「小乗仏教の国に住んで想うこと」 小乗仏教との出会い
前回小乗仏教と大乗仏教を対比しましたが、
もちろん、私は仏教の専門家でもないし、タイの専門家でもない。
たまたまタイと日本を往復しているだけだ。

その風来坊、渡り鳥の眼に映った違い、その背景にあるだろう考え方の違いに思いをはせる時、さらにそのバックにある仏教の違い、さらには釈迦の教えの実践度の違いを感ぜざるを得ない。
かつてフランス哲学に興味を持った立場から見ると、釈迦の実践的教えは、とても豊かな実践的哲学である。


哲学と言っても、フィロソフィー(考えることを愛する)というより、「余計なことを考えるな」と言う、極めて実践的な生き方の知恵を宝蔵している。それが、小乗仏教に色濃く残される仏教哲学のいいところだ。


かつてチェンラーイという北タイの田舎町(住んでいる人、ごめんなさい)のホテルに泊まった時、はじめてデスクの引き出しに「仏教聖典」という本が、西洋のホテルの聖書の如く常備されているのに驚いた。そして和文だった。読み始めたら面白い。釈尊の言動が面白く語られている。聖書よりもわれわれ東洋人には身近だ。

そして、あまりに面白いので、日本へ帰って本屋で探した。そしてもっと驚いた。東京の代表的な大書店の宗教コーナーのどこを探しても、仏教聖典は見つからなかったのだ。結局アマゾンで買い求めたが・・。
こんなに面白い本が、どうして大きな仏教国にないの?聖書はもちろんあったが・・(キリスト教国じゃないでしょ)。

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この珍事が、私の小乗仏教への興味、小乗仏教と言うより、小乗仏教とそれの下で生きる人々の言動に表れる釈迦の“生きる知恵”への興味を盛り上げてくれた。
お釈迦様の教え、生きる知恵は、豊かである。そして新しい。現代的である。人間が時代を経てもあまり進歩(心の面で)しないからか。


今後、数回にわたり、短い言葉を中心に、釈迦の知恵、タイでの生き方、日本人に欠けているものを具体的に紹介してみたい。
それは、皆様に知恵をお伝えしようなどと生意気な思いからではない。皆さんも巻き込んで、自分が勝ち得たい知恵を、自分の脳細胞に定着させたいからだ。

というわけで、実はずいぶん利己的な動機なのだ。“小乗”ゆえ、許してくださいネ。


繰り返すが、専門家の話ではない。
タイと日本で生きている風来坊、自由人が感じた話をしていきたい。

専門家からは、せいぜい岡目八目のたわごとと切り捨てていただいても構わない。
でも、そうすることは正しいことではない。
なぜなら、お釈迦様は、心の正しい在り方を、“慈悲”においているからだ。

慈悲の心を蓄えると、自分の心に微笑みと余裕が生まれます。
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by ucci-h | 2008-06-24 19:12 | 上座部仏教の知恵 | Comments(0)

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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