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タイの旧正月と陰暦の月の進み方が合わないわけは?

今でもよく使われるタイの陰暦と
タイ正月のソンクラーン(4月)の月の進み方が合わない!


タイの陰暦は、4月でなく1月を年のスタート月に変えた
ことで、ソンクラーンからさかのぼったとみられたが、
これでもズレは埋めきれない。
さて?


もう一度、中国の陰暦のスタート月と、タイのそれとを
比べてみよう。


中国の陰暦では、二十四節気の雨水を含む月(今年は
新暦で1月28日が新月のスタート日)が、基本、正月になる。
いわゆる春節が旧正月である。
結果的に、タイの陰暦のスタート日は、これより3か月ほど早い。


インドからやってきたタイの陰暦のスタート日は違うわけだ。
前に述べたように、黄道が白羊宮へ入ってきた時が新年だから、
本来なら春分過ぎになる。それが、ソンクラーン(新暦4月)の時期。
でも、今のバンコク陰暦では、スタートは4月ではなく、前年11~12月と
およそ4~5か月もさかのぼっている。
春節よりも2か月早い新月の日だ。なぜ?



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今年のタイの陰暦は、昨年の11月30日にスタートしている
(1年前は、12月26日が陰暦年初の日)。
タイの陰暦は、ちょうど年間で日暮れが一番早い時期
(12月初旬)の前後を起点にスタートしている。


昼の時間が夜の時間を上回ってくる春分過ぎが
インド占星術伝来の旧正月だったはずだが、
今では、中国の立春頃の春節に2か月先行する冬至前後が
タイ陰暦のスタート月となったようだ。


何が起こったのか?
どうもいろいろ調べてもわからない。
ここからは、推測になる。


季節感としては、前年末頃が、タイの陰暦年スタートと
しては、ちょうど良かったからではないだろうか?
タイの季節の移り変わりは、中国や日本の様な北方の
国々に比べれば、2~3か月ほど先行している。
3月、北方の国々で春を待つころは、すでに暑くなり始めている。
7~8月になるとタイでは雨期でもあり、すでに暑さはやわらぎ始めている。


しかも、11~2月は「寒季」ではあるが、そう寒くはない。
「冬至前後は、昼の時間が長くなり始めると言っても
まだまだ寒いから新春気分にはなれないよ!」という
北の国の人々とは、肌の感じ方が違う。
ここから日が長くなり始めるのかと思うだけである。


だから、タイの陰暦正月は11~12月になっても、感慨はなく、
「タイの旧正月のお祝いをこの時期に持ってこよう」などとは、
誰も思っていないだろう。
水を掛け合うには、朝夕20度を割る気候では、やはり寒いだろう(笑)。



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1年間を通し、花が咲き、果物が取れる南国タイランド。
春を待ちわびるという風景はない。
むしろ、ソンクラーンの4月、暑いけれど、じきに来る雨期入りを
待ち、ライチーや竜眼、マンゴーなどの果物が出回るのを
待つ季節。
新しく気持ちを変えるのにふさわしい「新年」なのかもしれない。
仏教行事で使われる陰暦と4~5か月ずれていようとかまわない。


ちなみに、先に触れた出生届には、生まれ年の干支が
タイでも書かれる。
その際、暦年ではなく、新しい干支は4月からだ。
まるで日本の入学の学年みたいだが、早生まれの人は、
前年の干支になるわけである。


中国の陰暦とタイの陰暦は、もともと暦の出所が違った。
インドシナ半島では、ミャンマー、カンボジア、ラオスが
タイと同じく4月なかばが旧正月である。
いずこも水掛け祭りだ。


ベトナムだけが、「テト」で知られるように、中国の春節の時期だ。
4か国の仏教が、セイロンから渡ってきた南伝仏教の
上座部仏教に対し(スリランカの旧正月も4月)、
ベトナムだけは、北伝の大乗仏教であることと関連しているのかもしれない。


タイにおける旧正月と陰暦の月の進み方が違うわけは、
最後は推測で終わったが、不思議な陰暦の話はこれで
終わりにしよう。


(おわり)
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by ucci-h | 2017-02-25 23:53 | アジア的な生活 | Comments(0)
絶品のトムカーガイ(鶏ココナツミルクスープ)が食べられるチェンマイの隠れレストラン

チェンマイ市内の東、アルパインや
ハイランドのゴルフ場へ行くサンカンペーン新道に
隠れた、おいしく、雰囲気もいいレストランがある。


そこの料理(主にタイ料理)は、みなおいしいが、
特に、トム・カー・ガイ(鶏ココナツミルクスープ)は絶品だ。



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トムカーガイは、タイではトムヤムクンと並ぶ
スープの代表格だが、トムカーガイの
ほの酸っぱく、ココナツミルクのとろりとした
ほのかに甘みのある舌触りは最高だ。


トム・カー・ガイのガイは鶏だが、カーは、
しょうが(キン)より一回り大きく、香りのよい
芳香ショウガ(南姜、英語でガランガル)のことである。


ガランガル(カー)は、トムカーガイにも
トムヤムクンにも入れられており、タイのゲーン(カレー)にも
すりつぶされ入っている。またその薬効は幅広いが、
タイなど南国を代表する食材である。


また、この店の料理に「シークロン・ムー・オップ」
(豚のスペアリブ蒸し焼き)があるが、これもこの店ならではである。



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シークロン(スペアリブ)の料理としては、タイでは
「シークロン・ムー・トート」(唐揚げ風の豚のスペアリブ)が
有名だが、こちらのシークロン・ムー・オップ(オップは蒸すの意味)
は、たれでからまれた、しっとりしたおいしさがある。中は軟骨である。


この店は、アルパインへの分岐点近くまで行ったところにあるが、
街道に看板も出ていないし、
ムバーン(団地)の中なので、外からではわからない。


なので、昼食時、おいしい店なのにお客はほとんどいなく、
前もって食べたいタイ料理を注文しておくと、
貸し切り状態で、プールサイドのしゃれたレストランで
VIP気分で食べられる。料金も高くない。
隠れレストランである。


このムバーンの名は、「バーン・ナイ・ファン4」。
“夢の中”(ナイ・ファン)ではなく、現実にあるのだ。
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by ucci-h | 2017-02-25 23:48 | タイでの食 | Comments(0)
ジョギングの効能

ジョギングの効能

ここ4ヶ月ほど、ほぼ毎日
朝夕の組み合わせ体操をやってきた。

それなりの効果が出てきたが、
物足りなさの様なものも残る。

そう、体操は、どちらかというと
スタティックな(静的な)運動が多いから、
身体の重たさのようなものは残りがち。

そこで、ここにきてジョギングを
少しばかり始めた。

有酸素運動というだけじゃなく、
大地を蹴って走るので、
下肢への負荷が体重の数倍かかる。
骨や筋肉へいい刺激だ。

さらに、腕も降るので、
上肢・胸部の運動にもなる。
軽く跳ねながら走ると、気分もいい。



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ジョギングは、本来はあまり面白くもないが、
クロちゃんを「走らせる」だけでなく、
クロちゃんに「走らされる」ことに決めた。
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by ucci-h | 2017-02-25 23:42 | アジア的な生活 | Comments(0)
見映えのいいポーク・チョップは家庭でもおいしい

外食したチェンマイの洋食店で
「ポーク・チョップ」がうまかったので、
家で作ってみることにした。


ポーク・チョップは、豚の背骨の肉を
縦にぶった切ったもの。
ちょうど形がインディアンのトマホークを
連想させて、豪快だ。


でも、タイの市場にはなかなか背骨付きの
ムー(豚)は売っていない。
骨をとっちゃって、ロースで売っているようだ。


そこで、外国人向けのスーパー「リンピン」へ
行ったら売っていた。
食べられない骨が重いのに、キロ239バーツ
(720円くらい)と、豚肉にしては高い。


でも、見かけがいいので、400グラムずつのを
2枚買った。
我が家で焼いて食べた。うまかった。



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オイスターソースや赤ワインを混ぜたソースを
かけたが、水を足し忘れたので、
流動的にならなかった・・・。


骨の周りもけっこう食べでがあって、
じゃがいも、サラダと合わせ、
平らげたら、お腹いっぱいになった。


ポーク・チョップは、見映えのする料理だ。
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by ucci-h | 2017-02-25 23:39 | タイでの食 | Comments(0)
タイの旧正月ソンクラーンと陰暦の進み方が合わない!

タイの旧正月(4月)とタイの陰暦(バンコク暦)の暦は
月の進み方が合わない!?
どういうことだろう?


タイの旧正月(4月半ば)を起点に月を数えてゆくと、
タイの陰暦の月日の進み方と合致しない。


タイの万仏節も、5月頃の仏誕節も、7月頃の3宝節も、
そして10月頃のオークパンサー(出安居)も、11月頃のロイ・クラトーン(灯篭流し)も、
いずれもタイ陰暦の満月の月より、新暦ではひと月ちょっと先に来る。


例えば、今年の仏誕節は5月10日だが、
旧正月のほぼ一か月後だから旧暦2月というわけではなく、
旧暦6月の満月の日となる。



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現在でもタイにおいて仏教の行事等でよく使われるタイの陰暦は、
1889年(明治22年)に近代化を図ったチュラローンコーン大王(ラーマ5世)が
新暦を公式に導入するまでは、公的な暦として唯一使われた(太陰太陽暦)。


新暦の当初の年初めは4月1日だった(これが謎解きのヒントになるか)が、
1940年、時のプビン首相により、翌年から1月1日となった。


仏暦(ポー・ソー)と呼ぶのは、年号の数え方が、釈迦の入滅年を起源としているので、
そう呼ばれる。旧暦ではない。新暦である。


仏暦は、西暦年号+543(暦と覚える)で求められる。
今年は、2017+543で、2560年である。
ちなみに、日本の人気番組「笑点」もあと数ヶ月で2560回となる(関係ないか)。


タイの陰暦は、仏教行事関係だけでなく、タイ人の日常の中に
生きている。たとえば、出生届を出すと、誕生年の陰暦も記され
(ほぼ1か月先の月になる)。誕生日も、西暦に加え、陰暦の上弦10日
生まれなどと書かれる。


タイの旧暦(陰暦)は太陰太陽暦だから、29日の月と30日の月がほぼ半分ずつ入り
(月の満ち欠けの周期はほぼ29.5日だから、小の月と大の月を交互に入れる)、
365日に届かない(年354~355日)分は、3年に一度ほど「閏月」が
挿入される。
またひと月は、出生届で触れたように、上弦15日プラス下弦14~15日から成り、
16日以降の日付はない。


タイの暦の陰暦から新暦への推移を見ていたら、
旧正月と陰暦の月の進み方が合わない理由が少し見えた気がした。
つまり、年初=1月というジョーシキが間違っていたようである。
タイの年初はかつては、4月だったのである(年度初めではなく暦年の
はじめである)。


1940年までは、4月が年初めだったので、
ソンクラーンの月が年初め、正月だったのである。
なので、1940年は、西暦で言えば、4月~12月
(タイの当時の新暦で1~9月になる)の9ヶ月で終え、
翌1941年から西暦と一緒にした。



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ソンクラーンの旧正月と、旧暦(陰暦)は別物ではないだろうか・・・と、
最初は考えたが、かつては、4月から1の月、2の月と
数えていたのである。


それが、仏暦(新暦)でJanuaryをタイではモッカラーコムと
呼ぶようになってから、陰暦(旧暦)でも、3か月ほど年初めが
さかのぼったのだろうか?


しかし、これでも、賢明な読者はご察知のように、ズレが残る。
旧暦正月も3か月ほどさかのぼったとしても、旧暦の新年は、
新暦1月頃からスタートすることになる。


でも、現在実際の仏教行事や祝祭日で使われている陰暦
(バンコク暦)の陰暦年初めは、今年の新月の日で見れば、
1月28日(春節と一致)ではなく、また新暦に近い昨年12月29日
でもなく、昨年11月30日が、陰暦1月のスタート日だったのである。


さて、3か月のさかのぼりでは、解消できないこのタイ陰暦の
正月の疑問は、いったいどう考えたら解けるのだろうか?


(というわけで、最終回は次回に延期)
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by ucci-h | 2017-02-24 21:20 | アジア的な生活 | Comments(0)
インド占星術の黄道12宮と十二支はつながっているのだろうか?

前回、黄道12宮と十二支は同じ根っこを持つのか
と疑問に思った。


インド占星術由来のタイの旧正月と、
十二支をベースにした中国の旧正月
どこかでつながっているのだろうか?



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結論から言えば、12宮と十二支のつながりは不明だろう。
でも、12宮と十二支は共通点が多い。


そもそも、12宮が、太陽の通る黄道を
12分割して星座毎で表したのに対し、
十二支は、天の赤道を12分割し子丑寅と名付けたもの。
黄道は、天の赤道に対し、地軸の傾きにより
23度ほど傾いているだけだ。


いずれにしろ、同じようなアイデアだから、
十二支は、古代バビロニア発の12宮が
中国に渡ってきたものと推測してもおかしくはないが、
証拠などはあるはずはないだろう。



タイの旧正月は、インド占星術の黄道12宮の白羊宮入りを
ベースに定められたものだといったが、
さて、もし12宮第1の白羊宮入りを新年としなければ、
順位10番目のカプリコーンで知られる磨羯宮(やぎ座)の
方が、大昔で見れば新暦の年末年初の頃に当たったから
ちょうど良い気もする。
もっとも、まだ寒い時期で、メソポタミアの民には選ばれなかったのだろうが。


磨羯宮入りは、今の時代にずらしてみると(歳差)、
これが1月中旬~2月中旬になる。
ちょうど中国の旧正月「春節」の時期に当たる。


ちなみに、前回触れたように、中国の陰暦は、
十二支で寅の月(冬至を含む子の月の2か月後)
を正月(春節)としたが、中国旧正月も、冬至明けよりは
立春の頃である。その方が冬至明けより新春にふさわしかったのだろう。



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いずれも、冬至過ぎよりも、2~3か月過ぎ、
陽ざしが増した頃が新春とされたところが面白い。
今でも、世界には10月~4月ころまで(半年にわたる!)
旧暦の新年を祝う国々が存在するが、
新暦の正月以降の国々の方が多いのではないだろうか。



タイの旧正月が白羊宮(アリエス)入りの日で、中国の旧正月が
磨羯宮(カプリコーン)入りというのは面白いことだ。
もちろん、中国の暦は、12宮ではなく、十二支だから、
旧正月の寅の月が磨羯宮と時期が符合しているというだけだ
(中国戦国時代の天文学の「12辰」だと、寅の月は磨羯宮の
ひとつ前の人馬宮だというが、これは新暦の正月にあたる時期だ)。



12宮と十二支のつながりの話はこれくらいにして、
次回は、タイでの4月の旧正月と陰暦の時間のズレの疑問に
取り組んでみよう。


(次回で終わる予定)
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by ucci-h | 2017-02-22 13:12 | アジア的な生活 | Comments(0)
タイの旧正月は、インド占星術をベースに定められた!?

タイではなぜ暑い盛りの4月半ばを旧正月としたのだろう?

前回、タイの旧正月は、なぜ暑い盛りにスタートするのだろうか
という疑問を投げかけた。



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さらにまた、賢明な読者ならお気づきだろうが、
この4月の旧正月は、タイの旧暦と合致せず、
旧暦の暦と4ヶ月ほどの差が開いてしまう。
どうしてなのだろう?


4月半ばを旧正月として数え始めると、
新暦11月半ばころのロイ・クラトーンは、旧12月でなくて、
旧8月となってしまうだろう・・・。でも、そうは数えない。
ロイ・クラトーンは、タイの陰暦12月の満月の日といわれる。


これはいったい何なのだろう?
この二つの疑問、つまり①なぜ旧正月は暑い4月に?と
②旧正月と旧暦が合わないのは何故か?が、
タイの旧暦の進行を見ていると、湧いてくる疑問だ。
今回は、暑い盛りの旧正月成立の謎を追ってみよう。



もともと、タイの旧正月ソンクラーンは、天文学で太陽のめぐる
黄道が、白羊宮(牡羊座)に来る時期として定められたようだ。
白羊宮が「黄道12宮」の第一とされているからだ。
なぜ12宮のうち白羊宮が第1なのか?
西洋占星術の「黄道12宮」が定まったと言われる古代バビロニアのむかし、
春分のときに太陽の黄道が通過する星座が白羊宮だったからだ。



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ここで季節性が顔を出す。
つまり、古代バビロニアの昔から、昼が夜より長くなり始める
春分の頃が年明けとして重要視されたのだろう。
それでは、タイの旧正月は、なぜ春分の日の頃に
ならなかったのだろう?


この背景は、細かい話になるが、
西洋占星術からインド占星術にわたる間での時間のズレにあるようだ。
タイは、インドからの影響が強い。


黄道が白羊宮に入る時期は、春分点をベースにした西洋占星術では、
今見たように3月21日ごろからだが、長い時間がたつと春分点と
星座の位置がずれてくる。


星座の位置をベースにするインド占星術の
「サイデリカル方式」によると、白羊宮入りは、今では新暦の4月なかばからの
一か月と、春分の時期より、ひと月近く遅くなるのだ。


このずれは、実際の黄道上の星座の位置は、長い年月、
すこしずつずれてきたからである。これを「歳差」と呼ぶようだ
(「歳の差なんて!」という男女の年齢差ではない・・・蛇足)。


つまり、太陽が白羊宮へ入ってくるのは、12宮の西洋占星術が
定まった紀元前の時代には、ちょうど春分の時期だったが、
今では、1か月近くずれて、4月半ばになっているというわけだ。


春分点は、星座に対して72年にほぼ一日分
ずれるというから、古代ギリシャ(前2世紀)の頃から見ても、
30日近くずれている計算になる。


なので、12宮の暦がインドからタイに入ってきたときは、
旧正月は、春分の日近くより、暑い盛りの4月半ば近くになったわけだ。


タイ正月は暑い盛り!
でも、暑さは、関係ないというか、無視されたのだろう。


ちなみに、近年でも、大学の学期を国際化するために、
タイでは、今までの5月~翌年3月の学期を、8月~翌年5月に
変えてきている。3~5月と一番暑い時期が夏休みだったのが、
国際化とは言え、この時期に学期が残ってしまって平気なのだろうか。
勉強に集中できるのか、余計な心配をしてしまう。


4月の一番暑い時期が年の始まり(旧正月)。
やや北の国々なら、大昔、春分過ぎの時期で、
「春が来た!春が来た!」で良かったのだろうが、
この常夏の国に来たときは、暑さの盛りになってしまった。


これを逆手にとってというか、
一番暑い時期の旧正月をソンクラーンの水掛け祭りとして、
無礼講で水を掛け合うお祭りにしてしまったところが、
災い転じて福となすといったタイ人の知恵なのだろうか。


もっとも、タイでは、春分の日(今の3月21日ころ)と
言っても、すでに暑い季節に入っているが・・・。



ここでまた疑問が湧いてくる。
前回見た立春の頃の中国の旧正月(春節)と、
この4月のタイの旧正月の関係はあるのだろうか?
かたや十二支に基づいて陰暦の月が決められ、
かたやインド占星術の12宮をベースに暦が定められた。


はて?
西洋起源の12宮と東洋の十二支はどこかで
つながっているのだろうか?
なぞは広まってゆく。


(もう少し続く)
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by ucci-h | 2017-02-20 23:24 | アジア的な生活 | Comments(0)
タイの旧正月はなぜ一番暑い時期になったのだろうか?

前回、タイと日本・中国の旧暦にズレがあることを述べた。
同じ太陰太陽暦なのだから、ポイントは、いつを新年とするかにあるわけだ。
同じ陰暦(太陰太陽暦)といっても、日本や中国の陰暦と
タイの陰暦では、スタート時点が違うことになる。



日本の陰暦を見てみよう。中国と一緒だ。
中国の旧正月(春節)が、西暦の1月後半から2月前半に来るように、
日本・中国の年の始まりは、立春前後だ。



中国の陰暦だと、戦国時代にできたと言われる「二十四節気」中の、
雪が雨に代わり春の訪れを告げる「雨水」を含む月が1月だという。
雨水の24分の一の前の節気が立春だから、立春前後が新年となる
(必ずしも立春が正月ではなく、旧正月が春節と別に呼ばれるわけだ)。
雪が解けて春が来る。イメージしやすい。



またもっと古く、中国での紀元前の夏王朝時代から、
太陰太陽暦は、もともと寅の月を正月にした。
つまり、十二支の最初である子の月は、夜が一番長い
冬至を含む月とし、その2か月後の寅の月を正月とした。
なぜ、十二支の一番手である「子の月」を正月にしなかったのだろうか。



子の月や丑の月を正月とした王朝もあったようだが、
寅の月=正月で落ち着いていった。
やはり、その後に出てきた二十四節気で見られるように、
冬至を含む月より(そのあとに大寒、小寒がやってくる)、
それから2か月経た雨水の月の方が、北支では春がやってくる
気分で、年のスタート月にふさわしかったのだろう。


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これに対し、タイの旧正月は新暦の4月なかばだ。
ほんとうは日にちは毎年ずれるのだが、タイの合理性(?)で、
今は4月15日に固定されている(ソン・クラーン水掛け祭り)。
前回見たように、日本・中国と旧正月の時期が3か月近く違う。



タイの新年は、なぜこんな暑い時期になったのだろう?
タイの方が、日本や中国より、3か月近く季節の巡りは速いから、
本来なら、一番寒い(涼しい?)新暦12~1月ごろに
旧正月が来た方が、季節感は合う感じがするが・・・。



なぜタイは一番暑い時期を正月としたのだろう?


(続く)
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by ucci-h | 2017-02-19 00:17 | アジア的な生活 | Comments(0)
タイと日本・中国の旧暦は3か月近くもズレている!なぜ?

今週はじめの2月13日は、こちらタイの振替休日だった。
今年は、2月11日(土曜日)が、日本もタイも
休日だったが、タイでは土曜日に振替休日がつく。


日本は建国記念日だったが、タイは
マーカ・ブッチャー(万仏節)の日。


釈迦の入滅3か月前に、マガダ国の竹林精舎で
釈迦が説法をしたとき、1250人の弟子が知らせも
なかったのに集まった、奇跡の日と言われる。



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陰暦の満月の日だから、年によって日が変わる。
ちなみに、タイは祝日の多い日本をさらに上回る
年間17日ほどの祝日があるが、うち4日は仏教関係である。

http://uccih.exblog.jp/20687049/



ところで、万仏節は、タイの陰暦3月の満月の日と
ウィキペディアなどを見ると出ている。
11月ごろ行われるロイ・クラトーン祭りも(祝日ではないが)、
陰暦12月の満月の日と出ている。
つまり、タイでは陰暦の進行の方が、新暦より先に進んでいる
(ほぼ3年に一度、閏月の挿入で陰暦の日足らずは調整されるが)。


ここで、タイの陰暦に対する疑問が生じる。
日本の陰暦(ないし旧暦)は、同じくいわゆる太陰太陽暦
(月の満ち欠けの太陰暦に太陽の動きも加味した閏月を入れたもの)だ。
タイの陰暦も基本同じ太陰太陽暦である。


しかし、スタート時点が違うことになる。


たとえば、赤穂浪の討ち入りがあったとされる元禄15年12月14日は、
今の暦だと、1703年1月30日になる。
今の感覚だと、満月に近い雪の降るような寒い日になる。
タイとは反対に、新暦の方が、旧暦より進んでいるのだ。



同じ陰暦といっても、タイと日本・中国では、3か月ほどの
ずれがあることになる。
あれ?自分の勘違いかな??



そうでもなさそうだ。
たとえば、今年の11月3日は日本の文化の日。
日本の陰暦では9月15日の満月の日。
そしてこの日は、タイのロイ・クラトーン(灯篭流し祭り)。
タイの旧暦(ラタナコーシン暦)で12月登りの15日だ
(タイの旧暦のひと月は登り15日と下り15日でなる)。



確かに、3か月近く違っている。

はて、何が両国の陰暦の違いをもたらしたのだろう?

(続く)
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by ucci-h | 2017-02-17 00:26 | アジア的な生活 | Comments(0)
生活のちっちゃな知恵:歯間ブラシがすぐなよっとならない

むかしは使わなかったが、今は朝晩
歯を磨くたびに、歯間ブラシを常用している。

むかしは、歯の間にブラシが入るなんてと
思っていたけれど、今では歯の間の食べかすを
除いてうがいしないと、歯をきれいにした感じにならない。

歯間ブラシは、いろいろ使ったが、
ワイヤー製よりも、ブラシがゴム製のものが、
ブラッシング効果もあっていい。

問題は、じきにプラスチックの茎の部分が
なよっとしてしまい、3~4回で使えなくなることだ。



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そしたら、ある日ふっとひらめいた。
そばに備え置いてあるトイレットペーパーの
ロールに、使った後の歯間ブラシを差しておくことだ
(こちらは洗面所とトイレが一体)。
ブラシの青い部分が隠れるくらいでいい。

すると、ペーパーが水分をすぐに吸収してくれるので、
ブラシの持ちが良い。以前の2~3倍の回数はしゃきっと使える。

なお、この記事のスポンサーに
販売元の小林製薬はなってくれないだろうな・・・(笑)。
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by ucci-h | 2017-02-07 20:02 | アジア的な生活 | Comments(0)
  

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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