始めたように見える。
さもないと、通貨高に苦しむ国民から暴動が起こり、
ダウェイのコンビナート開発も、天然ガス開発も
なかなか進まないとの認識があるのかどうかは
知らないが・・、
前回お伝えしたように、大統領改革派が、
守旧派の抵抗にもかかわらず、少しずつ
歯車を前に進めているように感じられる。
「ビルマの改革を押しとどめる副大統領派 2011-7-8」
http://uccih.exblog.jp/14025772/
今月、ビルマにしてはおそらく初めて、
内外の記者100人を集めて、首都ネピドーで、
キヤオ・サン広報大臣の記者会見が行なわれた。
その中で、「アウンサン・スーチーとの会話を続けていく」と、
政府の方から言っている。
また、「国連の人権視察団の受け入れも行なう」と
言っている。
アウンサン・スーチーは、労働大臣とも
2度会談してきているし、首都を離れ、80キロ北の
古都バゴー(旧ペグー)へも行く。
まるで、政府側からアウンサン・スーチーに
擦り寄っているみたいだ。こんなことは、8年前の自宅軟禁
以来、今までなかったことだ。
スーチー派の「NLD」(国民民主連盟)に対しては、
「はやく、きちんと登録して、政党の資格を固めてください」と
いわば、後押しさえしている。
なにか策略があってのことだろうか。
おそらくそんなことはない、自然の流れなのだろう。
大統領の改革派が、開放路線、スーチー派との対話路線を
取り組むことによって、守旧派を振り切ろうとしているように
見える。
いずれにせよ、ビルマが開放に向かうのは良いことだ。
中国とのプロジェクト、イラワジ川のミトソン・ダムの建設についても、
スーチーの見直し査定の声に応えるかのように、
キヤオ・サン広報相は、「我々はイラワジ川を愛している。
市民たちの求めるように、イラワジ川を守りたい」と言っている。
今後のビルマからの情報発信が注目される。
[追記]
スーチーは、8月14日、予定通り、バゴー(ペグー)へ
政治家として旅立った(個人旅行では先だって行った)。
街頭の民衆数千人から歓迎されたと言う。
国の統一と発展を訴えた。今後もまた各地に行くようだ。
結局それがミャンマーの発展につながるのだから、スーチー派も協力して国益のために強力しましょうという方向だそうです。
スーチーさん一派も苦しい選択を迫られそうですね。
昨年の総選挙後、政府とカチン族が北部ミャンマーで内戦状態にあります。日本ではもちろん、各国で報道されていませんが、ミャンマーにとっては大きな懸念材料です。