恩赦を発表した後、その足で10月13日~15日と3日間、
インドを公式訪問した。
仏教国ビルマの大統領は、まず釈迦が菩提樹の元、
悟りを開いたというボッド・ガヤ(ブッダ・ガヤ)の仏教聖地を夫婦で訪れたという。
デリーの空港では、赤じゅうたんが敷かれ、大変歓迎されたようだが
(もちろん儀礼上そうだが)、この訪問は、それぞれの国の思惑が
見え隠れして面白い。
「どちらの国がより相手を欲しているか、手を上げて見なさい」と
言ったら、テイン・セイン大統領も、インドのシン首相も、競って
手を挙げることだろう。
ビルマは、地政上、大国中国とインドにはさまれた位置にある。
それを、バランス取りが難しいと見るか、うまく競い合わせられる
とするかは、ビルマの外交の腕次第だ。
ご存知のように、ビルマは1988年のアメリカの経済制裁以降、
武器、資金提供、インフラ作りを多く中国に頼ってきた。
それが四半世紀近くたって、いつの間にか、中国に依存する
「半植民地」のようになってしまった。嫌気もするだろう。
2本のガス・パイプラインも、発電ダムの建設も、中国南部の
人口密集地のためである。
歴史にイフはないが、
過去、インドの対抗力がもう少しうまく働いていたら、
ここまで中国依存には陥らなかったのかもしれない。
インドは、ビルマに60年代軍事政権が出来て以来、
民主主義国としてビルマとは袂を分かってきた。
しかし、90年代、ビルマを利用した中国の資源確保と
ベンガル湾海洋進出が築かれていくのを見て、黙って
いられなくなった。

(写真は仏教聖地ガヤを訪れたテイン・セイン大統領夫妻。バンコク・ポスト紙より)
そこで、ひそかにアウンサン・スーチーが学校、大学を
出たというインドにもかかわらず、彼女の率いる反対党への
支持を取り下げ、軍事政権へのアプローチを始めた。
インドは、ビルマに武器を売り、道路・鉄道の建設を
約束するようになった。
しかし、そこは官僚制に阻まれ決定の遅い開発途上‘民主国家’インド
のことである。独裁国家中国の決定の速さと、技術の一日の
長にはかなわず、遅れを取ったまま来てしまった。
ロイター電によると、ビルマ西海岸のオイスター島のあるシットウェに
インドが1.1億ドルを投じた港湾建設もいまだ完成していないという。
その隣に、中国がより大きな港湾を作る予定だ。
独裁国家の方が、民主主義国家より優れているなどとは
言うつもりは全然ないが、事の決定においては、
独裁国家の方が、民主国家よりも速い事は確かだ。
インドは、ビルマのシュウェ沖合の2つのガス田に30%出資
しているが、産出するガスは、パイプラインですべて中国に
持っていかれてしまう。
人口大国インドとしては、資源の確保及び海洋の軍事的制覇と
いう2点で、もはや中国の攻勢を許しておけない状況と
なってきたと見られる。
ビルマとインド、どちらがより強い協力を望んでいるかと言えば、
むしろインドかもしれない。
中国に経済的発展で水をあけられてしまったインドとしては、
ビルマとの協力で、中国をけん制しつつ、自らの発展を図りたい
ところだ。
インドは、西側諸国にないビルマとの融和策を持っている。
西側が、声高々にビルマに経済制裁を唱えてきたのに対し、
インドは、ビルマとひそかに関わりつつ、民主主義を進めていく
考えを持っている。
「人前で、相手の国にダメだよと指を振るのは、子供に対してなら
いいが、効果的な手段ではないよ」とインド人は思っているようだ。
今後のビルマ・インドの関係の進展が注目される。


