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タイの軍事政権を掌握する“東方の虎” 3人の虎将
タイに2014年5月軍事政権ができて、5ヶ月が過ぎた。
今はすっかり落ち着いたが、軍政下であることに変わりはない。


タイの軍部が政権を取る。
近年では、1991年2月の反チャーチャイ・クーデター、
2006年9月のタクシン追い出しクーデター以来である。

 「戦後のタイの軍政の歴史を振り返る 2014-10-15」
  http://uccih.exblog.jp/21209283/


91年のクーデターは、元陸軍大将チャーチャイの自派の引きに
対する他の軍派閥の反発が引き金になっている。
2006年のクーデターは、軍・王党派を追いやるタクシンへの
反発からだった。


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90年代初め、チャーチャイ政権を引き摺り下ろしたスチンダー政権は、
その軍政の失敗から長く持たず、その後90年代のタイでは、
軍を排除した軍の“非政治化”の時代が続いた。


しかし、2000年代に入ると、実業政治家タクシンの台頭から、
タイの政策は、再び“政治化”してしまい、
軍が再び乗り出してくるようになってしまった。

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もっとも、2006年のクーデターでタクシンを追い出した後も、
軍は、政治の主導権を取りきれず、選挙でタクシン派に
負けてばかりきている。
選挙結果の政権に勝てるのは、司法の決定かクーデターである。


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タイ軍政の主導権は、タイ軍部内部での激しい権力争いの
後からやってくる。
今回の、2014年9月末で退任を控えていたプラユット陸軍司令官の
クーデター後の政権奪取でも、背景となる軍の現状が浮かび上がってくる。


2006年のクーデターに第1管区副司令官として加担した
プラユットは、その後の軍政がうまく行かなかったことを見ており、
今回の軍政にその失敗を生かそうとしている。

 「動き出したプラユット政権のロードマップ 2014-6-20」
  http://uccih.exblog.jp/20827173/


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今回の軍政は、近年その勢力を伸ばしてきた
陸軍第1管区内の第2歩兵師団、俗に“タイガー・ソルジャー、虎将”と
呼ばれる連中から生まれている。

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タイ王国の陸軍は、4つの地域に管区(リージョン)が分けられているが、
第1管区は、バンコクに司令部を置く、中部管轄のリージョンである。
その他には、東北部を管轄する第2管区(司令部コラート)、
北部を管轄する第3管区(司令部ピサヌローク)、南部を管轄する
第4管区(司令部ナコンシタマラート)がある。
なお、北の都チェンマイには、管区に入らない、第2作戦特殊師団がある。

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タイの心臓部、首都バンコク及び近郊を管轄する第1管区(リージョン)には、
第1歩兵師団ほか7つの師団が存在する。
師団(ディビジョン)とは、軍の戦略集団で、通常1万人以上の実戦部隊をもつ。
この中で、第2歩兵師団は、バンコクの東部プラチンブリに基地をおく
王妃護衛の師団である(第1歩兵師団が国王護衛の師団)。


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90年代に2期にわたり文民政権をしいた
チュアン民主党政権は、軍に対しても文民コントロールを敷いた。
彼自身が防衛大臣になった。
そして、政権第2期(97年11月~2001年2月)の98年には、
スラユット大将を陸軍トップの陸軍司令官に抜擢し、
軍の‘専業化’に努めさせた。


しかし、2001年2月のタクシン政権の成立で、
この軍の「専業化」も元に戻ってしまう。
それは、軍の将官を軍警予科学校時代の同級生(予科10期生、軍では
陸士21期生となる)に多く持つタクシンが、
軍の幹部を彼の仲間で固めようとしたからだ。


2002年には、任期終了1年前のスラユット(彼は、実力者プレム枢密院議長の
側近でもあった)を更迭した。
2003年には、いとこであるチャイシット大将を陸軍司令官に着けている。


このタクシンの軍内部のかき回しが、軍内部での変化、対立を招き、
結局2006年のクーデターにつながったと見られる。


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タクシン以前の、軍の‘政治化’の主力は、第1管区内で
バンコクに基地を持ち、国王を警護する第1歩兵師団だった。
しかしタクシン以後、軍のトップである陸軍司令官に着いた大将は、
ほとんどが、第2歩兵師団出である。


2004~5年のプラウィット大将、
2007~10年のアヌポン大将、
そして2010~14年のプラユット大将(現首相)。
またプラユットが後任の陸軍司令官に指名したウドムデイ大将も、
第2歩兵師団出である。

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この“東方の虎”と呼ばれる第2歩兵師団は、
第2、第12、第21の連隊(レジメント)を抱える。
連隊(レジメント)は軍のひとつの管理単位で、3000人ほどの
兵営となることが多い。


第2歩兵師団は、王妃を護衛する軍隊なので、
タイのシリキット王妃の誕生日8月12日(母の日でもある)に
ちなんで、2,12,21の連隊名の数字が採用されているという。


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タイの「東方の虎」部隊の力が有名になったのは、
70年代ベトナムが隣国カンボジアからクメール・ルージュを
駆逐して、カンボジア領内に入り、さらにタイ国境を伺い、
タイが共産化の危機に震えたときだと言われる。


このとき、東方の虎、第2歩兵連隊がタイをベトナムの侵攻から
守ったと言われる。
1982年の戦闘では、プラユット(現首相)は、歩兵中隊(カンパニー)長と
して、第21連隊の第2大隊(バタリオン、1000人ほどの部隊)長を救い、
勲章をもらっている。


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第2歩兵師団・第21連隊出のプラウィット(陸士17期生)は、勇敢な将であった。
そして、その後第21連隊、“東の虎”の指導者的存在となっていく。
今は、プラユット政権の副首相兼防衛大臣として重用されている。
プラウィットは、プラユット政権の陰の実力者である。

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プラユットの先輩となるアヌポン大将(タクシンと同期の陸士21期生)も、
同じく第2歩兵師団・第21連隊出身だ。
彼は、タクシン政権下ではプラウィットの引きで第1管区司令官になるなど
生き抜き、タクシン追い出しクーデターでは、ソンティ司令官の二の腕となった。
当時のアヌポン第1管区司令官は、首都に近く、実質的なクーデターの指導者だった。

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またアヌポンは、2008年12月に、選挙で選ばれたタクシン派サマック政権に引導を渡し、
民主党アピシット政権を立てた、影のクーデターの主役でもあった。
アヌポンは、現プラユット政権では、内務大臣におさまっている。


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そして、現首相プラユット(陸士第23期生)は、彼らの後輩になる。
現在のところ、この69歳、65歳、60歳の3人の虎による固い結束と、
内閣の主要ポストの独占は、現政権を磐石にしているように見える。
プラウィット⇔アヌポン⇔プラユットのラインである。

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この軍事政権は、どこまで続くのだろうか?
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by ucci-h | 2014-10-29 12:14 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(4)
{速報}プロテニス・ツアー最終戦パリ・マスターズに入ったが、ロンドン最終決戦への8人の顔ぶれは?
テニスのプロ・ツアーが今日10月27日から(11月2日まで)、
最終週のトーナメントに入った。
パリで行なわれる「パリ・マスターズ」(ATP1000)である。

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優勝者には1000点、準優勝者には600点、ベスト4には360点、
ベスト8には180点、ベスト16には90点がつく。

 「テニスの錦織選手がロンドン最終決戦へ行けるためには? 2014-10-23」
  http://uccih.exblog.jp/21229627/


11月9日からの最終決戦、
トップ8が出場でき、当たり合う「ロンドン・ファイナル」
への出場者が、今週のパリで決まる。


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先週(10月20日~26日)は、スイスのバーゼルと、
スペインのバレンシアで、ATP500が開かれた。
結果は、ほぼ予想通りだが、少し予想外のことも起きた。


「スイス・インドアズ」では、地元のフェデラー(2位)が予想通り優勝。
500点を積み上げた。


ナダル(3位)とラオニッチ(10位)はベスト8にとどまり、90点しか稼げなかった。
ディミトロフ(11位)はベスト16で敗退、稼げなかった。
ラオニッチとディミトロフ、錦織と同世代の若手二人だが、点数をあまり積み上げてきていない。
またロンドン出場の決まっているワウリンカ(4位)は、はやばやと1回戦で負けている。


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「バレンシア・オープン」では、予想通りながら、決勝戦で疲れ切りながら
タイブレークをものにしたマレーが、410点を獲得し、錦織の上の第5位に上がった。
ロンドン当落線上に居るベルディッヒ(8位)とフェレール(9位)は、思ったほど
稼げなかった。


ベルディッヒは初戦で敗れ去り、稼げず、フェレールは、準決勝で
優勝したマレーに敗れ、90点しか上乗せできなかった。
彼は出場試合が多いため、180点の獲得だが、最低点の90点が消えていった。

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このふたつのトーナメントの結果、
マレーの今年の点数が4295点となり、休養の錦織の4265点を上回った。
しかし、ベルデッヒ(4105点)以下、フェレール(3865点)、ラオニッチ(3840点)
ディミトロフ(3555点)の点数があまり伸びなかった。
最終のパリ・マスターズでは彼等の巻き返しが図られるだろうか?


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そして、10月25日には、大きなニュースが飛び込んできた。
今シーズン全試合終わってから虫垂炎の手術をすると言っていた
ナダル(3位)が、パリ・マスターズを欠場し手術を早めにすると共に、
ロンドン・ファイナルの欠場も決めた。


これで、第9位までの選手が出場できることになった。
3つのいすを錦織以下6人で争っていたのが、4つの席を得られる。
マレー、錦織、ベルディッヒに加え、フェレールが滑り込みで入るかもしれない。


ラオニッチは次点にとどまるかもしれない。
ディミトロフは優勝か準優勝を狙わねばならない。


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優勝者の獲得点数1000点以下、
ベスト16までの得点合計が3760点にのぼるパリ・マスターズ。
現在の5位と10位の差は、500点もない。


現在6位(出場確定のチリッチを上にあげれば実質7位)の
錦織も、ナダルの欠場で、ロンドンの可能性が高まったが、
気は抜けない。

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パリ・マスターズの組み合わせを見ても、2回戦からの
錦織は、カナダのホープ、ポスピシルと、バレンシアの決勝で
マレーから計5回のマッチポイントをとったロブレド(スペイン)の
勝者とあたる。どちらも手ごわいはずだ。


それに勝っても、3回戦で最近復調してきたフランスのツォンガとおそらく当たる。
68人もの選手が出場するパリ・マスターズ、ツアー最終戦。
錦織選手もベスト8以上に勝ち上がれるよう、がんばって欲しい。
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by ucci-h | 2014-10-27 17:59 | スポーツ観戦 | Comments(0)
米国に基地を提供しながら、イスラム過激派に武器・資金援助をする国の論理
さて、この国はどこでしょう?

{ヒント1} 一人当たりGDPがほぼ10万ドル(日本の2.6倍)と
世界第3位の裕福な国。

{ヒント2} 世界一の天然ガス輸出国。

{ヒント3} 衛星放送局「アルジャジーラ」を持ち、
サウジの王政を批判している国。

{ヒント4} この国の国籍を持つ人口より、外国人労働力で
あるインド人の人口の方が多い。

{ヒント5} 日本のサッカー代表チームがワールドカップ行きを
最後に逃した“ドーハの悲劇”の国。

{ヒント6} 国土面積は隣国サウジの200分の一。
人口もサウジの13分の一。
なのに、国際的影響力の強い国。

そうです。アラビア半島の東に小さく突き出た
半島の国、カタールです。

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前回触れたように、ここカタールが、サウジと並んで
イスラム国などの過激スンニ派への資金源になっていると言われる。

 「9.11からイスラム国まで、その背景にサウジの育てたワハビズムが 2014-9-5/6」
  前編 http://uccih.exblog.jp/21082828/
  後編 http://uccih.exblog.jp/21084690/


一方で、カタールは、サウジと並んで、アメリカに協力する
アラブ穏健派国家とみなされている。


事実、シリアやイラクへの現在の空爆は、
カタールのアル・ウデイド空軍基地をベースにしている。
ここには、8000人の米軍がおり、120機の航空機が
存在していると言われる。


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また、首都ドーハに近いアスサイリヤ・キャンプは、
米軍の前線司令部となっている。
カタールは、ここを米軍に無償で貸している。
イラク戦争直前の2003年から米軍は前線司令部としている。


2014年7月、カタールは米国から総額110億ドル(1.2兆円近く)に
のぼる武器を購入することを合意している。


カタールは、アラブ地域で捕らわれる西側の人質に
対する身代金払いを代行していると言われる。
これは、形を変えたイスラム・ミリタントへの援助かもしれない。
また、カタールはアメリカとアフガンのタリバンの間の
仲介者としての役割も果たしている。


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カタールは、サウジと同じ、スンニ派ワハビズムの国家である。
しかし、サウジが伝統的な王政を守ろうと言う姿勢なのに対し、
同じワハビズムでも、カタールはもっと革新的で、
近隣のイエーメンやチュニジア、シリアなどへの過激派供給基地と
なっていると言う。


アルジャジーラがアラブ地域において、サウジ王政
批判のプロパガンダとして設立されたように、
カタールの姿勢は、サウジ王政と対峙している。

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カタールの方がいろいろな面で革新的で、
例えば、サウジではなお女性が車の運転をすることは許されないが、
カタールでは自由だと言う。


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カタールは、アメリカの協力国であると同時に、
スンニ強硬派への援助国でもある。


カタール、サウジともに、アラブの春のプロモーターで
やってきた。政権転覆は、両国からの武器と資金の
サポートがなかったら、成り立たなかったかもしれない。

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アメリカと仲良くし、アメリカから、豊かな天然ガスの代金で
買った武器を、アラブの強硬派に流し、支援する。
アメリカの基地援助をし、アラブ強硬派に武器や金といった戦闘力を
提供する。まるでマッチポンプのようだが、
カタールには、アラブ革新の大義があるのだろう。


リビヤのカダフィ政権を倒した影にはカタールの影響力が
あったようだ。間接的な援助だけでなく、
2011年、カタールはひそかに陸上部隊をリビヤの
国内に送り込んでいた。

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しかし、イスラム国が増長するここにきて、
カタールとサウジの対立が鮮明になってきた。
カタールは、アラブのムスリム同胞団や
リビア、チュニジア、イラクの草の根運動的な勢力を
後押しする。


一方で、サウジは、アラブ首長国連邦(UAE)やヨルダン等と共に、
これらの運動は、自分たちの統治体制を揺るがすものと
脅威を感じ始めている。


湾岸のアラブ6カ国で81年に形成された「湾岸協力会議」
(GCC)では、ことし、サウジやUAE、バーレン等穏健保守派と
カタールが対立し、今に始まったことではないが、これら3カ国は
カタールから大使を引き上げている。

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リビヤのトリポリで続く闘いにおいても、
カタールの支援するイスラム軍隊に対し、
UAEなどは、ひそかに空爆を行なったりしている。


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カタールは、遠い将来を見据え、現在の富の偏りがちな
アラブの王政・首長制は消えていくと見ているのかもしれない
(カタール国も首長国だが、自らは民主性が進んでいると見ているようだ)。


遠い将来のことは別にして、アラブの春を契機にした
イスラム国の広がりは、アラブの保守穏健派のサウジ等と、
革新急進派カタールの対決を先鋭化し始めている。
この対峙が、アラブ世界の地盤変動につながるのだろうか?
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by ucci-h | 2014-10-24 17:24 | 日本・米国・欧州 | Comments(2)
チェンマイのナイトバサールの南端に「セーン・タワン劇場」があったのを知っていますか?
チェンマイの観光スポットと言えば、
昔からまず「ナイト・バサール」が挙げられる。


この旧市街の東側に南北に伸びる通りに
観光客相手にみやげ物を売るナイト・バサールができたのは、
3階建てのナイト・バサール・ビルが建ったのが
観光ブームの80年代だから、その前すでに60~70年代頃から
あったのだろう。

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このナイト・バザール通りの南の端、
チャンクラン通りとスリドン通りが交わる四つ角の
東南角に、かつて大きな映画館「セーン・タワン劇場」が
あったのを知っている人は少ない。


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古都チェンマイの文化を高めるために、
70年代チェンマイの街の盛り場だったチャンクラン通り北の
四つ角に地元の名士が「セーン・タワン劇場」を
1978年に建てた。

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当時は、タイでも映画館が大きなエンターテインメントだったが、
その後、ビデオやテレビの普及で自宅での娯楽機会が増えてくる。
さらに、90年代にかけて自動車が普及してくると、
街角の駐車スペースのない娯楽場は遠ざけられるようになる。


2000年代初め、映画館は営業をやめたようだ。
その後のセーン・タワン劇場ビルは、レストランになり、ビリヤード場になり、
最近では、広告看板屋の倉庫になっている。

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セーン・タワン劇場の衰退と、ナイト・バサールの人気衰退
(最近では日曜マーケットに観光客も取られているようだ)、
それとチャンクラン通りの人気低下(カラオケ屋はにぎやかだが)は、
期を一にしているようだ。
劇場跡の対面のパンティップ電気店ビルの人気もいまいちだ。


しかし、それでもナイト・バサール付近には、
高級ホテルが並んでおり、観光の中心であることに変わりはない。
チャンクラン通りは、またムスリムやインド人も多く、まさに国際都市だ。
何かをきっかけに街は再開発、再興を図りたいところだ。


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セーン・タワン劇場を再開発のシンボルに出来ないか?
映画館は、郊外にシネプレックスが沢山増えた。
チェンマイは古都だが、近代的な劇場、オペラ、音楽堂といった
文化施設があまりない。


音楽や舞踊、ミュージカル、演劇、そういった類の
娯楽がいつでも見られる常設館がチェンマイの街に
欲しいなと思う。
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by ucci-h | 2014-10-23 23:14 | チェンマイ近郊お勧め所 | Comments(2)
テニスの錦織選手が世界トップ8人のロンドン最終戦に行けるためには・・・
ATP(男子プロテニス)ツアーも11月を控え
いよいよ大詰めである。


今年2014年は、錦織選手のブレークで
テニス・ツアーの観戦が一段と面白くなった年である。
日本と違って、ここタイではプロ・テニスのトーナメントが
毎週のように見れて楽しい。


今週10月20日から26日までは、
スペインでの「バレンシア・オープン」と
バーゼルでの「スイス・インドア・テニス」
(いずれも優勝者獲得点数が500点の「ATP500」である)が
同時に行なわれる。


そして来週10月27日から11月2日までは、
ロンドンでの最終戦直前の最後の
「BNPパリバ・マスターズ」(こちらは優勝者点数が1000点の
年に9回あるマスターズATP1000の最終戦)がパリで行なわれる。
これは、トップ30選手に、病気や怪我がなければ、出場義務がある。

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11月9日から16日までのプロ・テニス最終戦
グランドスラムに匹敵する「ワールド・ツアー・ファイナル」には、
今年暦年の累積獲得点数第8位までの8人が出場でき、
いわばその年のトップ・プレーヤーを競う。

 「今年は面白かったプロテニス・ロンドン最終戦 2013-11-14」
  http://uccih.exblog.jp/17163668/

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テニス・プレーヤーのランキングには、ATPランキングが
一番知られているが、これは、過去52週の累計。
これに対して、ロンドン行きの点数は、暦年での累計、
年初からほぼ10ヶ月間の獲得点数となる。

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先週3箇所での「ATP250」が終わった時点での
暦年ランキングは以下の様になっている。


1位 ジョコビッチ(セルビア) 9010点
2位 フェデラー(スイス)   8020点
3位 ナダル(スペイン)    6745点
4位 ワウリンカ(スイス)    4805点

ここまでは、あと2週間残して、ロンドン行きの当確だ。
そして、グランドスラムのひとつUSオープンで優勝した
チリッチ(クロアチア、6位で4150点)は、
4大大会の残る一人なので、20位以内が決まっているので、
ロンドン行きと決まった。


残る3席を以下の6人で競う。

5位 錦織(日本)           4265点
7位 バーディッヒ(チェコ)     4105点
8位 マレー(英国)         3885点
9位 フェレール(スペイン)    3775点
10位 ラオニッチ(カナダ)    3750点
11位 ディミトロフ(ブルガリア) 3555点


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錦織選手はこの中でトップだから楽にベスト8に入りそうに見えるが、
そうでもない。5位から11位までの差は、710点しかない。
ATP500シリーズで優勝すれば500点、2位でも300点。
ATP1000のパリ・マスターズとなれば、優勝すれば1000点、
準優勝でも600点、ベスト4で360点も獲得できる。


先週のATP250シリーズを経て、
マレー(+230)、バーディッヒ(+160)、チリッチ(+160)、
ディミトロフ(+105)、フェレール(+60)と一週間で上げて来ている
(獲得点数がそのまま増えないのは、トップ18トーナメントの合計だから)。


錦織は休養。ラオニッチは、モスクワでの2回戦で敗退。
ふたりは、ともに前週から点数は増えなかった。


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今週は、バレンシアの方に、バーディッヒ、マレー、フェレールの
ここ数年のロンドンの常連が揃って出場する。この3人が、500点、300点、
180点(ベスト4)を獲得する可能性が高いだろう。


スイス・インドアの方は、フェデラー、ナダル、ワウリンカのロンドン決定組に
加え、ラオニッチとディミトロフが出場する。
現在10位、11位とロンドン行き圏外にいるのこの若手ふたりは、
ぜひ優勝(500点)ないし準優勝(300点)を取りたいところだろう。
ベスト4、ベスト8だと、180点、90点しかとれない。


錦織、チリッチは今週、バレンシアを目指していたが、欠場する。
錦織は、体調整備が優先である。
トップのジョコビッチは、どちらにも出ない。


ロンドン出場者の決定は、来週のパリ・マスターズまで持ち越されそうだ。
ツアー最後のパリ大会は、1000点(優勝)、600点(準優勝)、
360点(ベスト4)といった高得点が控えているだけに、
この6人のロンドン行き争いは頂点に達するだろう。


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6人の中で現在トップの錦織選手も、休養中の今週の他の選手の
結果次第では、後ろのふたりに抜かれるかもしれない。
また、今週が終わり、8人の枠内に残っても、
最終週のパリで早めに敗退すると枠内から外れるリスクもある。


最終的には、4400点台以上のプレーヤーがロンドンに行くことだろう。
錦織選手は、9月はじめのUSオープン準優勝後、
マレーシア、楽天と2連勝。翌週の上海では疲れから
2回戦で敗退(10月8日)した。

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パリの最終戦出場まで、10月8日から3週間ほど休めることになる。
ぜひ、体調を整えて、あのスピードあるショットを見せてもらいたい。
そして、ロンドンの最終戦に出て欲しいものだ。
パリで、ベスト8(180点)以上になれば、可能性は高そうだ。


フレー、フレー、錦織!
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by ucci-h | 2014-10-23 22:45 | Comments(0)
タイの教育予算や国防予算は高めだが、その中身はどうなっている?
前回、タイの新年度の財政規模について触れた。

 「タイの新年度財政は、少しは立て直しを図れるのだろうか? 2014-10-19」
  http://uccih.exblog.jp/21223451/


なかなか財政支出を抑えることは難しいようだが、
その中身について見てみよう。


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タイの2015年度(2014年10月~2015年9月)予算の
総額は、2兆5750億バーツ(約8.5兆円)。
このうち、省庁別に見ると、トップ3は以下の様になる。


1位は、教育省の4980億バーツ(全体の19.3%、約1兆6400億円)
     前年度比+3.2%
2位は、内務省の3410億バーツ(同じく13.2%、約1兆1250億円)
3位は、防衛省の1930億バーツ(同じく7.5%、約6370億円)
     前年度比+5.0%


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日本の一般会計(特別会計もあり必ずしも全体像を表していないが)
に占める文部科学省の予算の比率はほぼ6.0%だから、
タイの教育予算の比率19.3%はきわめて高い。
教育充実はタイにおける優先度のナンバーワンだ。

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タイは教育が遅れていると、自他共に認めている。
しかし、教育予算はきわめて高い。
また進学率も低くない。
この矛盾はどこから来ているのだろう?


その答えは、タイにおける教育予算の使われ方を見ると
見つかるようだ。
学校関係の建物、ハコ物に多くの予算が使われているという。
もともとタイ人は見かけを重んじる。

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大きな校舎や事務所を作るだけでなく、立派な国旗ポールや
校章の入った建造物を作る。
こういった入れ物偏重の予算執行は、わいろの入る余地を増やし、
プロジェクト予算の3割は袖の下だと業者に言わせている。


@@@@@


また、現場の教師以外の学校関係の人件費が膨らんでいるという。
管理関係の人件費が多く、現場の教師は、そこからの雑事に追われ、
実際の授業の先生は不足がちだという。


こういった、高給の教育管理者をかかえる頭でっかちの組織に
反対する声も多い。
「まずは、教育省を解体せよ」という声まで出ている。


タイの教育内容は、近隣諸国に比べても不十分だと言われる。
特に、カリキュラムが詰め込み式で(タイの学校の授業時間は長い)、
考えるくせが育たないと言われる。
先生からの教えは絶対的で、質疑や批判の空気が育っていないと言われる。
日常でもタイ人は、「なぜ?」とか「どうして?」とか問いかけることが少ない。


予算は大きくなっているが、タイの教育は、構造転換と質的変化を
求められているようだ。


@@@@@


内務省予算も教育省と似たところがある。
つまり、タイの各地を回れば分かるように、田舎に行っても
立派な地方庁舎、役場が多く見られる。

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ここもハコ物、そしてその中に入れる人数主義だ。
ことにタイの場合は、中央集権政治だから(各県の知事は
内務省から派遣される)、いっそう中央の威光を示すべく
立派な地方庁舎が建てられる。


建物が大きいと収容人員も多くなる。
地方の役人は、余った時間を外国視察旅行など
予算消化に努めると言われる。


@@@@@


国防費の規模は、その国のおかれている状況によるわけで、
適正規模は存在しない。

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ちなみに、日本の防衛庁の予算は5兆円近くで、
一般会計に占める比率は5.0%ほど。
タイの防衛省の比率7.5%の方が高い。


クーデターが起り軍事政権が出来るたびに
防衛費はジャンプアップしたものだが、
今回は5%増に抑えられている。
プラユット政権は、世論に敏感である。

 「軍事政権になってタイの軍事費は膨れたか 2014-8-5」
  http://uccih.exblog.jp/20978963/


@@@@@


タイにも、産軍複合体は存在する。
武器には常に老朽化と言う「買い替え論理」が存在する。
新しい武器は、旧来型よりも高くなっている。


また、タイの軍隊には、現在1750名以上もの“フラッグ・オフィサー”
(将軍および提督)がいると言われる。
20万の国軍においては多すぎると見られている。
ほとんどのフラッグ・オフィサーは一定の任務はなく、高給と
地位を保持していると言われる。


プラユット軍政権が、国の改革に本気なのか・・・
お膝元の軍改革の行方で、国民もその本気度を
占うと言われる。
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by ucci-h | 2014-10-20 11:01 | タイの財政・税金 | Comments(1)
タイの新年度財政は、少しは立て直しを図れるのだろうか?
タイは軍政になっても、ポピュリスト的財政政策から
なかなか抜け出せないかもしれない。


途上国において、政府は、国民にいわば金を配る
バラマキ政策が、人気取りの手っ取り早い方法だから、
麻薬中毒患者のように、国民が期待するバラマキ政策からの
転換はなかなか難しい。

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@@@@@


前2014年9月度、タイの財政収入は、予定額より
8.8%(2000億バーツ、約6600億円)も少ない
2兆730億バーツにとどまったようだ。
減税や景気停滞、輸出の不振が効いている。


財政支出は、2兆5250億バーツほどの予算近くを
消化したはずなので、前年度の赤字は
4000~4500億バーツほどに拡大したはずである
(計画は2500億バーツの赤字だった)。


@@@@@


そして新しい2015年度(2014年10月以降)は、
2兆5750億バーツ(前年度比+2%、約8.5兆円)の歳出が、
軍政下で計画されている。

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これに対して、赤字の予定は新年度も2500億バーツだから、
財政収入の予定は、2兆3250億バーツ(約7兆6700億円)という
ことになる。


つまり、財政赤字を2500億バーツに抑えるためには、
前年度比+2500億バーツほどの増収が必要になる
(2兆3250億バーツ - 2兆730億バーツ)。


昨年度の税収がだいぶショートしたとはいえ、
+12%の歳入増は簡単ではないだろう。


@@@@@


軍政は、歳出の伸びはほどほどに抑え、
歳入の大きな伸びに期待しているように見える。


昨年度の4000億バーツ近い財政赤字に加え、
新年度も赤字が3000~4000億バーツに達するなら、
近年のタイの財政状況は、なお悪化しつつあるということになろう。


財政バランスの回復には、支出抑制が必要になる。
財政支出には、非効率なものも多い。
軍政下での財政支出の中身については、
次回に見てみよう。
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by ucci-h | 2014-10-19 19:59 | タイの財政・税金 | Comments(0)
「百万長者になりたければ軍に入れ!」タイ軍・警察トップの資産額
タイの軍人は清廉潔白、だから資産も少ない、と
思いがちである。
しかし、軍のトップともなるとどうだろう?


軍政権ができ、NLA(国家立法議会)ができて、
200人(半分以上が軍・警察関係者)の議員が
軍の推薦により生まれ、2014年8月8日に議会が始まった。

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これらの議員に対し、資産公開が行なわれた。
2014年10月3日、NACC(国家反腐敗委員会)により、
195名の保有資産額が発表された。

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有力紙「タイ・ラット」紙は、この内容を見て、
「百万長者になりたければ、軍隊に入れ」と、
驚いた調子で、軍トップの高資産ぶりを伝えている。


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ランクと共に、資産額を並べてみよう。
陸軍関係中心に高額資産家が見られる。

内閣官房長 アンポン氏 1.96億バーツ(約6.47億円)
前国家警察長官 パチャラワット警察大将 1.61億バーツ(約5.31億円)
国防顧問長 ニパット大将 1.22億バーツ(約4.02億円)

国防次官 シリチャイ氏 1.08億バーツ(約3.56億円)
第1陸軍地区司令官 カンパナート中将 9900万バーツ(約3.27億円)
陸軍副司令官 プリーチャ大将(プラユット首相の末弟) 7980万バーツ(約2.63億円)

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これらの日本円で数億円(タイだともっと金の価値が高い)にのぼる資産に
驚いていてはいけない。
軍・警察出身の議員の資産は、一般に数千万バーツ(1億円内外)に
なるものが多いようだ。


後述のように、10億円を超える軍・警察の資産家も見られる。
また海軍、空軍のトップにも高額の資産所有者が見られる。

前空軍司令長官 イティヒポーン氏 2.63億バーツ(約8.68億円)
前海軍司令長官 スラサック提督 1.85億バーツ(約6.11億円)


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NLAの中でのトップ9となると、以下の様になる。
3位~9位は、いずれも軍・警察のトップだ。

1位 タイ商工会議所会頭 イッサラー氏 52.2億バーツ(約172.26億円)
2位 ナイラート・パーク・ホテルCEO ピライパン女史 13.1億バーツ(約43.23億円)
3位 国家警察副長官 ジャクティップ警察大将 9.62億バーツ(約31.74億円)

4位 元海軍司令長官 カムトーン提督 8.01億バーツ(約26.43億円)
5位 陸軍特別資源長 チャユット大将 5.44億バーツ(約17.95億円)
6位 首相府官房副長官 ワチャラポン警察大将 4.96億バーツ(約16.37億円)

7位 前裁定部司令官 ユワナット大将 4.49億バーツ(約14.82億円)
8位 元プレム大将助官 パイロイ大将 3.89億バーツ(約12.84億円)
9位 国家警察長官 ソムヨット氏 3.55億バーツ(約11.71億円)

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なお,195名のNLAメンバー中最低は、
長老であるソンポーン議長の16万バーツ(預金、約53万円)だった。


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高額保有資産の源は、
①親から相続した財産(タイにはいまだ相続税がない)、
②株式市場での利得、
③配偶者のビジネスなどによる高い資産など
から来ていると、タイ・ラット紙は見ている。


全体の第3位、ジャクティップ大将の資産9.62億バーツのうち、
9割の8.71億バーツは、妻からのものである。


役人となって、22歳(月収1500バーツ)から働き、
60歳(サラリー15万バーツ)で引退したとして、
38年間の勤務で、生涯収入は3400万バーツほど(1.12億円ほど)に
なるから、これ以上の資産持ちとなると、上に挙げたような資産があるからだろうと
同紙は見ている。


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NLAの議員のうち28名は資産公開に反対したが、
行政裁判所の裁定により、公開となった。
もっともタイの場合、シンガポールなどと違って、
資産源までNACCが調査するわけではないので、
高額資産を持つ議員のふところの中まで覗かれるわけではない。


ちなみに、日本の安倍内閣の18人の閣僚の平均資産額は、
1億194万円。トップは麻生太郎副総理の4億7139万円だそうだ。


また、2013年当選の参議院議員のひとり平均資産は3770万円しかない。
日本の議員資産公開法はザル法だから、普通預金額は含まれないし、
選挙当日だけのものであり、追跡されていない。
資産が大きいと怪しまれ、ねたまれる日本の文化がある。
タイの方が、誇らしげに資産公開されているのかもしれない。
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by ucci-h | 2014-10-17 00:10 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(2)
戦後のタイの軍政を振り返る・・・テクノクラートの使い方
「タイの軍政って、いったいどういうものなのか?」と
時々思う。

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「清廉潔白な軍人が国を動かすのだから、政治屋達の
汚職まみれで、自分たちへの利益誘導の政治より
よっぽどましだろう」という、軍政を支持する素朴な見方がある。


一方で、「軍事独裁は、民主主義に反するもの。
何を言おうが許される体制ではない」という文句なしの軍政批判
もある。

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軍政の是非は別にして、軍政という形が、戦後のタイ経済に
どういう風に機能して来たのかを見ておくことも必要だろう。
タイは、軍政だからと言って、武力をちらつかせ恐怖強権政治を
敷いているのとは少し違う。


@@@@@


タイの軍政の歴史は長い。
立憲君主制(1932年以降)下の戦後だけ見ても、
過去70年近くのうち、軍政の期間はのべ32~40年。
半分ないしはそれ以上が軍政である。
軍政と言っても時代により、趣を異にしてきている。


戦後1948年4月から57年9月まで、9年半の長期にわたって
政権を保ったピブーン首相は、反共体制が後押しした。
ピブーン元帥は戦時中、日本と協約を結び、戦後は一時
引退していたが、冷戦下で再び伸してきたのだった。

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その後、1959年2月から63年12月に急死するまで5年近く首相を務めた
サリット元帥の軍政は、独裁的政治を行ない、経済面ではトヨタなどを招き入れた。

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サリットの死を受けて1963年12月に首相の座に就いた
タノム元帥の政権は、民主化を求める学生運動で国外へ追われる
1973年10月まで、10年近くも続いた。
この間、ベトナム戦争支援と引き換えにアメリカの経済援助を受けるなど
経済発展が促された。

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@@@@@


タノム追放後、民主化が図られたが、1976年10月の学生弾圧クーデターで、
再び軍政に。
77年11月から80年3月まで2年半ほどクリアンサック大将が首相を勤めた後、
政権は、80年代に8年半続いた(1980年3月~88年8月)プレム大将に
引き継がれた。

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プレム大将は、首相として、閣僚に政党人や閣僚も入れて、
「半民主主義」体制をとった。
経済成長を進め、83年、86年に総選挙を行なうなど、民政移管をはたした。
首相を辞めた後、枢密院議長となり、94歳になった今も
タイの政界に強い影響力を持ち続けている。


この1948年から88年までの40年間、タイ経済は大きく成長した。
戦後、反共・親米が経済的な追い風となったことに加え、
プレム首相の8年半も含め、うち通算35年間を担ったタイの軍政は、
うまくテクノクラート・官僚を使い、タイの経済成長を促したと見られる。


@@@@@


70年代に学生を中心に起った反軍政・民主化運動は、
80年代にプレム政権の半民主主義政権をもたらした。
73年にタノム長期軍政を倒した「10月14日」は、その後の
タイの軍政の体制を変えたといわれる。


プレム政権のあとを受け継いだのは、88年8月から91年2月まで
2年半ほど首相を務めたチャーチャイ政権である。
チャーチャイは、プレムと同じ1920年生まれの陸軍大将だが、
首相になる前にタイ国民党を立ち上げており、88年の選挙で選ばれた
民選首相となった。

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しかし、このチャーチャイ政権の頃から、タイの
軍政・テクノクラート連携体制は少し変質したようだ。
民選政治家が力を伸ばしてくるに連れ、彼等は官僚に多く口を出し
利益誘導をいっそう図るようになったからだ。


@@@@@


91年2月には、軍の自分の派閥に利益誘導したと他の軍人から
腐敗政権とみなされたチャーチャイ政権は、
スチンダー陸軍大将のクーデターにより崩壊した。

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スチンダー自身は、3月の総選挙を経て
首相になるが、市民の反発を招き、47日間で辞職に追い込まれた。


これにより、軍部の政治への影響力は後退し、
第1次(92年9月~95年5月)、第2次(97年11月~2001年2月)に
わたるチュワン民主党政権などを経て、
2001年2月にはタクシン・タイ愛国党政権の登場となる。


@@@@@


90年代は民政の時代だったが、忘れてならないのは
97年におきたバーツ危機によるタイ経済の破綻である。
この時の政権の首相はチャワリット元大将だった。

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チャワリットは、経済自由化、規制緩和を進めたが、
歯止めが利かなくなり、97年5月からバーツは売り浴びせられ始め、
翌年初めまでアジア経済危機は続いた。
このバーツ危機により、チャワリット政権は97年11月に任期1年に
満たず、辞任している。


この政策失敗は、軍人政権だったからというわけではなく、
かつての軍政下でのテクノクラートによる経済運営という体制が変わり、
行政府である内閣と、経済運営の専門家である中央銀行や財務省、NESDB
(国家経済社会開発庁)などの経済テクノクラートとのつながりが
切れたからだと、後世分析されている。


@@@@@


21世紀になって出てきたタクシン及びインラック政権は、
ポピュリスト政策を強力に進め貧農層中心に票を獲得してきた。
しかし、タイ経済全体の成長に寄与したかは疑問符がつく。

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テクノクラートによる経済運営より、いっそう経済の政治化が
進んだためである。


そして今回のプラユット軍政。
軍政らしく、官僚を巧みに使っているように見える。
しかし、以前の軍政・テクノクラート連携に比べ、
軍内部からの政策実行意欲が強いとの見方もある。

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@@@@@


90年代以降、軍政を担う軍人も政治家化しているようだ。
つまり、タイの経済蓄積が進んだ結果、清廉潔白イメージの
軍人も富の追及に負けずに乗り出したと見られる。


結局、政治は、軍政だろうが民政だろうが、
トップに立つ人間の度量で決まることになろう。


今の軍政が、ほんとうにポピュリスト政策から抜け出せるのか、
また腐敗・汚職を少しでも減らせるのだろうか、
プラユット首相の手腕に期待するしかなさそうだ。
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by ucci-h | 2014-10-15 00:19 | タイの政治・経済・金融・為替 | Comments(0)
ホアヒン2230kmの旅(その2)
5日目は、ホアヒンとその南のプランブリをドライブした。
朝、ホアヒンのカオ・タキアップ岬に登った。
ここは昔と同じ、いなかのままだ。

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そのあと、ホアヒンの水上マーケットへ行ってみる。
水上マーケットと言っても、山に近いところ。
洋服・Tシャツの売り場がほとんど。安い。
アユタヤの水上マーケットの方が趣があった。

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昼時にかけて、1時間近く走って、山の中のホアヒン・ヒルにある
ホアヒン・ワイナリーを覗いてみる。
タイのワインは、まだなかなか物になっていないし、
国産品なのに値段も高い。
3種類試飲してみたが、白が飲める程度。ロゼはうまくない。

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@@@@@


午後は、プランブリの南方へドライブ。
サムロイヨート国立公園がある。
サムロイヨートとは、「300の頂き」という意味。

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タイランド湾に沿って、南北に石灰岩の岩山が連なっている。
海沿いに行くと、国立公園の看板には出くわすが、
目当ての「トゥング・ブア」(水連の湿原)へは行けない。
西側の幹線道路を南に40kmほどくだらなければ、
山にさえぎられて、入れないようだ。

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サムロイヨートの海岸沿いのレストランで昼食を取る。
のんびりした海が眺められる。
海で遊んでいる人は見られない。


@@@@@


幹線道路「AH2」を南に40kmほど下り、
サムロイヨート寺のところで左折し、
山並みに向かい入っていく。
石灰岩の岩山が眼前に迫ってくる。

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しばらくみちなりに走ると、国立公園の入口、
湿原が左前方に見えてくる。
係員いわく、「今年は暑すぎたので、水連が咲かなかった」と。
木の橋が伸び、風情ある湿原だが、そういえば、花が咲いていない。

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係員の女性にことわって、花が咲いていないので入場料は
払わず、少しだけ湿原の中に入れてもらう。
花はなくても、鳥が舞い、湿原を渡る風が気持ちいい。
振り返ると、サムロイヨートの岩山が屏風のように迫っている。
いい所だ。


@@@@@


6日目は、バンヤン・ゴルフコースへ。
ナビがバカナビなので、南から入るべきところを
西から入るルートをとったので、狭いオフロードを走らされ、
車が泥だらけになった。


バンヤンは、さすがにプレミアム・コースだ。
広々と山あいの中に広がっている。
コースの手入れもよく、ほどほどの起伏もあり、
海は見えないが、ちょうどハワイのマウイ島の
カパルア・プランテーションコースを思わせる。

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バンヤンのテラスで昼食後、この日は、
ブラック・マウンテン・リゾートに向かう。
明日の朝は、ブラック・マウンテンでプレーするのだ。


ここの新しいビラは155㎡と広く、庭に小さいながら
専用プールも付いている。
寝室が別々にふたつあるので、
一家族あたり1900バーツちょっとと割安である。

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夜は、ホアヒンのヒルトン・ホテル正面前の
イタリア料理屋で久しぶりの洋食。
おいしい店だ。

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@@@@@


7日目の朝。ブラック・マウンテン・ゴルフコース。
クラブハウスの内装から、カート道の色から、
キャディの服装までブラックづくしだ。
ティーイング・グランドも白や赤のマークはなく、
数字で示されている。65と書いてあるティーグラウンドは
全長6500ヤードと言う意味である。


このチャンピオン・コースは、けっこうトリッキーだ。
初めて回るには、打つ方向に苦労する。
プロモーションでけっこう客が入っていたせいか、
キャディは新人らしく、助けにならなかった。

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昼ごろ上がり、ビラに戻りシャワーを浴び、チェックアウト。
午後一路、来た道を戻り、アユタヤへ向かった。
金曜日の午後、バンコクに近くなると道路は混んでいた。


@@@@@


アユタヤに一泊。
トリップ・アドバイザーなどで推奨されている
川沿いのタイ料理の店で夕食をとったが、たいしたことはない。
食事どころは、こういったウエッブでの評判よりも、
地元に住んでいる人の推奨の方が、良い店に出会える。

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翌土曜日の午後、8日ぶりに無事チェンマイに帰着。
走行全行程2230km。
いつも旅行から帰って感じるのだが、
チェンマイに戻ると、暑さも和らぎ、ほっとする。


チェンマイの良さを見直すことになる。
しばらく、旅の疲れを癒そう。
幸い、久しぶりのゴルフも腰の痛みもなくできた。


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(ホアヒン旅行記終わり)
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by ucci-h | 2014-10-10 11:28 | アジアのリゾート | Comments(0)
  

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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