心に票を獲得してきた。
しかし、タイ経済全体の成長に寄与したかは疑問符がつく。

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テクノクラートによる経済運営より、いっそう経済の政治化が
進んだためである。


そして今回のプラユット軍政。
軍政らしく、官僚を巧みに使っているように見える。
しかし、以前の軍政・テクノクラート連携に比べ、
軍内部からの政策実行意欲が強いとの見方もある。

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@@@@@


90年代以降、軍政を担う軍人も政治家化しているようだ。
つまり、タイの経済蓄積が進んだ結果、清廉潔白イメージの
軍人も富の追及に負けずに乗り出したと見られる。


結局、政治は、軍政だろうが民政だろうが、
トップに立つ人間の度量で決まることになろう。


今の軍政が、ほんとうにポピュリスト政策から抜け出せるのか、
また腐敗・汚職を少しでも減らせるのだろうか、
プラユット首相の手腕に期待するしかなさそうだ。
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by ucci-h | 2014-10-15 00:19 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(0)
軍政権の見直しで、タイのインフラ大投資計画はどうなるか?
インラック・タイ貢献党政権が瓦解して
プラユット陸軍司令官率いる軍政権に
なってから、2ヶ月になる。

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軍政権の施策は、問題の多かったタイ貢献党政権を
おおかた覆すものだが、その打つ手の速さと
具体的な説明で出だしの評判は上々である。


@@@@@


以下のような地元の新聞に載ったチェンマイ市内における
市民団体の軍に対する物価引き下げの嘆願書の文章は、
軍を持ち上げているが、市民の軍に対する気持ちを表していよう
(チャ~オ紙の翻訳を引用)。


ちなみに、タイ貢献党政権下での最低賃金大幅引き上げや、
自動車購入奨励策、コメ高値買い取り政策など
いろいろなポピュリスト政策で、街の諸物価はずいぶん上がってしまった。


「食用油や電気ガスが高くなりました。
投資家や悪徳政治家などの特権階級をはじめ、
彼等とのコネを利用して甘い汁を吸っている者たちへメスを入れる
ことを軍政に期待しています。


軍政に変わってから、深夜の騒音が減り、街の治安も良くなりました。
軍は意思決定のスピードが速く、我々市民の要求に耳を傾けてくれます。
これからも前政権が放置してきた諸問題の解決に取り組んでいって
ほしいです」。


@@@@@@


比較的明確に、諸懸案の是非を出してきている軍政権だが、
前政権でアドバルーンだけ大きく上げ、ストップしてしまった
「インフラ2兆バーツ大プロジェクト」の今後については、
報道を見る限り、ある程度の方向性は出てきたが、その
全体像と規模については、なお明確ではない。


前政権が打ち上げた、高速鉄道(新幹線)網を中心に、
7年間で2兆バーツ(6兆円)にのぼる大インフラ・プロジェクトと、
2011年のバンコク大洪水対策としての
3500億バーツ(1.1兆円)の支出プラン、
合わせて2兆3500億バーツのプロジェクトはほぼ手付かずのままである。
これは、公共投資の伸び悩みとなって、景気にも影響している。

 「タイは過去にない大インフラ投資の時代を迎えるのか 2012-10-20」
  http://uccih.exblog.jp/17024162/


@@@@@


軍政権は全プロジェクトの見直しを、政権発足後、
運輸省はじめ関係官庁に命じた。
そして1ヶ月ほどした6月下旬になって、
①新幹線網建設の経済性などの見直し、
②洪水対策プランのずさんさの修正を、命じた。


つまり全2兆バーツプロジェクトの4割(7800億バーツ、
約2.5兆円)を占め大金のかかる新幹線網が今のタイに
本当に必要なのか、再度検討することとなった。

 「タイの国家プロジェクトの中身は? 2013-5-28」
  http://uccih.exblog.jp/18866415/
 

また、洪水対策は、土地収用などに関し地元の反対も多く、
これも作り直す方向となった。


@@@@@


洪水対策については、前政権の怠慢さが問われるかもしれない。
大洪水の起こったのは、2011年10月。
その後、各地の工場団地などが水没した。

 「タイ政府の洪水対策の進捗状況は? 2012-2-24」
  http://uccih.exblog.jp/15477797/

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政府は、外国資本がタイを離れてしまうことを恐れ、
早々に洪水対策を打つと言ったが、1年後の雨季の盛り
までにやったのは、川の土手の盛り上げや工場団地の
壁を高くすることぐらいだった。

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3500億バーツの総合洪水対策は
ほぼ手付かずで、2年半が過ぎてしまった。
幸いここ2年の雨季には大雨はなかったが・・。


@@@@@


2013年5月には、チェンマイに37カ国2,000人の政治家を集めて、
「第2回アジア太平洋ウォーター・サミット」を開き、
当時のプロトプラソップ副首相は、メンラーイ王(13世紀にチェンマイを建立
したランナーの王)時代の衣装を着て、チェンマイのお堀のごとく
水資源開発を説いたが、反対する環境保護運動家たちを‘くず’と呼び、
逆効果となってしまった。


この会議の後、韓国の国営の水資源会社(Kウォーター)に
1,630億バーツにのぼる開発契約が与えられた。
2011年11月に国外にいるタクシンが賓客として、
韓国のこの会社に迎えられている。


しかし、この後、この会社の財務状況の悪さが明らかになり
水資源開発プロジェクトへの反対はいっそう強まってしまった。


@@@@@


タイの新幹線計画は、フィージビリティー・スタディに詳細なものがなく、
その経済性がどうのとすったもんだの挙句、憲法裁判所から
次期の政府に負担をかける借り入れの方法は違法との判決が出て、
途絶えてしまった。

 「進まないタイのインフラ大投資計画 2014-3-5」
  http://uccih.exblog.jp/20427703/

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軍事政権は、いま現在における
高速鉄道の必要性を認めていないように見える。


@@@@@


むしろ鉄道建設で、今後優先的に進められるのは、
複線鉄道への拡張と、在来線のメンテ、修復、首都大量輸送網
の増強になりそうだ。
これだけでも、7年間で2,500億バーツ(7,900億円ほど)見込まれる。


タイは、車優先で、鉄道利用は少ない。
国鉄は赤字で、国有鉄道の路線は老朽化してきている。
これへのてこ入れは必要だろう。

 「脱線事故が頻発するタイの国有鉄道 2013-9-27」
  http://uccih.exblog.jp/19726639/

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バンコクのMRT(地下鉄中心の大量輸送機関)は、
現在のブルー・ライン(延伸工事中)に加え、
グリーン・ラインとパープル・ラインが建設中だが、
これらに加え、オレンジ、ピンク、イエローの3路線が計画されている。

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@@@@@


道路建設、道路拡張は、今後の公共投資の中心になろう。
道路関係の支出は、3,900億バーツ(1.2兆円)ほどと見込まれていたが、
このうち4分の3の2,900億バーツほどは、4車線拡張工事として
優先されそうだ。

 「タイの公共投資、最優先は4車線道路拡張 2014-4-24」
  http://uccih.exblog.jp/20613902/

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また、バンコクから東北地方の玄関ナコン・ラチャシマへの
196kmの新たな高速道路などの道路作りも入ってきそうだ。


@@@@@


道路、鉄道在来線を優先し、新幹線は当面見送るという
ほぼまっとうな方向が、軍政権下で出てきそうだ。
洪水対策は見直しを行ない、その後手が打たれよう。


しかし、プロジェクトの規模全体で見ると、
縮小よりも、見直しに乗じての運輸省などからの提案も多く、
全体の規模がむしろ膨らむ可能性を秘めている。


2兆バーツから新幹線の7,800億バーツが削られるとすると、
1兆2,200億バーツとなる。
しかし、省庁からの全体の要望は3兆バーツほどに膨らんだ。
これを軍政権は2兆4千億バーツに抑えると言われる。


@@@@@


しかし、それでも、前政権の新幹線を除いた1兆2,200億バーツから
見ると、倍近くに膨れる計算になる。
空港、港湾の拡張、建設に力を入れるようだが、
それでも以前の空港・港湾関係の550億バーツが桁違いに
膨れようもないだろう。


まあ、タイのことだから、数字は後からついてくることになるのか。
タイの公共投資は、どうやら2015年度9月期から緒に就きそうだが、
その規模がどうなるのか、今のところ不明である。
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by ucci-h | 2014-07-21 20:59 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(2)
動き出した“プラユット政権”のロード・マップ 前回クーデターと比べると・・・
タイのプラユット軍事政権ができてまだ1ヶ月足らずだが、
その言動、今後の行程表、政策への意向などを見ていると、
前インラック政権よりずっと透明性が高く、理にかなった
考えを出してきている。

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選挙で選ばれた政党政権が、いろいろな政策を出しながら、
実行するに当たり明快な説明もなく、またコメ抵当スキームの
進行においても、きちっと在庫量や販売価格などを
示してこなかったことに比べると、
皮肉にも、強権政権の方がずっと説明責任を果たしている。


これでは、タイ貢献党政権は、政治資金づくりのために
不透明でいろいろ介入の余地のある政策を意図的に
打ち出してきたものだと勘ぐられても仕方のない事になる。


@@@@@


それはさておき、現軍事政権の政策運用が注目される。
折りから、タイ経済は、前政権のバラマキのつけもあり、借金漬けで
経済が沈み込んでいるところである。


5月30日(金)の夜のテレビ演説で、現政権である「国家平和秩序協議会」の
長であるプラユット陸軍司令官は、今後のロード・マップを示した。

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タイム・テーブルは、3つの局面から構成される。


@@@@@


①1番最初の局面は、今から9月末までの今年度内の4ヶ月弱の日程。

10月新年度入り前に、新年度予算案を固めると同時に、
暫定首相とその内閣を作ること。
プラユット自身は、今の自分が暫定首相だとは言っていない。
誰が暫定首相になるだろうか?


そのためには、現在、官僚たちに新年度予算案を練ってもらっており、
これを暫定内閣の下で承認させたいようだ。
暫定首相が認められるには、今の二派に分かれた党派に共通の基盤を
認めさせ、両方が認める暫定首相でなければならない。



そこで、難しい課題だが、両派の融和が前提となる。
黄シャツ+赤シャツ⇒オレンジ・シャツと行きたいところだが、
積年の対立は、シャツの色を変えただけでは、なかなかうまく行かないだろう。
「改革のための和解センター」を全国各地に作ると言っている。


@@@@@


②次の局面は、暫定憲法を作り(今の憲法はすでに廃止された)、
立法府を作り(今のままの議会選挙とは言っていない)、
「国家改造協議会」(NRC)を設置することだ。

これには、およそ1年、つまり2015年9月頃までかかるだろうと
プラユットは見ている。


このうち、国家改造協議会の設定が新しい体制のカギとなる。
「選挙の前に、国の改革を!」はデモ隊のスローガンだったし、
軍事政権も、改造をしてからの総選挙という道順を踏んでいる。


しかし、具体的な改造の中身は見えていない。
憲法改定議論の中で、選挙制度の改革などが俎上に上がるだろうか?


@@@@@


③最後の第3の局面は、
暫定憲法の下で選挙を実施することになる。

従って、総選挙は、2015年10月以降ということになる。


@@@@@


前回のタクシン追い出しクーデターでは、
クーデターを指揮したソンティ陸軍司令官(タイで初のムスリム系司令官)は、
2週間以内の文民首相の指名と、暫定憲法の制定、
1年以内の憲法の確定と総選挙の実施を、クーデター後発表した。

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クーデター12日後の10月1日には、
陸軍司令官の先輩格で、退役軍人(文民と規定)のスラユットに
首相になってもらっている(2008年1月までの1年4ヶ月間)。

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また、この日39か条から成る暫定憲法が公布された。
この暫定憲法と言うのは、憲法そのものが制定されるまでの
権限や手続きを定め、保証したものである。


@@@@@


2007年8月の国民投票で、309か条から成る「2007年憲法」が
承認された。


そして、新憲法下、最初の選挙は2007年12月に行なわれたが、
タクシン派の「国民の力党」が勝つことになり、
翌年1月サマック首相内閣が発足することになった。


@@@@@


2007年を通じてのスラユット内閣は、
反タクシン色を強く出し、外資規制など反資本主義色を
出し過ぎ、経済政策はどちらかと言うと失政だった。
経済は低迷した。


今回の“プラユット政権”は、①経済的失政と
②再び選挙によるタクシン派の進出を、警戒している
はずである。


経済面では、前インラック政権の失政と言う‘敵失’が
あるから、追い風になろう。


総選挙は、前回クーデターとほぼ同じく、クーデター後
ほぼ1年4~6ヵ月後に行なわざるを得ない。
プラユット政権には、タクシン派の進出を抑える手を
どう練っていくのだろうか?
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by ucci-h | 2014-06-20 00:02 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(2)
  

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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