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バイク免許取得顛末記
愛車「ドリーム号」を買ってはやひと月。
ナンバーも届いた。
つけた(つける枠を量販店のカルフールで買ってくるなんて
知らなかった・・)。
番号は、234番。
わかりやすい!

すでに走行距離も1000キロに迫る。
無事故無違反だ。

まわりがうるさい。
「運転気をつけてね!」と言ってくれる。
うれしいけど、うるしゃい。でも、ありがとさん。
おまけに、後ろに乗るかみさんまでも
後ろで手綱を引く。
嗚呼!後輪のタイヤがかわいそうだ。

さらに、まわりが「免許を取りなさい!」
とうるしゃいので、
きょうは街の南3キロのハンドン地区まで免許を取りに出かける。


まず、ラム病院で健康証明書。
きょうは血圧計がおかしく、180も出た。
でも、パス。すいているので早くていい。

次の領事館での在留証明書はパス。
前回バイクを買った時のコピーでトライ(だめもと)。
結局、バイクの車検証をみせて、コピーでもOKだった。
在留証明書、イミグレがさぼり出したので、領事館で面倒だ。


さて、ハンドンへバイクで飛ばす。
飛ばしすぎて行きすぎた。
U-ターンして、日本料理屋「与佐」のそばで
陸運局を発見した。

書類は何とかパス。
別室で、眼と反射神経の検査。
昨年12月、4輪車の免許取得の際やったので
余裕でパス。

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次に別室で、1時間交通ルールのビデオ観賞。
1時間。ちゃんと日本語もある。
勉強になった。眠かったけれど。お昼をまわる。

午後1時、部屋に集まる。
あれ、ぼくの書類がない。パスポートも
預けてあるのに・・。
その時、同室のファラン(西洋人)が間違えて僕のを持っていた。
こら。よく確認せい!


前回4輪の時は、日本の免許からの切り替えなので
筆記・実地試験はなかった。
今回は、画面を見ながら4者択一の30問。
75点以上でパス。

「タイ語読めないので日本語か英語で」とたのむ。
「日本語ない。英語ある」「・・・」
で、英語で受験。英語の筆記試験はアメリカでやって以来だ。

結果。
24問正解で、なんとかパス!
間違いは、交差点でのU-ターン。
OKと思ったらダメなんだって・・。
みんな、知ってる??

最後は、実地試験。
細い道渡りと、スラロームと完全停止。
細い道渡りかろうじて、乗り切るも、
スラロームで急いで、足を付いてしまい、
やり直し!

2度目は、足は付かなかったが、ポールを一つ
飛ばしてしまった。
再挑戦か?
しかし教官は見ていなかったので、
なんと、彼は、待っていたかみさんにきいた!
「OKか?」
「OK、OK!」とかみさん。
で、パス!

かみさんにいつまでも言われそう・・。
「私が通してあげたのよ」って。

バイクの免許も4輪とそっくり。
その場でできあがり。
裏を見ると、4輪の絵とバイクの絵が違う。

さあ、これでうるさい連中が静かになり
かみさんを後ろに乗せ(たまには他の人もね)、
チェンマイの風を切るぼくの華麗なるライディングを、
指をくわえて見守るようになる、かな?・・(笑)。
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by ucci-h | 2008-07-31 18:53 | VISA・イミグレ・免許 | Comments(0)
ああ、ジャスミンの香り
チェンマイの雨季は、いろいろな花で
彩られる。

ジャスミンの鉢を
メーリムの金曜市場で買ってきた。

白い可愛いつぼみ。
陽にかざすとつぼみは少し黄色っぽい。
子供っぽい。


夜がきた。
つぼみが3ついつの間にか開いた。
ぷ~んと夏の夜に芳香が漂う。
ジャスミンはモクセイ科だそうな。


その昔、20代のはじめ、アフリカの地で
生垣に咲いていたジャスミンのうるわしい香りを
嗅いだことを思い出す。


夜咲く花。
夜咲く花は色があっても目立たないので、
白が多い。
そして香りがいい。
思わず引き込まれる。


日本なら月見草。
月見草は朝しぼむが、ジャスミンは昼間も咲いている。

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日曜日、大風が吹いた。
かわいそうに、咲いたばかりのジャスミンの花が
風で吹き飛んでいた。

きれいなままで、かわいそうなので写真にとってあげた。

きれいだ。

ジャスミン。
中国では茉莉花。
タイでもドクマイ・マリ。


中国ではジャスミン茶。
タイではジャスミン米。
それと、仏様にささげるジャスミンのレイ。

かぐわしい香り。

花言葉は、
「優雅」、「愛らしさ」、「清純」。
いいなあ。

ジャスミンの香りをくれる
チェンマイの風にも感謝しよう。
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by ucci-h | 2008-07-28 21:26 | アジア的な生活 | Comments(0)
「上座部仏教の国に住んで想うこと」 象のごとく歩め
「森の中の象のごとく歩め」


上座部仏教の国に暮らして、感ずることをキーワードにして連載してきましたが、これでおしまいです。
最後は、タイらしく、地上最強で、最もやさしい動物、チャーン(象)さんに登場願いましょう。


象と言えば、ここ北タイは、象の本場です。チェンマイのすぐ北、メーサでは、象のショーが見られます。あの大きなお鼻、じゃないお口で絵筆をとって、繊細な花の絵を描くのを見るのは、なかなか感激ものです。

昨年夏、「ねえ、チェンマイって何か面白いものあるの?」と期待をせずに来た下の娘が、帰る時は、「また友達と来るわ!」と喜んでいたのも、あの象さん達の鼻にやさしく巻かれたからでしょう。

メーサ以外でも、北に行けば、チェンダーオに象の訓練所がありますし、南に行けば、ランパーンに象の病院もあります。




象はやさしい動物です。
数年前、私の友人でタイ好きの男が、よせばいいのに、鞍なしの象、しかも象使いが乗る前方に乗って、落ちてしまいました。
結構高い所からです。肋骨と腕を折っただけで済みましたが、その時の象さんの反応です。
あの優しい目にうっすらと涙を流し、彼を慰めてくれたそうです。
やさしいですね。


日タイ合作映画、象使いを目指した日本の少年の物語「星になった少年」を思い出します。
北タイの象の森が美しく描かれていました。



上座部仏教の経本の中にある「森の中の象のように一人歩め」とは、どういうことでしょう?

象は強いので、森の中でも一人、いや1頭でも臆さず、堂々と歩んでいきます。


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仏教で言っている意味は、以下のようなことです。
けっこう人間の器を大きくしないと、象のように歩めそうもありません。


人は、柔軟な心を持ち、物事にとらわれず、世の中で言われることを鵜呑みにせず、自由な気持ちで生きるのが最高であると説かれます。

でも、世の中周りはそういう人ばかりではない。むしろ、そうじゃない人が多い。するとそこから軋轢が生じ、自由な心で生きづらくなります。多少は周りに合わせなくてはいけません。そうしないと、KYなどと意味不明な事を言われます。


ここで、どう考え、どう行動するかです。
何かをするにあたって、人の賛同を得て、同じ方向に歩めればいいですが、そうじゃない時どうするかです。
ふてくされるか?皮肉屋になるか?さみしく思うか?怒るか?

いずれにせよ、良き感情が生まれにくいシチュエーションに陥ります。
ここが人間の器を試される時です。


上座部仏教は、怒ることはもちろん、饒舌だったり、皮肉ったり、品の悪い言動を戒めています。
これらの言動は“悪”なのです。なぜなら、仏教にとって、人間を不幸にする言動が、悪と定義されるからです。


人は人。自分は自分。時には、和して同ぜず。

堂々と、森の中の象になったつもりで、自分の心に忠実に生きたいものです。

義理がある、しがらみがある、相手の顔が立たない、その場の空気が許さないと言った、世間体ばかり考えていると、自分が結果、“悪”人になってしまうだけでなく、世の中も良くならないでしょう。

森の中の象のように一人堂々と、歩みたいものです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

最後に付け足しを。

大河ドラマ「篤姫」には、「刃を突き付けたら、別の所から刃が出てくるぞ」など、いい言葉がたくさん出てきますね。

あの篤姫のストレート直球勝負で、人生を生きたいものです。

(おしまい)
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by ucci-h | 2008-07-24 21:12 | 上座部仏教の知恵 | Comments(0)
「小乗仏教の国に住んで想うこと」 山川草木五感あり
山川草木五感あり

植物も水も心に反応するようです。

人間に、励ましの、前向きの言葉をかけると、ポジティブにすくすく育っていくように、
植物にもいい音楽を聞かせ、やさしい言葉をかけると、
美しく伸びていくということは知られています。

先日、友人から面白い話を聞きました。
潜水を業としている人が、海との体験で面白いことを感じているとのことです。
海はときに荒れ狂い、時に穏やかになるわけですが、潜っていても、海を、波を、水を、その反応を感じるということです。
どういうことかと言いますと、自分がいらいらしていたり不快に思っていると、海の水は冷たく、攻撃的であり、自分が海にやさしい気持ちになった時は、海の水は体に優しくまとわってくるということです。
つまり、海の水も、自分の気持ちに反応するのではないかという感想です。

こういった話は、科学的にどうかと言っても、埒の明かない話で、ことは心の問題です。
心の持ち方が、我々の人生の幸せ度につながるからです。

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またゴルフの話を持ち出します。
ゴルフは心技体の3つの充実が必要ですが、私は、「まずメンタルありき」と申しております。
心の持ち方で、体も技も決まってくるからです(もちろん、基礎的なものは持っていただかないと・・)。
これは、比較的科学的な話です(笑)。

自分で「今日は調子悪いなあ」と言ったとします。
右脳はご主人の言葉を忠実に記憶し、いざショットの段になると、忠実に“調子悪く”体を動かしてくれるそうです。
良く言えば良く動きがちだし、悪く言えば、悪く動いてくれるようです。

これも上座部仏教(小乗仏教)のスリランカのお寺での話のようです。
樹齢50年ほどのオレンジの木があって、もう実をつけなくなりました。
長老が、「実のならない木なんて邪魔だから、切っちゃおう」と言いました。
これを聞いて別の老師は「君も歳だから、もう実ることができないんだよね」
と慰めるように言いました。
すると、1週間後のことです、その木は見事な花を咲かせ、実をつけたそうです。
植物に五感あり、木に心ありです。

「山川草木悉く仏性あり」です。
自然界のいろいろなものに心は通じるようですね。
ましてや、人間に対してをや・・。

対象を悪しく言えば、己に跳ね返ってくる。
相手の立場に心を寄せて、やさしく語りかければ、やさしく返ってくる。
人間界も自然界も同じようです。
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by ucci-h | 2008-07-22 20:59 | 上座部仏教の知恵 | Comments(0)
「小乗仏教の国に住んで想うこと」 柔軟な器であれ
柔軟な器であれ

今こちらチェンマイではまっている大河ドラマ「篤姫」の第23話に「器くらべ」というのがありました。
将軍の後継者にどちらを選ぶべきか、篤姫らしく、自ら両者に会ってみるというくだりです。


人生、齢を重ねると、いろいろな人に出会い、いやでも“人間の器”を感じるようになります。
中庸を重んじる仏教において、人間の器は、柔軟な性格であれと、説いています。

でも言葉は難しいですね。柔軟な器というと、いろいろな相手に合わせて、頑固にならず、柔軟に対処せよと取れます。それは、いいことですが、こんどは自分は何者なのか、自分を見失い、ただ周りに追従する器ではないかとなってしまいます。


仏教は、何事に対しても自由であれ、と教えています。ただし、芯のない自由は不自由につながるとも、説いています。自由で柔軟なのはいいのですが、自分というものを持っていないとただ流されるだけとなります。

自分を持ちながら、他に対して柔軟に接することができる、「柔軟な器」とは、いわば「内剛外柔」といったところでしょうか。

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人と接していると、「あの人はどうしてああなんだろう?」
「なぜ、あんな振る舞いをするのだろう?」
「どうして気がつかないんだろう?」
「私なら絶対あんなふうにしないのに・・・」と言ったケースが日常茶飯事ですね。
そして、それが、怒りにつながってもいけませんね。

だいたい、「自分なら・・・」という前提が間違っています。
人は生まれも育ちも様々・・、
自分と同じ思考回路のはずと思うのは、間違いのはじまりですね。



タイ人と接していても、最初はよく思います。

「なぜ、こんなことが分からないんだろう?」
「なぜ平気で遅れてくるんだろう?」「なぜ、お礼を一言も言わないんだろう?」・・・
これは、また文化、生活習慣の違いからきていることが多いです。

これも怒ってはいけません。
そんなことで腹を立てたら、 その後の建設的な国際交流は望めませんね。
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by ucci-h | 2008-07-21 20:44 | 上座部仏教の知恵 | Comments(0)
夫婦でチェンマイの街をハード・ラーダー
7月18日、カオパンサー(入安居)の休日。
これから雨期も本格化。お坊さんも外へ出ないという日です。

家内を迎えたイージーライダーは、ハードライダーと化し、
一日妻を後ろに乗せ、チェンマイの街をひた走ることになりました。

二人でバイクに乗るのは、結婚前以来。
信州の田舎で、私が乗せてもらい、
二人乗りでおまわりさんに追っかけられ、彼女が捕まった!

朝、金曜日なので、ナイトバザールのイスラム寺院の
「朝市」に赴く。
わが愛車「ドリーム号」妻を後ろに乗せるとタイヤがぐいと
沈み、充実感が出る。

「あなたに命を預けるのよ!」と叱咤激励を受け出発!
交差点で二人なので重さに負けエンストを起こす。
マイペンライ!

イスラム朝市でいろいろ野菜などを仕入れ、
次に、チェンマイ門をちょっと下ったパン屋へ行く。
トーストをかじり、コーヒーを飲み、ちょっとデート気分。


そして、エアポート方面へウアライ通りを南下する。
ところが、イミグレ、領事館とも、役所関係はきょうは休み。
「そうだ、きょうは休日だった!」
そこで「リンピン・スーパー」に行き、あすのグラタン作りの材料等を買う。
買った物は、宅送してもらう。

近くの「エアポートプラサ」へ転進。
メガネ屋でメガネを作る。日本の3分の一の価格だ。

お昼時になったので、北へ転じ、ホイケーオ通りの屋台ラーメンへ
行く。みそラーメンと餃子を平らげる。

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いったんコンドーに帰る前に、ムアンマイ市場へ寄る。
相変わらず物資が豊富だ。
ああ、ここでえびや玉ねぎ買えばよかったなあ!


コンドーに帰ってしばしお昼寝。
5階の窓から吹き込む風が心地よい。
かみさんは近所にペデュキアへ。マニュキアまでやってきた。


夕方、ゴルフの腰の痛みをとるべく、行きつけののマッサージへ行く。
相変わらずうまい。
かみさんは腰痛に気をつけてもらいつつ、
痛みが和らぎ、喜んでいた。


夜になった。
ふだんは1日2食なんだけれど、ドリーム号の勢いに任せ、
川を渡って、レストラン「キッチンハッシュ」へ。
やさしい料理のおいしい夕食。

帰り道、かみさんは慣れたのか、
普段の管理癖が出て、ぼくのベルトを後ろからつかみ、
左へ曲がるときは、左へ僕の体を傾けさせる。
バイクに乗っても、操縦されているぼく!

普段はイージーライダーですが、
きょうは一日、ハードライダーだったかな。
帰ってかみさんいわく・・
「きょう1日、私が運転した気分ね」だって。
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by ucci-h | 2008-07-19 20:32 | アジア的な生活 | Comments(0)
「小乗仏教の国に住んで想うこと」 足るを知る
「足るを知る」

「足るを知る」・・・あまりにも有名な言葉なので、説教じみたことを記しても仕方ありません。

「足るを知る」は、大乗仏教にも、老子の考えにも出てきます。
そこまで普遍的なものなのでしょう。


最近、タイのプミポン王が国民に向かって一番強く言われているのは、この「足るを知れ」です。
タイも金銭経済の渦の勢いが強まり、昔に比べ“カネ、カネ”への希求が目にあまるようになっているからです。
その分、人々の心がすさんでくるのを国王は心配しているはずです。


でも、「足るを知る」は、せいぜい“ほどほどにしておけよ、欲張りすぎるなよ”くらいにしかとらえられていません。
それはそれで良いのでしょうが、小乗仏教の教えにはもっと積極的な意味があるようです。
それは、人間の生き方につながり、また文明に対する徹底的な批判にもなっています。


そもそも、私達が学校で習った「文明」とは、一体何なのでしょう?

明治期の文明開化に代表されるように、物質的に豊かになり、生活が便利になることでしょう。
この状態に対して、誰が付けたか「文明」などという文化の香りを吹き付けたばかりに、「文明」がまるで普遍的に進んだことのように勘違いされてきたようです。

文明は、確かに物質の量を増やし、生活を豊かにするでしょうが、それ以上のものではないですし、副作用も伴います。


ここタイで暮らしていると、日本はあこがれの国です。

もちろん、漫画やゲームといった文化面のあこがれもありますが、物質的な豊かさに対するものが多いです。
文明が進んだばっかりに失われたものがどれだけ多いことか、ここ北タイのいなかの風に吹かれていると感ぜざるを得ません。人と人とのつながり。助け合い。鳥の声、花の香り、そして吹く風などっも・・。

*********

「足るを知る」に戻ります。

小乗仏教(上座部仏教)の聖典「法句経」に「知足は第一の冨なり」とあります。

小乗仏教の本家、スリランカにこういう話があるそうです。
青年が二人海で魚をとって売っていました。ところが二人で一匹しかとらない。
なぜ2匹捕らないのか聞いてみると、1匹で二人の1日の暮らしに十分だからということです。
魚は海で生きているのだから、余分に取る必要はないということです。


このエピソードは、強烈な文明批判です。
今どきのエコロジーの話にもつながりますね。


そもそも縄文時代には人殺しの武器はなかったということです。
なぜか?
余分に物を取って、蔵に収めることがなかったからだそうです。
弥生時代には、物を余計に取り、蔵に収めるようになる。
そこから、猜疑心、盗難、殺し合い、政治、法律作りなどが生まれたということです
(もっとも蓄えることによって、余った時間を人間は勉強できるようになったのでしょうが・・)。


小乗仏教のパーリ経典には、どうやって社会が壊れていくか説明している箇所があるそうです。
「人間が足るを知るということを忘れたとたん、全てが崩れていく」ということです。

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足るを知らないと社会は崩れていくというのは、強烈な文明批判、警告でしょう。
タイでも、金銭経済に振り回されるようになると、当然、犯罪、家族の崩壊等、文明進歩における副作用が強まってきています。


一方、日本でも、社会における助け合い意識の後退、
お金で何でも買えるといった思い上がりの妄想の蔓延などが増えています。

ことに我が国の場合、「負け組」とか「下流社会」とか思いやりのない言葉が平気で流され、人々の社会意識を混濁させ、被害者意識を助長させ、ほんとうは物質的には満たされているはずなのに、こんどは、社会的に認知されていないという、心のうつろさが広がり、これが意地悪、憎しみ、犯罪の起因になっているという、派生的な副作用も見られます。


「閉塞社会」と言われますが、閉塞されているのは、社会ではなく、人々の心ではないかと思われます
(その点、タイの方がまだ人々の心は外に開かれています)。


「足るを知る」・・・単に物質的なものに対してではなく、心の満足の足るを知る、私たちの課題かなと思われます。
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by ucci-h | 2008-07-17 20:20 | タイ人と日本人 | Comments(0)
最後に値上げ、中国旅行社
家内が来るので、8月に
2人で昆明(クンミン)へのゴルフ旅行を計画しています。

直接、向こうの雲南旅行社やバンコクの旅行会社、
チェンマイのタイ系の旅行社に聞いてみました。


そして・・・・
まあ、ハイシーズンで高いのはやむを得ないし、
またオイルサーチャージでエアフェアが高くなるのも
仕方ない。

最終的にプランを組んで、向こう(こちらの旅行社は窓口)の
オファーをアクセプトして、決める段階になって(ファイナルステージ)、
さて、さらに一人4000バーツほど高くなると言ってきた。


価格が高いのはやむを得ないにしても、決める段階になって
さらに上乗せとは!?

癪に障るから、理由をきいて、断ってやろうかと思う。

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これって、商道徳に反していない??
それとも、これが中国では当たり前のことかしら??
誰か教えて!!!


どんなことがあっても怒らないことを肝に銘じていますが、
ちょっとばかにするなと言いたくなりますね。
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by ucci-h | 2008-07-15 18:28 | アジア的な生活 | Comments(0)
自由な時間、至福の時
コンドーの5階の角部屋。
広い窓から流れ入る風が気持ちいい。

雨季7月の午後のひと時。
何もしないで、広いベッドに横たわる。

窓からは雲にかかったドイステープの山並が見える。

自由な時間、至福の時間。
扇風機をつけると体が冷えるくらいだ。

昼前スコールがあったので、空気が爽やかだ。

きょうは、朝方ジムで運動をやった後、シャワーを浴び、
昼飯にも行かず、ゴルフにも行かず、タイ語学習にも行かず、
マッサージにも行かず、ゆっくりと流れる時間がお友達。

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何でもできる環境で、何もしない贅沢。

ただ、大河ドラマ「篤姫」だけは、「気ままにYOUTUBE」から
ダウンロード中だ。時間がかかる。

ああ、今度は北タイのシャングリラ、
パーイの町へ行ってみようかなあ。

夕方は、友人と近所のレストラン・バーへ行こう。

来週は、かみさんが来る。
一人暮らしも飽きた。
待望の到来となりそうだ。
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by ucci-h | 2008-07-10 18:15 | アジア的な生活 | Comments(0)
トイレでのマッサージ・サービス
こういうことを書くと品格が下がるから
やめておこうと思いました。
でも、自分から意図したことでもないし、
いわばタイの文化に遭遇しただけ・・。

「それってありい?」・・という感じで
微笑み、聞き流してください。


先日、友人と夜街へお食事に行きました。
街の真ん中のモールです。
途中、トイレに行きました。
外は雨が降っていましたが、廊下屋根が付いていましたので、
この際、雨は関係ありません。


トイレに入ると入口にお兄さんが座っていました。
「きっと、帰り際、蛇口を開けたり、手をふく手伝いを
してくれるのかな」と思いました。

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用を足しているときです。
急に、お兄さんが、立っている私の背中をもんで、
マッサージを始めてくれたのです。途中にです。
ちょっとびっくりして、出ているものも止まりそうになりましたが、
がまんして、いやがまんしないで、ゆっくり用足しを続けました。

お兄さんのマッサージは、それはなかなか上手で短時間ながら
効き目がありました。
気持ちいいので、ゆっくりゆっくり用を足して、終えました。

お兄さんは、さすがに、ジッパーまで引き上げてはくれません
でしたが、トイレの洗水ボタンを押してくれ、
また蛇口も開けてくれ、丁寧に気を使ってくれました。

みなさん、タイでこの経験ありません?
えっ、いやでたまらないのですか。


どこかであったような既視感がありました。
わずかなチップで、やってくれるタイ式サービス。
人によって受け止め方は違いましょうが、私はほのぼのと
感じました。
多くの人は嫌がって避けるようですが・・。

もちろん、「サービスいりますか?」なんて
聞かれませんよ(笑)。
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by ucci-h | 2008-07-08 18:06 | アジア的な生活 | Comments(0)
  

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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