歴史的なビルマ訪問で、ラングーン始めビルマの土地の
価格が急上昇したことはお伝えした。
一方、最北州のカチン州では、国軍とKIA(カチン独立軍)の
戦闘は、激しくなっており、クリントン帰国後の12月7日には
60人以上の国軍の兵士が死亡したと伝えられる。
「クリントン米国務長官ビルマ訪問のインパクト 2011-12-8」
http://uccih.exblog.jp/15077732/
(カチン族の避難民。菅光晴氏のブログ「ビルマのカチン州・シャン州での出来事」より)
ビルマの急速な開放路線の推進には、歴史的背景がある。
それも、決して、欧米及び国内からの民主化の圧力が高まったからとか、
経済制裁の効果で行き詰まったからというものではない。
前回3つほどの理由を引用したが、
最大の理由は、“中国の属国化”からの離脱である。
1962年、ネ・ウィン将軍がクーデターを起こし、以後の軍政の
レールを敷いたとき、最初に行なったことは、インドの経済力、印僑の
影響力の排除であった。このままではインドに席巻されるとの怖れである。
1964年には、インド系ビルマ人の資産を接収、30万人以上の
インド系住民が追放された。
ビルマは、軍政の元、独立を維持したが、
1988年のデモ弾圧による西欧の経済制裁後、過去20年間、
その影響力を強めてきたのは中国だ。
隣りの雲南省などから、中国人は数百万人、ビルマに入ってきた。
中国の経済支配は、いまやいたるところに見られる。
人口100万人の古都マンダレーは、ビルマと言うより、中国の街だ。
ホテル、ゲストハウス、レストラン、多くが中国人の所有だ。
ビルマ人の、中国人による経済支配に対する感情は、
沸騰点にきているようだ。
年間44億ドル(2010年)に達するビルマ・中国の貿易量の他に、
中国国境から、安い中国製品が、無税で多く密輸入されていると言う。
過去20年の欧米の経済制裁は、ビルマ軍事政権を弱める働きはせず、
ビルマ経済を、いっそう中国依存へと追いやったわけだ。
しかし、半世紀前、インド資本を接収し、インド人を追い払ったように、
今日、中国資本を接収し、中国人を追い払うわけにはいかない。
中国に対する「カウンター・バランス」を設けるしかない。
欧米や日本の直接投資を呼び込むことが、バランス戦略になる。
そのためには、開放路線、民主化が必要となった。
テイン・セイン政権は、4250万ドル(建設費36億ドルの1.2%)という
巨額のキャンセル料を払ってでも、中国の進めるミトソン・ダムの
建設を中止した。
中国のビルマに対する直接投資残高は、2010年末の123億ドルから、
2011年3月末には155億ドルに増加している。
これに対し、インドなどは、1.89億ドルと、中国の1.2%ほどしかない。
中国は、ビルマの鉄道建設、天然ガスのパイプラインなど主要な
インフラを押さえてきている。
鉱石、木材、宝石だけでなく、
天然ガス推定埋蔵量18兆立方フィート、原油可採埋蔵量32億バレルと
いわれる資源国ビルマへのかかわりは、欧米や日本も欲しいところだ。
中国の支配的な影響力を排除したいビルマだが、
中国人・中国資本は、過去20年かけて、ビルマの奥深くにまで
入り込んでいるようだ。
これを減らすわけにはいかない。
今後、欧米、日本、インド、アセアンの資本の急速な導入が
必要となってくるだろう。
しかし、反動で強欲資本主義に走っちゃうと、社会主義と同じく超格差社会のままですからご注意です。
そういえば、いつもニンジンを一袋(5kg)買ってるムアンマイ卸売市場ですが、何気なしに「どこで作ってんの?」と聞くと、後ろの大量の箱を指差して「チーン」と言いました。箱には漢字が書いてあります。ということはチェンマイのレストランやスーパーで売ってる野菜も...これってヤバいんですかね。
花博会場はオープン前というのに、観光バスがたくさん??
工事中だというのに会場内は観光客でいっぱい。
明日オープンてのに、わけわかりませんが。