日傘とメダカと自転車
以前チェンマイに住み、親しく家族づきあいを
させていただいたMさんの奥さんが日本で亡くなって
6か月ほど経ったことが判った。

骨身が削られるほどさみしいことだ。
残された旦那さんに電話して、今年の4月25日に
亡くなられたことが判った。

ことし4月上旬、琵琶湖方面に旅行に行ったとき
メールを打ったが、その時はもう意識が薄かったそうだ。
去年の10月、誕生日が一緒なので、「来年、元気で
誕生日を祝いあいましょうね」ともらったメールが最後になってしまった。

いろいろな所へご一緒に旅行したが、
2014年2月のコンケーンからビエンチャンへの
ドライブ旅行がこちらでの最後になってしまった。
旅行の最後の夜、はじめて体調不良を訴えられ、
その年の4月に日本に帰られた。
病気にならなければ、もっとお付き合いできたのに・・・。

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家内がもらった花模様のピンクの日傘、
我が家の水槽に移し替えたメダカ、
安く譲っていただいた自転車が、
彼女がチェンマイに居た我が家の思い出の品となった。

かつて、京都でお会いした時、
地下鉄の駅にまるで絵から出てきたようにさっそうと現れた
“京美人”の彼女の美しさが目に焼き付いている。
昨年春、大津のお宅にお邪魔した時は、
無理に病院から出てきてくれました。

昨年は自分の仕事の兄貴分だったM(i)さんが亡くなり、
そして今年はこちらで一番親しくしていただいたM(a)さん,
近しい人が、それも比較的年若く逝かれるのは、
なんともつらいことだ。
ただただご冥福を。





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# by ucci-h | 2018-10-22 16:21 | アジア的な生活 | Comments(1)
タイのブランディー「メリディアン」はすっきりうまい
タイのお酒はいろいろある。

ラム酒「センソム」(SangSom)は人気があるし、
日本への土産にも喜ばれる。
サトウキビから作ったラム酒である。
値段もリーズナブルだ。

先日のポリスのパーティーで出ていたブランディー「メリディアン」が
美味しかった。うっすらした香りとくせのない味がいい。
たくさん飲んでも頭に残らない。

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値段は高めだが、4年物のブランディーとしては高くない。
パイナップルが原料になっているようだ。
近くのロータスでひと瓶買って、ロックソーダで割って飲んだが
うまい。南国の気候に合う。

これからは、焼酎やウイスキーより、この
メリディアンを我が家の蒸留酒の中心に置こう。


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# by ucci-h | 2018-10-19 16:41 | タイでの食 | Comments(0)
戦国時代の女子テニス ーオヴァで終わる名前の選手の多いこと
大坂なおみ選手の活躍もあって、
最近の女子テニス(WTA)は面白い。



日本では放映されない9月末の武漢(ウハン)大会は、
プレミア5(優勝者には900ポイントが与えられる。
4大大会2000ポイントと4つのプレミアマンデトリー1000ポイントに
次ぐ5つの大会)なので、女子のトップ選手が出場する。
若い女子選手の健康的な肉体の躍動は、見ていても楽しい。

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大坂選手は不調で欠場だが、トップ15のうち、参加全14選手が
ベスト8を前に全員敗退という戦国時代の様相だ。



女子のランキングを見ると、
-ovaで終わる名前の選手が多く、紛らわしい。
ロシアのシャラポワが有名だが、
ランキング・トップ50のうち、-ovaの名前の選手が
11人もいる(22%)。5人に一人が-ovaだ。


姓だから男女に関係ないはずだが、女子に多い。
国別にみると、当然ロシア、東欧系の選手が多いわけだが、
トップ80位まで広げると(14人)、
チェコがランク4位のクビトバ、7位のプリスコバ、25位のストリコバなど5人、
スロバキア(93年チェコより分離)が、29位のチブルコバ、35位のリバリコバなど4人、
ロシアが現在24位のシャラポワ、34位のパブリチェンコバなど3人、
ラトビアが18位のセバストーバ1人、オーストラリアから33位のガブリローバ1人となる。


なお、ロシア、東欧系の言語のVの発音は濁るはずだから、
すべて-オバが原語に近い。
なぜかシャラポバは、濁らないで(まるでタイ語のVのように)日本語表記されている。
これは、英語からか?モスクワはマスクバではない。



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# by ucci-h | 2018-09-27 14:08 | スポーツ観戦 | Comments(0)
横浜の郷愁 今はなき市電を訪ねる

郷愁の横浜巡りが続く。

横浜の街での一番の思い出は
今はなき「市電」だ。

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横浜の市電は、1904年(明治37年)に開業。
1972年(昭和47年)にモータリゼーションの
渦の中に巻き込まれ、根岸線も走り、廃止となった。

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その68年の歴史の中で、最盛時の昭和30年代には
一日30万人を運んだそうだ。
ちょうど自分が毎日のように市電の②系統に乗って
立野の丘の中学校に通学していた頃だ。

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15の系統があった市電の中で、ちょうど横浜港を
ぐるっと反時計回りで生麦から本牧一丁目まで回る
②系統の市電で、10キロ近い距離を
麦田町トンネルを抜けた大和町まで通っていた。

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クリーム色に青い線のはいったチンチン電車の床は
板張りだったが、緑色の座席は座りやすかった。
今回、磯子区の滝頭の車庫跡にある「市電保存館」に
行って、確かめてきた。

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中学生だった自分は、帰りの横浜駅あたりで
疲れから、運転席のそばで立ったまま居眠りした思い出がある。
終点まで26の停留所を数えることになる。

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ちなみに昭和30年代の横浜駅は‘日本一さみしい駅’で、
東口は倉庫街、西口は米石油会社の跡地で草ぼうぼう、
ちょうど横浜高島屋が相鉄による開発で作られた時だ。

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行きの市電では、降りる大和町の二つ前に元町があった。
そこでは、フェリスなど女学生が降りた。
共学の中学生には、何かまぶしかった。


今は、JR根岸線(1964年、昭和39年開通)が走っているので、
中学のあったそばの山手駅までは横浜駅からも近い。
市電で通っていた頃、根岸線の建設が始まっていたのを眺めた。
山手駅から登る坂道には今では「ふぞく坂」と、学校の名の名残がある。

市電で一番印象に残るのが、お祝いの夜、車庫から満艦飾で出てくる
「花電車」だった。
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その色とりどりの電飾で飾られた電車は、当時はもちろんまだないが、
ディズニーランドのパレードを上回る鮮やかさだった。


昔の市電は、根岸駅から1.2kmほどの
滝頭にある「市電保存館」で見られる。
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# by ucci-h | 2018-05-17 10:23 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
石砂山(いしざれやま)の新緑を登る

5月半ば、連休後続いた曇雨天が終わったので、
好天の一日、山好きのI君の薦めてくれた「石砂山」(いしざれやま)に
新緑を味わいに登ることにした。

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石砂山(標高577m)は、神奈川県の北部、
相模湖の南、丹沢の北に位置する登りやすい山である。
‘春の女神’と呼ばれる「ギフチョウ」の生息地として知られている。

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ギフチョウは、明治時代岐阜県で新種として見つかったと言われる
アゲハチョウの仲間だが、近年個体数が減っており、
天然記念物に指定されている(今回は季節が過ぎていたが)。


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石砂山には、道志川の流れる南側から登った
(下りは、北側の藤野側へ)。
石砂山へのアクセスは、山深いのでバスを乗り継がねばならない。

横浜線の橋本駅から9時のバスに乗り、
終点三ヶ木(みかげ)まで行く。
津久井湖の南側を西へとバスは走る。

三ヶ木で10時発のバスに乗り換え20分ほど乗り、
伏間田入り口で降りて、歩き始める。
道志川を渡る亀見橋から見る丹沢の山は大きな緑だ。

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1時間半弱歩いて、昼前には石砂山山頂に着いたが、
登山道は樹々の影で覆われており暑くなく、
歩きやすい道だった。最後の200mはさすがに階段状の登りだが。

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下りは、北方への道を篠原の里へ50分で一気に降る。
そこから「藤野やまなみ温泉」でひと風呂浸かって
帰る予定(定休日は水曜日なのはチェックしておいた)。

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早く下ってきたので、篠原からの一日数本のバスまで1時間ある。
温泉までの距離は4.2km。待っても歩いても着くのは同じ時間。
ならば歩き足りないので、温泉まで歩いた(最後の200mで
バスに追いつかれたが)。

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やまなみ温泉は、谷沿いじゃなくて、丘の上になった。
露天風呂は芝生に囲まれ、緑の山並みが展望できる
気持ちのいい温泉だった。
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2万3千歩も歩いた足の疲れをいやし、生ビール2杯でのどの
渇きをいやした。


歩くなら街の中より、やはり山の緑の中が爽快だと改めて感じた初夏の一日だった。



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# by ucci-h | 2018-05-16 23:23 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
懐かしい横浜の丘を根岸から立野へ歩いたら・・

連休、快晴の一日、横浜の昔の思い出を尋ねて、
横浜の丘を歩いてみた。

根岸旧競馬場(根岸森林公園)、
YC&AC(横浜カントリー・アスレチック・クラブ)、
そしてなつかしい中学の地を歩いてみた。

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根岸森林公園は、根岸台に広々とした芝生が広がり、
新緑もまばゆいきれいな公園だ。
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「馬の博物館」も一角にある。
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日本で最初に、明治維新の前の1866年(慶応2年)に、
外国人居留民のために近代競馬場ができたところだ。
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むかし、通っていた中学校の窓から遠望できた。


そして何よりも公園の後ろのかつての競馬場観覧席の
建物の威容が目を引く。
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根岸競馬場は戦前の1942年(昭和17年)まで続いた。
知らなかったが、米軍の管理地の中に今でもある。
公開すれば、アトラクションになるような1929年(昭和4年)に
建てられた立派な建物なのに、なぜ立ち入り禁止なのだろうか?

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家族連れでにぎわう芝生の広い公園を後にして、
根岸台を下り、途中聖光学院を左に見て、
矢口台にあるYC&ACに向かう。

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聖光学院は、自分が中学に入ったころできた
カトリック系の進学校だ。
ちょうど59周年の学園祭をやっていた。
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YC&ACは、1868年(明治元年)に、スコットランド人たちが
クリケットをやるために創設したスポーツクラブだ。
ここは通っていた中学からもっと近く、いつもYCACの
文字が見えていた(YMCAと混同しそうだった)。
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今でも、クリケット場ならぬ野球場もある。
今のクラブのメンバー数は700人ほどとか。
古くに外国人の作ったスポーツ場ということで、チェンマイのジムカーナを
思い出した。ジムカーナはゴルフ場だが・・(日本で一番古い六甲ゴルフ場
よりさらに5年古く1898年にできたゴルフ場だ)。


ここのレストランでお昼。大きなハンバーガーを食べおなか一杯になった。
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そして「YC&AC通り」をさらに数分北へ進むと、立野の丘にある
なつかしの母校(中学校)の場所に行きついた。
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今では、中学校は移り、昔通った大学校舎も小学校の校舎に
建て替えられていたが・・。

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日曜なので中に入れなかった。
教室の窓から昔は横浜の海が見えた。
今も海は見えるが、ベイブリッジやみなとみらいのランドマークタワーなど、
景色はすっかり変わっている。
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「隔世の感」とはよく言ったものだ。
そう、それだけ時間が経ったのだ。
今回、昔の景色を新たに見たおかげで、
これからさらに新しい気持ちで生きられそうだ。


きょうも17000歩あまり歩いた。
根岸線山手駅に着いたら、坂の名前に「ふぞく坂」とあった。
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根岸線の建設が始まったのは、中学に市電で通っていた頃だった。







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# by ucci-h | 2018-04-29 23:03 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
新緑の野川公園はまぶしかった

旧友M君を訪ねて、春の武蔵野の新緑を
歩いた。


中央線の吉祥寺から西国分寺にかけて
武蔵野には緑豊かな公園がたくさんある。
今回は、新緑を訪ねて、野川公園、ICU
(国際基督教大学)、そして深大寺へ行ってみた。

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さわやかな快晴の日、M君と彼の愛犬ロビン君
(白くて小さいトーイプードル)と野川公園を一周
散策した。
木陰が多いので、暑さに弱いというロビン君も
うれしそう。
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野川公園は、ICUのゴルフ場を都が買い取り、
1974年(昭和49年)に都立公園としてオープンしたもの。
以前行ったときに比べ、樹々が大きいのが印象的だ。


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野川公園の広さは40万平米、先日行った
横浜の三ツ池公園の30万平米より広く、
昨年行った小金井公園80万平米のほぼ半分の広さだ。


野川公園の後、その北側にあるICUに
何十年ぶりかで行った。
ここの正門からの桜並木は見事だ。
かつて入学した者だと言ったら、守衛さんは
快く今のキャンパスを地図で案内してくれた。


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本館前の芝生のたたずまいは、半世紀前と
変わっていなかった。


学食でお昼を食べたあと、最後に深大寺へ
行ってみた。
深大寺周りの茶店群は、M君の出身の
京都の嵐山界隈の茶店のようだ。
味噌おでんと草餅を食べて、武蔵野を後にした。




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# by ucci-h | 2018-04-27 15:37 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
整備されていた都会のオアシス、県立三ツ池公園

横浜の鶴見に「三ツ池公園」がある。
この県立公園は、1957年(昭和32年)に
開園されたが、13年前の2005年(平成17年)に
全面改良されたという。

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昔、我が家の双子を乳母車で連れて行ったことがあるが、
まだ三つの池が連なる自然の緑だった。
今は整備されて「日本さくら名所100選」のひとつに
選ばれている。
鶴見高校が隣接している。

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4月半ば過ぎ、桜はもう散ったが、
新緑の緑を確かめにサイクリングで行ってみた。


公園はきれいに整備されており、
家族連れ、子供連れが多いが、
池の周りの道路を自転車でも走れるのがいい。

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正門(南門)から入った所に、
1990年(平成2年)に在日の韓国の人たちが
日本と京畿道の友好の記念に作った典型的な両班の
家をモデルにした「コリア庭園」がある。

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三ツ池公園は都会のオアシスである。
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人口のせせらぎを前に緑陰で本も読める。
この県立公園が有料になったと聞いたが、
入場はフリー。車の駐車代が有料である。





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# by ucci-h | 2018-04-26 22:38 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
「抑揚」って音の強弱のことなの!? カラオケの精密採点に挑む

日本に来て、再度カラオケに挑戦。

昨年はじめて、日本のカラオケボックスの安さと
精密採点の精密さにびっくりした。

精密採点は、テレビのカラオケ王者を決める
やり方のようなので、興味を持って数回挑んでみた。


昨年の高得点は、93点台で、7曲ほどだった。
ちなみに、ベスト5は・・・
1位 別れの一本杉 93.616
2位 銀色の道 93.533
3位 昴 93.485
4位 夢一夜 93.338
5位 童神 93.037 だった。

今回、日本の歌はあまり歌っていないので(言い訳?)、
あまり去年の点数を更新できない。

しかし、しかし、今回初めて94点台を出せた。
阿木燿子ちゃんの作詞した「夢一夜」で、94.103が出た!
めげずに続ける元気が出た。

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そのほかにも、92点台だった
「千の風になって」が、93.928、
「時計」が93.736、
「アカシアの雨がやむとき」が93.036と93点台に乗ってきた。


これから、92~94点台の13曲のレベルアップをはかろう!
うろ覚えのメロディーは直さないと・・・。
精密採点の仕組みはいまいちわからないが、
全体に「表現力」が劣るようだ。

ネットで、表現力には、「抑揚」と「しゃくり」、「こぶし」、「フォール」があるという
説明を見てみた。
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フォール(末尾を下げる?)の点がないので、それがいけないのかと
思ったが、フォールは一曲にあまりなくてよいようだ。

抑揚の意味を取り違えていたようだ。
カラオケで言う抑揚はイントネーション(音の上げ下げ)ではなく、
音の強弱のようだ(日本語がおかしいよ!)。


そうか、いずれにせよ、音の強弱にもう少し配慮すればいいんだな。
よし、次回にチャレンジしてみよう。

たかがカラオケの採点、
プロを目指すわけでもないのでどうでもいいお遊びだが、
お遊びも遊びなりに追求すると面白い。
もちろん、テレビに出るような人たちの97~98点台とは
格段の差があるのだろうが・・・。



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# by ucci-h | 2018-04-24 15:02 | 日本・米国・欧州 | Comments(2)
横浜ベイブリッジは欠陥ブリッジ!?大黒ふ頭をサイクリング

前日、古い友人たちと行った
横浜の大桟橋を、港の反対側
つまり大黒ふ頭から見てみることにした。


雨が上がった午後、鶴見の生麦から
大黒ふ頭までサイクリングしてみることにした。
大黒町は、子供のころ岸壁の釣りに行ったことが
あるが、大きく変わっている。


大国町を南に、大黒ふ頭の先まで6kmほどだ。
大国町の端には高いタワーがふたつ。
対岸の横浜大桟橋からも見える
東電の横浜火力発電所だ。

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現在は、扇島からパイプラインで
LNGを受け、これを燃やしているそうだ。
高さ200メートルのタワーは排気塔。


大国町が生麦沖に埋め立て地として作られたのは、
戦前昭和11年のことだ。
浅野総一郎、安田善次郎らが出資したと言われる。
子供のころに、日東化学(現三菱ケミカル)の工場見学に行ったっけ。

そして、大国町から大黒ふ頭へ渡る。
ここの橋、大国大橋(736m、1974年完成)からは、
横浜港を隔て、みなとみらい地区が見える。
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反対側には、扇島と大黒ふ頭をつなぐ同じく斜張橋の
鶴見つばさ橋(1020m、1994年完成)が見える。
つばさ橋の名は、小学校の級友だった阿木燿子ちゃんがつけたとか。

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大黒ふ頭が新たに埋め立てでできたのは、1971年(昭和46年)から
1990年(平成2年)と比較的新しい。
対岸の本牧ふ頭(1970年、昭和45年完成)ができ、
さらに貨物船の増加に対応する形で作られた。


そして、大黒ふ頭と本牧ふ頭を結ぶのが、
長さ860mの横浜ベイブリッジである。
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1989年とバブル期の完成だ。
姿かたちは美しいが、この橋は、二つの点で
欠陥ブリッジである。

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一つは海面からの高さが55mしかなく、
大型豪華客船が横浜港大桟橋に入れない!
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干潮の時に入るとか、大黒ふ頭(貨物ふ頭)に入るとかで
しのいでいる。なんでかな?

もう一つは、首都高速道路(湾岸線)は走っているが、
人も自転車も渡れない!
東京のレインボウブリッジにしろ、サンフランシスコの
ベイブリッジにしろ人や自転車が渡れるのに・・。なんでかな?


大黒ふ頭は長い。
端っこには、大黒ふ頭海釣り公園がある。
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もうベイブリッジの外側だ。
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海に突き出た釣り場にはそれなりの釣り人がいた。
夕日をバックにしたベイブリッジは美しかったが・・・。
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# by ucci-h | 2018-04-20 20:52 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
日本の地名は面白い、そして言霊が・・・

日本国内を旅すると、いろいろな地名に
出くわして面白い。

琵琶湖の東側を北上するJR琵琶湖線・北陸本線、
途中長浜から少し行くと、右手に
小谷城のあった丘、小谷山が見えてくる。

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そう、戦国時代織田信長に敗れ、
城を枕に自刃した浅井長政の小谷城だ。
浅井長政は、あさいじゃなくてあざいと呼ばれるが、
今はなきお城の名は、おだに城だ。
そしてその山は、こたに山である。

d0159325_19373862.jpg

大井川鉄道に乗り、中間を過ぎると、
地名という名の駅が出てくる。
じなと呼ぶようだ。
ちめいと呼んだら、致命的な間違いとか。

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d0159325_19382542.jpg

(ブログ「追憶の彼方へ」より)

東京は西武池袋線に、保谷駅がある。
今は保谷市じゃなくて、面白みのない西東京市だとか。
保谷の呼び方は、ほうやだとか。

d0159325_19384816.jpg

ここ出身のHOYA(保谷硝子)は、
横文字になって、ホヤだ。

d0159325_19390077.png

保谷の逆の谷保という地名がどこにあるのだろうと
保谷の友人にメールを打ったその夕方、
後輩からパーティーへの案内が届いた。

d0159325_19390831.jpg

なんと、その場所が国立市谷保のレストランだった。

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偶然にしてもできすぎだ。
日本には言霊信仰(つまり、「お前が雨になったら、なんて言うから
雨になっちゃったじゃないかという類)が強いが、
言霊を信じていない自分も、信じなくちゃいけないかな?



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# by ucci-h | 2018-04-10 19:46 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
日本の地名は面白い、そして言霊が・・・

日本国内を旅すると、いろいろな地名に
出くわして面白い。

琵琶湖の東側を北上するJR琵琶湖線・北陸本線、
途中長浜から少し行くと、右手に
小谷城のあった丘、小谷山が見えてくる。

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そう、戦国時代織田信長に敗れ、
城を枕に自刃した浅井長政の小谷城だ。
浅井長政は、あさいじゃなくてあざいと呼ばれるが、
今はなきお城の名は、おだに城だ。
そしてその山は、こたに山である。

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大井川鉄道に乗り、中間を過ぎると、
地名という名の駅が出てくる。
じなと呼ぶようだ。
ちめいと呼んだら、致命的な間違いとか。

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(ブログ「追憶の彼方へ」より)

東京は西武池袋線に、保谷駅がある。
今は保谷市じゃなくて、面白みのない西東京市だとか。
保谷の呼び方は、ほうやだとか。

d0159325_19384816.jpg

ここ出身のHOYA(保谷硝子)は、
横文字になって、ホヤだ。

d0159325_19390077.png

保谷の逆の谷保という地名がどこにあるのだろうと
保谷の友人にメールを打ったその夕方、
後輩からパーティーへの案内が届いた。

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なんと、その場所が国立市谷保のレストランだった。

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偶然にしてもできすぎだ。
日本には言霊信仰(つまり、「お前が雨になったら、なんて言うから
雨になっちゃったじゃないかという類)が強いが、
言霊を信じていない自分も、信じなくちゃいけないかな?



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# by ucci-h | 2018-04-10 19:46 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
  

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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