3月11日午後2時46分、埼玉の自宅で確定申告の作業中に、史上最大級の大地震に襲われた。
過去半世紀以上、関東地方にいて、こんな揺れは体験したことがない。
マグニチュード8.8(のち9.0に)と関東大震災の7.9を上回る東北太平洋大地震となった。
我が家でも震度5だった。
ともかく、何分か揺れが繰り返された後、頭がふらふらした。
幸いうちのマンションは少し外部の壁がはがれた程度で、無事だった。
まだ1ヶ月くらい余震等がありそうなので油断ならないが・・。
こういう日本の閉塞的な時代、天災が起こりやすいのか。
横浜にいる母が心配だったので、携帯電話の普及で、今では数少ない公衆電話を見つけてトライしてみた。前にいた人は、被災中心地の宮古に電話したがつながらないと・・。
幸いつながった。コタツの下へ入って大丈夫だよと。
夕方行こうかと思ったが、結局首都圏の電車は走らなかった。
こういう天災がやってくると、文明近代化した都会は弱いなあとつくづく思った。
幸い、水道とガスは途切れなかったが、ずっと停電となった(朝方回復)。
携帯やインターネットもつながらなかった。
少し買い物をしておこうと、50mはなれたスーパーに行ったが、
停電でレジが動かず、物を買えない。
タイでなら、近所のお店へバイクで行って、ものを買えるのに・・。
我が家のトイレも、すべて電気仕掛けの自動トイレ。
電気がこないと水も流れない(今さっきもまた余震がきた)。
近くのショッピング・モールへ行って用を足した。
タイでなら、水を汲んで流せばいいし、水洗トイレに停電は本来関係ない。
ガスがあるので、夕食はあたためて食べれたが、
電気がまのご飯は冷め、トースターは使えない。
タイなら、電気が途切れても、チェンマイの我が家には小型のプロパンガス・ボンベと
炭がある。
そして、何よりも不安なのは家族知人の安否の確認だ。
電車が止まれば、東京圏は行きたいところに行けない。
チェンマイならば、近くに知人も住んでいるので、バイクで走れば行ける。
チェンマイで地震にあったら(地震はないが・・)、
すぐにバイクで10バーツを握り締め、氷などを買いに行こう。
停電で暗い夜を迎え、たよりになるのは、いずれも乾電池で使える懐中電灯とラジオだ。
ことに、電話もインターネットもテレビもダメな中で、ラジオからの情報の声は
なんとも心強いものだ。
時間がたつにつれて、東北地方中心に被害の大きさが明らかになる。
都心でも、夜は帰宅の足がなく、寒い中、勤め人は困窮した。
息子も、この日上海から成田へ戻ったが、帰宅途中地震に遭い、
池袋の友人の家に幸い泊めてもらったようだ。
被災にあった方々に、深くお見舞い申し上げます。
被災者の方の救助とライフラインの復旧を祈念しています。
電力不足も予想されていますので対応準備されてください。
チェンマイでもHNK・WPでは地震発生後からずっと番組中継を続けています。
タイの国内放送も大々的に取り上げタイ国民の関心は非常に高いようです。
被害に遭われた方々の一刻も早い救出と無事を祈り、被災に心からお見舞いを申し上げます。
でもバンコクでこれが起こったら甘い建築のビルはほとんど崩壊、高速道路も崩壊、橋も崩壊、おまけに略奪が横行して、とんでもないことになっていたとおもわれます。日本の民度の高さはすごいですね。
どざえもんの財布アラシとかもこれならほとんどないでしょう。原発付近の空き巣被害がどの程度だったか・・ほとんどないのではと思います。タイなら全て略奪されていましたね。