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2034年第3次世界大戦勃発のシナリオ(後編)
(前編http://uccih.exblog.jp/21074600/からの続き)


ことに、中国とロシアの結びつきが、第3次大戦の可能性の
カギになりそうだ。
ロシアと中国の結びつきは、しばしば「便宜的な枢軸」とみなされてきた。
しかしウクライナ危機が、ロシアを中国に一層近づける契機になるかもしれない。


EUとの経済的関係がぎくしゃくすると、ロシアは‘経済大国’中国への
接近を強めよう。
ロシアのウクライナ介入に対し、中国が“善意的中立”姿勢を保つのと
見返りに、ロシアは、中国の海洋進出に対して同じく善意的中立姿勢を見せよう。

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ロシアのプーチン大統領と中国のシー・チンピン(習近平)主席は
(52年と53年生まれで、共に今61歳)、うまが合いそうだが、
プーチンは2018年に再選され、2024年までいそうだし(任期6年2期)、
シー・チンピンは2022年までは主席をつとめ(2期10年)、その後も影響力を行使しそうだ。
プーチン・シーチンピン連携の先は長い。


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ルーキン教授の第3次世界大戦のシナリオは、以下のように展開する。


2030年に台湾との併合に成功した中国も、
この頃には経済的に大きくなってきたインドの影が気になってくる。
この頃、すでに人口でも、人口の若さでも、中国はインドに抜かれている。

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ちょうど第1次大戦前、ドイツがロシアの影におびえたように、
中国軍部は、インドに対して先に叩く作戦を練るようになる。
以前はインドは黙っていたチベットの問題に対し、国境問題も
絡めて、中国に物言うようにもなる。
中国軍部は先にインドを叩く行動に出る。


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2035年、中国がインドに対し手を出したことは、日本との戦いも
意味することになる。
その4年前の2031年に、中国の脅威に対し、
「日印防衛同盟条約」を結んでいたからだ。
日本とインドは、モディ新首相の初訪日の2014年頃から
経済協力中心に連携を強め始めていた。

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日本との戦いが始まると、強力になった中国海軍は、ただちに
尖閣諸島を押さえ、沖縄も獲得に動く。
先の第2次世界大戦で米軍に襲われた沖縄は、不幸にも、
今度は中国軍の標的にされる。


中国軍攻勢の背景には、アメリカ軍の極東からの引き上げがあった。
開戦の3年前の2032年には、日印防衛同盟への期待と、
日本もすでに核保有していたので、十分中国に対抗できるだろうとの思惑から、
在日アメリカ軍は引き上げていたので、中国の動きは速かった。
中国はまた、アメリカはすでに‘モンロー主義’(孤立主義)に入ったとみなしたのだ。


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しかし、これは中国の“読み違い”であった。
しばしの躊躇の後、アメリカは参戦してくる。
第1次大戦でドイツが、仏露と戦っても英国は入ってこないだろうと
見誤ったのに似ている。
アメリカの参戦は、オーストラリア、フィリピンの参戦、そして
NATOメンバーのカナダ、英国の参戦へとつながり、戦争は世界へ拡大する。


中国側はどうなったか?
戦争の起る10年前の2025年には、中国、ロシアをはじめとする
ユーラシア8カ国が、「ユーラシア協定」を結んでいた。
中国、ロシア以外は、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、
ツルクメニスタン、それにパキスタンである。
その後、モンゴルも無理無理引き入れられた。


ロシアの後ろ盾が、中国を強気にさせ、戦争へ踏み切る理由となった。
北方側は心配することなく、石油・ガスはじめ資源は入ってくる。
ロシアはまた、武器も提供し、少しだが、地上部隊と、戦闘機のパイロットも
派遣した。


しかし、ロシアは、中国のアジアでの戦闘に直接は入ってこなかった。
20年前に起こり、その後ロシアの影響力が高まったウクライナが
再びくすぶっており、EUやNATOのウクライナ東部・南部奪回攻勢の
対応に追われていたからだ。


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第3次世界大戦のかたちはどうなるだろうか?
前2つの大戦との違いは、核兵器が双方にとって大きな脅威に
なっていることである。

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核兵器の引き金が引かれれば、大量殺戮につながる。
双方とも使用には慎重だ。最終兵器であり続ける。
核兵器が使われるのは、自らの国土や主要都市が攻め込まれたときだ。
従って、第3次の世界戦争は、第2次大戦と違い、
相手の国の心臓部である主要都市への攻め合いとはならないだろう。


海や島など周辺部での戦闘が多く展開されるだろう。
前大戦のような、資源・人命の大量消費型の戦争とは様相を違えるかもしれない。

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18世紀はじめに欧州諸国を巻き込み14年続いた「スペイン継承戦争」や、
18世紀なかばの同じく欧州諸国が参戦した「7年戦争」のように、
周辺各地で戦闘が繰り広げられる形となるかもしれない。

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第3次大戦中も、韓国やシンガポール、トルコを通じての
交易も続き、経済封鎖も弱い。
ということは、戦争は長引くかもしれない。
30年、40年戦争もありうるだろう。


もっとも戦争はいったん起ればどうなるかわからない。
当事国が必ずしも落とし所を想定し、それに向けて注力するわけではないからだ。
前大戦のような大量の血を見るような悲惨な状況にはならないとは言えない・・・
と、教授は結んでいる。


(後編終わり)
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by ucci-h | 2014-09-03 23:38 | 中国・韓国そしてインド | Comments(0)
インドの総選挙(その4) インドの経済構造の問題点
表面的な経済数字は、
その国の経済状態の推移を示しているわけだが、
同時にその底に横たわる経済構造の問題の表層部でもある。

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インド経済は、ここにきて少し改善の気配を見せてはいるが、
その経済構造(たとえば、資本の自由化、流通業の自由化、
補助金財政からの脱却、製造業の育成など)は、
アセアン主要国など他のアジア諸国と比べても遅れている。
4回目の今回は、インドの経済構造の問題を覗いてみよう。

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インドの経済構造の特徴は、タイなどと違って、
製造業がなお薄弱なことであろう。
インドのGDPのほぼ半分はサービス分野だが、
製造業は28%と、89年当時の25%からあまり伸びていない。


製造業の雇用も、過去数年でむしろ縮小し、
毎年労働市場に入ってくる1,200万人の受け皿としても
あまり機能していないようだ
(現在は製造業の省力化が進んでいるせいもあろう)。


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インドの経済発展は、日本などと違って、面白い
経緯をたどってやってきた。


日本なら、軽工業から重工業へ、そしてサービス業の
裾野が広がってきた。
インドは、設備投資をする資本力が乏しかったこともあり、
コンピューター・ソフトの開発やアウトソーシングなど
資本のかからないサービス業をまず発展させた。

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例えば、鉄鋼会社⇒コンピュータ・ソフトが日本などの形とすれば、
インドは、コンピュータ・ソフト開発会社⇒鉄鋼業へと逆の形でやってきた。


どちらでもいいように見えるが、
インドの場合は、製造業の広がりに遅れをとったままでここまで来てしまった。
製造業の裾野が広がり、技術開発が進み、部品製造業まで分化していかないと、
国際貿易で、原油を買う金をなかなか賄えない。


インドの主要輸出品はなお、
西欧向けの宝飾品、衣料品、工芸品などの
手工業製品の域を出ていない。



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インドの主要輸出品は何か?
JETROの輸出入統計を見ると、3大輸出品は、①原油・石油製品、
②宝石・宝飾品、③農水産品となる。
3品目で、全輸出の半分近くの47.4%を占めている(2012年)。


インドは、原油消費の8割を輸入に頼り、
原油・石油製品が総輸入金額の3分の一以上を占める
原油輸入依存国である。


原油輸入国なのに、原油・石油製品が輸出のトップというのは
おかしく見えるが、原油・石油製品輸入(全輸入の35%を占めトップ)の
3分の一弱を加工再輸出しているという形だ。


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宝石・宝飾品が輸出第2位にあるのも、原油・石油製品に似ている。
インドは、世界トップ級の金の輸入国だ。
インフレ対策としての金の需要は歴史的に高い。
真珠・貴石と合わせると、金・宝石は輸入全体の16%ほどになる。

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宝石・宝飾品の輸出額427億ドルは、
金や真珠の輸入額756億ドルの半分強になる。
宝石・宝飾品類もネットでは輸入品が上回る。


こう見てみると、実質的なトップの輸出品は
農水産物(シェア14.3%、2012年)となろう。
工業製品ではない。

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インドはなお綿花やコメを主力輸出農産物とする
農業品輸出国である。
工業製品輸出は、「輸送用機器」、「機械」、「医薬品」、「既製服」が
トップ品目となるが、4品目合計の輸出品シェアはなお21%に過ぎない。


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工業化の遅れた国インドは、輸出入バランスの均衡化のため、
また国内雇用の拡大のためにも、工業化が大きな目標である。
そしてそのための資本は、外国に仰ぎたい。
従って、FDI(外国からの直接投資)が一番重要になる。


しかし、これが進まないところに今日のインドのジレンマがある。
インドへのFDIは、2011~12年度の466億ドルから、
2012~13年度には、369億ドルに下落してしまった。

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この2012年度は、インドが歴史上初めて、資本流入よりも資本流出がまさる
「資本輸出超過」の年になってしまった。
国内への外国資本投資が進まない一方で、
海外へ出て行くインド資本は増えたからである。


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インドへの外国資本投資が進まないのには、政治の責任が大きい。

一般的な役所のレッドテープ(許認可の遅れ)だけでなく、
インドに根付いている反進歩主義的な面も見逃せない。


インドは鉱物資源に富むが、
たとえば昨2013年8月、
東部オリッサ州でボーキサイト鉱石の開発に乗り出した
英国のベダンタ・リソースィズ社は、開発を断念した。

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‘聖なる丘’を掘ることに地元民が反対し、
地元の議会は禁止し、中央政府の環境大臣も許可を
出さなかったためだ。


同月には、その前に、
ルクセンブルグに籍を置く鉄鋼世界最大手のアルセロール・ミッタルが
オリッサでの120億ドルの鉄鋼プラントの建設をキャンセルしたし、
韓国のポスコも、バンガロールのあるカルナタカ州での53億ドルの
鉄鋼プラント建設をあきらめた。

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いずれも、主に、土地収用を巡る反対からだと言われる。
インドの土地収用法は、120年前のものがなお変えられていない。
世界的に供給過多気味の世界の鉄鋼業としては、
人口が多く、これから経済が伸びるインドは格好の立地のはずだが、
経済合理性だけでは、まだ進まないようだ。


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外国資本の投資が進まないのは、製造業だけではない。

流通業では、米国のウォルマートが、インド政府の流通業開放に
乗って、地元企業と組み1億ドル投入したが、
政府の流通業開放政策が進まず、
地元企業は、獲得した立地のうち17箇所を元のオーナーに返した。

 「挫折したインドの外資スーパー・チェーンの導入 2011-12-11」
  http://uccih.exblog.jp/15093829/

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保険業では、外国資本の割合の制限を26%から49%に広げる
という方向が進まず、インドでオンライン保険会社を立ち上げていた
米国のバークシャー・ハサウェイ(ウォーレン・バフェットの投資会社だが、
傘下に保険会社を持つ)は、これをクローズすることにした。


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それでも、インドへの外国資本投資は、1990年代には進んだのだから、
ここ何年かの停滞の政治の責任は、やはり大きいのだろう。


次回最終回その5では、
今回の総選挙に際しての、国民会議派とBJP(インド人民党)の
政策、主に経済政策の違いを見て、選挙後のインド経済を
展望しておこう。
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by ucci-h | 2014-05-12 01:49 | 中国・韓国そしてインド | Comments(0)
伸び悩み、落ち込む成長国インドの自動車販売
世界の2012年の自動車(乗用車+商業車)生産を振り返ると(OICAの統計)、
タイの+70%(248万台)、インドネシアの+27%(107万台)、
アメリカの+19%(1033万台)日本の+18%(994万台)などを見ると、
世界景気が悪かった年にもかかわらず、世界の自動車生産は
かなり伸びたように見える。

しかし、タイや日本は特殊要因で伸びた面が大きく、
世界全体での伸び率は、これを入れても+5.3%(8414万台)である。
マイナスの国も、欧州、南米中心に多かった。
韓国は-2.1%(456万台)、中国は+4.6%(1927万台)だった。
そして、伸びていいはずのインドは+5.5%(415万台)と
世界平均程度に過ぎなかった。

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世界の自動車メーカーが進出し、人口12億人をかかえ、二桁の高い伸びが
数年前まであったインド自動車市場。
「マルチ・スズキ」(2011年112万台生産)筆頭に、ヒュンダイ62万台、
タタ38万台、マヒンドラ・マヒンドラ20万台と競っている。

インドの自動車販売の伸び悩みは、インド経済自体の停滞、高い金利、
燃料費のアップによりもたらされている(背景にまずい経済政策もあろう)。
インドの自動車市場は、購買力の低さから、タタ自動車の超低価格車「ナノ」
(15万ルピー、約26万円)に見られるように、小型乗用車が中心だが、
これが伸び悩んでいる。

2012年度(2012年4月~2013年3月)の乗用車だけの販売で見ると、
直近の「SIAM」(インド自動車製造業協会)の数字によると、
前年度は190万台と、2011年度の203万台から、6.7%も下落した。
この3月だけ見ると、前年比マイナス23%の惨状である。

大きな価格割引をしても、街のショーウインドウには
売れない車が残っていて、工場の設備過剰はいっそう拡大していると
いわれる。

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タタ・モーターのナノ生産のグジャラート工場(年産能力25万台)では、
2013年3月は、わずか1,282台の生産と、稼働率たったの6%という
惨状だった。

ナノは、インドのコングロマリットでもあるタタ・グループが
「バイクに乗るインド人に国民車を!」と2009年7月から発売して
3年8ヶ月経つが、累計販売台数は23万台弱にとどまっている。

価格は14万~20万ルピー(24万~34万円)とバイク保有層を対象にした
ものだが、パワステもなく、使い心地は悪いようだ。
バイク保有層は、中途半端なナノに傾かず、むしろ自動車保有層が
家族向けのセカンド・カーとして買っていると言う。

タタ自動車のセダン(インディゴなど)も昨年度は63%も販売が落ち込み、
ユティリティー車(ゼノンなど)も大きく落ち込んでおり、全体に車の質が
落ちるようだ。わずかに、2009年に買収したジャグアー、ランドローバー
といった英国高級車の伸びで、利益の落ち込みを小さくしている。
タタは、ナノの大幅見直しに迫られている。

 「肥大化したタタ・グループの今後の道 2011-6-16」
  http://uccih.exblog.jp/13801738/

インドの乗用車生産能力は現在490万台ほどだ。
しかし実際の生産は200万台弱。
稼働率は半分にも行っていないことになる。
大きな過剰能力だ。

乗用車に入らず、商業車にカテゴライズされるが、
ディーゼル燃費の安いSUV(スポーツ・ユティリティー車)は増え、
マヒンドラ・マヒンドラ社の売り上げ増に貢献している。
しかし、最近の税率引き上げで勢いが削がれるかもしれない。

いずれにせよ、インドの乗用車販売の伸び悩み、落ち込みは、
インド経済不振の縮図である。
タイのように、ひとつ税金を思い切り免除して売上増を図るか?

大国インドは、経済停滞からなかなか抜け出せずにいる。
誰だ、BRICSの一国とか言って、脈絡もない4カ国の一カ国として
持ち上げたのは?
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by ucci-h | 2013-04-23 13:45 | 中国・韓国そしてインド | Comments(0)
今年も‘途上国の薬局’インドで、医薬品特許否決される!
“開発途上国向けの薬局”インド(インドはゾロ薬の製造で年間
260億ドルと世界一)と、先進国の大手薬品メーカーの
薬に関する特許と、ゾロ薬(ジェネリック医薬品)製造を巡る
戦いは続いているが、昨年に続き、今年もまた大きな進展があった。

1年ほど前のインド特許庁による「強制ライセンス供与」
命令に続き、2013年4月1日には、インドの最高裁で、
‘エバーグリーン特許’に対する否定判決が出された。
 「特許で守られている薬の製造にインドで画期的な決定が出た 2012-4-27」
   http://uccih.exblog.jp/15783024/

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1年前は、独バイエル社の腎臓ガン・肝臓ガンの治療薬「ネクサバール」の
特許保護申請に対して、特許庁は、インドのゾロ薬メーカー、ナトコ社に対し、
7%のロイヤルティーを払う代わりに、月5600ドルほどかかるガン治療薬を
ゾロ薬として30分の一の月175ドルで製造・提供することを許可した。
公共的ニーズが優先され、強制ライセンスが実施されるケースとなった。
アジア、アフリカの途上国のガン患者は安心したという。

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そして、今回は、ノバルティス社(スイス)の何度も却下されてきた
白血病薬「グリーベック」の特許獲得の闘いだった。
4月1日インドの最高裁は、顕著な薬効の増進は見られないと言う理由で、
このエバーグリーン・パテント獲得を否定した。
ノバルティスは、「この薬は、体内への吸収度が著しく向上している」と言ったが、
受け入れられなかった。

しかし、これで医薬品メーカーの特許保護の闘いは終わったわけではない。
現在、HIV患者の治療にもっとも求められている抗レトロウイルス薬(ARV)に
ついても、その有効性をベースに特許の保護を求めてくるだろう。
現在インドがARVのジェネリック薬の90%を製造していると言われるが、
顕著な薬効の増進は見られないと言う理由で退けられるだろうか?

この医薬品のパテント保護の動きは、各国のFTA(自由貿易協定)締結の
中での「TRIPS」(知的所有権の貿易取引に関する側面)協定の中で
顔を出してくる。インドもじきにEUとFTAを締結する予定だ。
インドは、公共的ニーズを優先するということで、TRIPSの柔軟適用を
求めていくだろう。
アメリカが中心進めている「TPP」協定の中でも出てくるだろう。

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先進国の医薬品メーカーが、スイスのロッシュ社のガン治療薬のように、
通常の価格とは別の、途上国向けに廉価版ブランドを出していくといった
‘ブランド戦略’を広げることはできないだろうか。
それでも、ジェネリック医薬品でなければ、10分の一以下の価格で
販売することは難しいだろう。
もっとも、利益率の高い医薬品メーカーが、‘エバーグリーン特許’が否定
されたため、利益が落ち込み、新薬の開発投資がままならなくなったという
話は聞いていないが・・。

やはりジェネリック医薬品は、購買力の低い途上国の患者の
‘命綱’であり続けるのだろうか。
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by ucci-h | 2013-04-04 19:33 | 中国・韓国そしてインド | Comments(3)
インドの国民会議派マハトマ・ガンジーの出身州でも敗退
大国インドの西北湾岸に、35の州・直轄領のひとつ、グジャラート州がある。
日本の半分くらいの大きさの土地に、日本の人口の半分ほどの5100万人が住む。

マハトマ・ガンジーの出身地であり、綿工業の発達した土地だ
(国民会議派のガンディーとマハトマとは血縁なし)。
ここ10年、経済は発展している。
中心都市アーメダバードは、近郊も含め540万人を抱え、
インドで7番目の都市圏である。

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このグジャラート州で、2012年12月13日と20日の2回に分けて、
州議会選挙が行なわれた。

ここは、1998年以降、連邦議会で、与党国民会議派(ガンディー派)に
対する反対党でヒンドゥー至上主義の
BJP(バラティヤ・ジャナタ党、インド人民党)の基盤。
10年以上州知事を務めてきているナレンドラ・モディ(62歳)は、
2014年に予想される連邦議会選挙で、ラフル・ガンディー(41歳)に対する
有力な対抗馬と目されている。

ガンディー自身、州選挙に乗り込んできて、モディのやり方を
自己中心と強く非難したが、
投票結果は、BJPが、前回の117議席から122議席に伸ばし、
国民会議派を62議席から56議席に減らし、さらに勢いをつける結果となった。
経済発展の実績が効いているのか。

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インドでは、与党国民会議派の人気が、失政や汚職の頻発で落ちている。
今年3月の最大州ウッター・プラデッシュ州(2億人)の州選挙でも4位に甘んじている。
ガンディー国民会議派は、貧困州でも、比較的豊かな州でも敗れたことになる。

 「インド最大州の選挙でガンディー王朝昇れず 2012-3-8」
  http://uccih.exblog.jp/15541520/

グジャラート州は、パキスタンに近いので、イスラム教徒も人口の2割を抱える。
2002年、ヒンドゥー教徒によるイスラム教徒襲撃事件があり、1500~2000人の
イスラム教徒が殺されたと言う。
ナレンドラ・モディは、ヒンドゥー至上主義の党首であり、
襲撃を黙認したと非難されたが、地域経済の発展もあり、
今回も地力を発揮した形になった。

もっとも、これで2014年の連邦選挙で、モディ率いるBJPが優位に立ったかというと、
まだ先のことだし、広いインドのことでもあり、そうは見られなそうだ。

マンモハーン・シン首相率いる国民会議派は、いま連邦議会で、
開放経済を推し進め、失速した経済を立て直そうと懸命だが、
9月の鉱工業生産は昨年を下回り、10月の貿易赤字は輸出が落ち込み、
史上最大の赤字幅となっている。

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インドの先行きは予断を許さないが、ガンディー・ダイナスティーの
人気(特にラフル・ガンディーへの人気)にかげりが出ていることは間違いないだろう。

といって、ヒンドゥー主義のBJPも孤立色が強く、連邦議会で、1998~2004年のように、
連立政権を立てられるかどうかはなお疑問視されている。

もっとも巨象インドの経済発展を願うなら、実績で見て、
旧態依然たる国民会議派より、インド人民党のほうが
期待できるのかもしれない。
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by ucci-h | 2012-12-27 11:27 | 中国・韓国そしてインド | Comments(0)
インドとの関係を固めた後で南シナ海をめざす中国
インドと中国がヒマラヤの国境線をめぐり戦争して(1962年)から、
ちょうど半世紀たった。
人口超大国の両国は、たびたび対立関係に立つ。

中国は、インド洋に面するミャンマー、スリランカ、パキスタン、
モルディブ4カ国への投資を強め、インドを囲む形を作っている。

しかし、一方で両国の経済関係は、ここ10年急速に拡大し、
2002年に50億ドルだった両国間の貿易額は、2011年には、
750億ドルまで拡大。9年間で15倍となっている。
中国からの出超だが、インドにとっていまや中国は最大の貿易
パートナーとなっている。

 「インドのインフラ建設を仕切る中国の技術者たち 2012-2-8」
  http://uccih.exblog.jp/15399189/

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そのインドに、2012年9月2日から3日間、中国のリャン・ガンリー(梁光烈)
国防大臣が、国防大臣としては8年ぶりにインドを訪れ、
インドのアントニー国防大臣などと会談した。

アフガニスタンやパキスタンの今後への対応を話すと同時に、
2010年以降途絶えている中印軍事合同演習の再開を目しての
会合だったと言われる。

中国は、今後西太平洋上で米国と対峙し、また
南シナ海でフィリピン、ベトナムなどと領土争いをしている。
そこで、まずは後背地インドとの関係を固めておきたいということになる。

インドは、ベトナムと南シナ海で石油掘削の合弁事業を行なおうとしているが、
中国は、不法であると釘を刺したようだ。

インドも、経済の立ち遅れを挽回するために中国の力は必要だし、
仇敵パキスタンに対しても、中国と組むことでにらみをきかしたい。

中国は、すでにタイ、カンボジア、ラオス、ミャンマーといったインドシナ半島は、
経済援助で中国の傘の下に入れたと自信を持っているようだ。
南と西を固めて、東の南シナ海での勢力圏確立に努めていくだろう。
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by ucci-h | 2012-09-16 10:33 | 中国・韓国そしてインド | Comments(2)
仏教はなぜ育まれた地インドで広まらなかったのか?
インドの友人とのやり取り、第3回目の最終回は、
インドでなぜ、仏教が広まらなかったのか、という質問です。

私の質問:

仏教はインドで育まれ、タイの上座部仏教も、セイロンを経て
伝わってきています。
しかし、インドはヒンドゥー教で、釈迦はヒンドゥーの神々の
一部のような扱いですね。

言い方は変ですが、仏教のように、寛容で余裕の見られる宗教に
行けるほど、インドの人々は貧しく、余裕がなかった?
ヒンドゥーの戒律で縛られる方が楽だった?
・・・というのは、見当はずれでしょうか?

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Sさんの答え:

インドでは、インスラムの攻撃を受け、何故仏教が滅び、ヒンズ―教が栄えたか?

偶像崇拝を禁止するイスラム教がインドを侵略し、多くの破壊活動を繰り返した。
特に、インスラムの攻撃が激しかったインドの地では、仏教の寺院の破壊や僧侶殺害が
厳しかった為に、仏教徒は、東インド、スリランカ、ミャンマー、タイ、ネパール、
ブータン、中国、朝鮮、日本、台湾で生き延びたとされます。

そのように激しいイスラム教の攻撃は、北・中インドでは徹底されて、政治支配もされたが、
南インド迄は、激しい攻撃は及ばず、ヒンズー教を信ずる勢力は、抹殺されなかった。
北インドでは、仏教は、新興宗教とみなされ、大半を占める保守層からは、
より古くからあるヒンズ―教への信仰へ傾斜されて、生活の中に、ヒンズー教が
浸みついて来た。

ヒンズー教の方も実に寛容で、ヒンズー教が来る前の、土着の神様も、
「実は、ヒンズー教の神様の化身だ」と諭して、布教活動して来たため、
ヒンズー教の基盤が強くなっていった。
お釈迦様ですらも、ヒンズー教の世界では、ビシュヌ神の第九の化身として、
ヒンズー教の神様となって居る。
 
企業で言えば、M&A(吸収合併)の手法で、
連結経営を推進して成功しているグループのようなしたたかさがみられる。 
そのようなしたたかさを備えていたので、イスラームの
攻撃の前にも、面従腹背しながら、信仰して来たと考えられます。

以上、まだまだ、勉強不足ですのが、恐れ多いのですが、勉強中の者としての、
取り敢えずの拙速回答とさせて頂き、次の再会の酒の肴のお楽しみとさせて
頂きます。

私の感想:

仏教は哲学的な生き方を示す信仰なので、
イスラム勢力から徹底的にたたかれたようですね。
偶像破壊というなら、ヒンドゥーの偶像も同じでしょうが、
ヒンドゥー教には土着宗教の幅広いしたたかさがあったのですか。

もしインドもイスラム教国になっていたら歴史はどうなったのでしょう?
パキスタンでとどまりましたがね・・・。
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by ucci-h | 2012-09-02 13:18 | 中国・韓国そしてインド | Comments(4)
インドへ来たアーリア人はなぜカースト制度を作ったのか?
インドに居る友人と交わしたインドに関する3つの疑問とその回答の
第1回目は、インドへ来たアーリア民族とインドでカースト制度ができたことの
因果関係についての質問です。

 「不思議な国インドの文化・歴史に関する3つの質問 2012-8-29」
  http://uccih.exblog.jp/16711276/

私からの質問:

北のインド人はアーリア系ですね。
チェンマイでも、西洋風の風貌のインド系のタイ人を割りに目にします。
アーリアと言うと、ドイツの民族浄化思想と言う偏った面しか思い出しませんが、
このアーリア系の文化とインドのカースト制度はどうつながったのでしょうね?

ゲルマン文化圏にも、私が知らないだけで、こういったカースト思想はあるのでしょうか?
ジプシーはおりますがね。それとも、インドのカーストの発祥は、
アーリアとは無関係で、インドで独自に生まれたものなのでしょうか?
分かったら教えてください。

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Sさんの答え:

同じアーリア人でも、移住先での環境・民族・文化・宗教に遭遇し、
それぞれの地での適合方法が、自然に、異なったようです。
人間は、社会的動物なので、進出先での文化や人間とどう対応するかによって
異なるようです。

インド、イラン、ドイツ、ギリシャ、ローマ、北欧へ移住していったアーリア人には、
インド・ヨーロッパ語族共通時代に由来する古代アーリア人としての豊かな口承伝説が、
共通してあります。

それでは、インドに行ったアーリア人は、何故、カースト制度を作り、
イラン、ドイツ、ギリシャ、ローマ、北欧ではそのようなものを作らなかったか。
移住先での抵抗勢力の存在の程度や、その環境・民族・文化・宗教に
遭遇し、影響により、対応が違っていったようです。

インドへ行ったアーリア人は、強力な抵抗勢力としてドラビダ人の存在があり、
硬軟両様の対応を迫まられた。
元々、世界4大文明の発祥の地、北インドには、インダス文明があり、
モヘンジョダロ遺跡は、ドラビダ人によって、作られていた。
インド・アーリア人は、そういう実力のあるドラビダ人への対応に頭を使った。

一つは、同化政策として、婚姻政策で取り込む手法と、もうひとつは、バラモン、
クシャトリア、バイシャ、スードラといったものを、武力・権力・財力をかざして、
身分差を固定化することで、秩序ある社会的な安定制度で統治する手法を
取ったようです。
丁度、徳川幕府安定の為に、既得権の武士の身分による地位保障を担保する為に、
士農工商を押しつけたような感じでしょうか。

一方、イランに定住した、アーリア人も、古いインド・ヨーロッパ語族共通時代に
由来する豊かな口承伝説を伝えていた。
それは、「太陽や天空を神々と捉え、火の崇拝などの儀式を行う」といった宗教思想で、
イランに定住したアーリア人と、他のギリシャ、ローマ、北欧へ行ったグループと
共通する宗教を持っていたと考えられています。

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又、インドへ行ったアーリア人の作った『リグ・ヴェーダ』に残された
古インド神話とも共通点が多いとされ、
ダエーワ(デーヴァ)やアフラ(アスラ)など神名、神格にも共通点が多くみられる。

イラン・アーリア人は、インド・アーリア人が直面したようなドラビダ人という
獅子身中の虫のような生存に脅かされる不安定な強力な勢力が存在していなかったので、
カースト制度のように抑圧的社会制度が、特に求められなかったと考えられます。

イラン・アーリア人の神話は、後にゾロアスター教の聖典『アヴェスター』、
特に神々への讃歌である『ヤシュト』として保存され、
この古代アーリア人の宗教、話をベースにしながら、
ゾロアスター教として、より高等に宗教化したものと考えられている。
それはより広範囲の、民族や文化の壁を越えて信仰されていった。

ギリシャ、ローマ、北欧へ行ったグループは、その後のキリスト教の台頭により、
改宗していったようです。
宗教は、政治勢力の一面もあり、その場所に定住した人達が、適者生存するために、
ダイナミックに変化していく面もあるようです。
 
日本では、元々、八尾万の神がいて、神道中心だったわけですが、
保守勢力の物部守屋と新興宗教・仏教を信仰する蘇我一族・聖徳太子の勢力が、
八尾一帯で、宗教戦争がありましたが、
結局、七五三は神道で、お葬式は仏式(92%)でというように、
「和を以て、貴しとなす」という国民性もあるのでしょうが、神仏を同時に信じている
ような社会もあります。

イラン地域はその後、アラブからのイスラーム勢力の侵入を受け、
政治的に、ゾロアスター教は、排斥され、徐々にイスラム化されていった。
その後、ゾロアスター教徒たちは迫害されながらも、一時は、近世のサファヴィー朝に
なり自由を与えられたが、徐々に、滅びて行き、インド等に移住していった。

因みに、インドのタタ財閥も、ソロアスター教徒で、イランからの帰化人とされています。

私の感想:

アーリア民族と言っても、歴史の移住の中で、
その土地の文化、状況に対応して行ったようですね。
インド・アーリア人とイラン・アーリア人の対比はなるほどと思われました。

紀元前15世紀ごろ、北方からアーリア人がやってきて土着のドラビダ人と
接触したとき、双方の宗教はどうだったのでしょうね?
紀元前のことだから、両者ともゾロアスター教以前の自然崇拝だったので、
宗教的対立はなかったのでしょうかね
(ドラビダ人からは韋駄天の神が生まれ、アーリア人からはバラモン教が
生まれたと言われますが・・・)。

次回は、その2、インドに南北民族戦争はなかったのか、です。
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by ucci-h | 2012-08-30 20:19 | 中国・韓国そしてインド | Comments(2)
不思議な国インドの歴史・文化に関する3つの疑問
インドは、日本の10倍近くの12億の人口を抱え、中国に次ぐ大国だが、
経済の発展は、政治力の不足からなお思わしくない。

先のオリンピックでもインドは、中国がアメリカに次ぎ金メダル38個、
金銀銅で88個を獲得したのに対して、金ゼロ、銀銅で6個と
人口の割りに乏しい結果だった。

1928年から1956年までオリンピックで連続して6つの金メダルを
手にしたかつてのお家芸ホッケーにおいても、今年のロンドン・オリンピックでは
6戦全敗、参加12か国中最下位に甘んじた。

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インドは不思議な国である。
友人がしばらく前からインドに滞在しているので、彼とのやり取りの中で、
インドの文化・歴史に関する3つの疑問を呈してみた。

1.アーリア系の人々が作った国なのに、なぜカースト制度が残っているのか?
アーリアの文化とカーストは関係ないのか?

2.南のスリランカでは、北インドから来た連中と南インドから来た連中が
なお争っているが、インド亜大陸では、南北抗争は見られないのか?

3.仏教の足跡が多い国なのに、なぜ仏教が広まらず、ヒンドゥー教に
呑まれてしまったのか?

私の質問に対して、インドに滞在中の友人Sさんが、
いろいろ本を読んだり、足を運んで調べたり、インテリに聴取したりして、
調べてくれました。
次回から3回にわたって、彼からのとりあえずの返答を載せてみます。

“正答”というものはないのでしょうが、
インドの歴史・文化への洞察がうかがわれるので、引用させてもらうことに
しました。
お楽しみに。
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by ucci-h | 2012-08-29 12:02 | 中国・韓国そしてインド | Comments(2)
タイを尻目にベトナムとコメ輸出世界一の座を競うインド
タイの今年のコメ輸出は、政府の世界の動向を見ない
手前勝手な高価格政策により、価格競争力を失い、
昨年の1,060万トンから、650万トンほどへ4割方落ち込み、
過去30年続けてきた世界一の座を降りると予想されている。

これに代わり、ベトナムが、輸出高700万トンで、
コメ輸出世界トップに躍り出てくると予想されているが、
ここにきて、“ワイルド・カード”インドが、ベトナムと首位を
競うと見られてきた。

インドは、コメの自給を国策として進めてきたが、
なかなか達成できなかったが、それでも、昨年度
(2010年9月~2011年8月)は、280万トンのコメを
輸出することが出来た。

そして今年度は、好天と、政府の価格奨励策に後押しされ、
中国に次ぐ世界第2位の生産量は、7.7%増の1億300万トンに
達し、輸出量は、700万トンに達すると予想される。
ベトナムと輸出の首位を競う量だ。

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コメは、ここ8年近く世界の生産は順調に伸びている一方で、
需要はそれほど伸びていない。世界のコメ市況は
大きな不作地域でも出てこないとなかなか高騰しない状況だ。
米国農務省によれば、今年の世界全体のコメ輸出量は3,390万トン。
インド、ベトナムともに21%ずつのシェアを占めることになりそうだ。

世界のコメの生産規模は、大きい。
今年は、籾量にして1.7%増の7億3,200万トンになろうと
FAO(国連食糧農業機構)は予想している。
精米の量はこれの3分の2だから、4億8,800万トンの生産見込み。
世界の需要4億7,700万トンを1,100万トンほど上回りそうだ。
世界のコメ輸出量総量は、世界の生産量の7%を占めるに過ぎない。
世界の1年分のコメ輸出量の3分の一ほどが、在庫に加わるわけだ。

インドの来年度のコメ生産見通しは良好で、
さらなる増産が見込めそうだという。
なかなか世界のコメ市況は上がりそうになく、コメ価格は安定が世界の
状況だ。
コメの高価格を目指したタイ政府のコメ政策「コメ抵当スキーム」は
宙に浮いて、その後どうなるのだろうか?

タイの政府コメ在庫は1200万トンに達する見通しだが、
キティラット副首相は、「こんな相場が安いときに、在庫が貯まったから
といって放出しない。タイのコメは良質だからもっと高い値段で
売れるのだ」と、強気を崩していない。
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by ucci-h | 2012-05-16 10:47 | 一次産品の市況 | Comments(0)
  

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
by バンディ
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