人気ブログランキング |
政権が揺れ、宗派対立が頭をもたげてくるか来年の中東地図
今年は、アラブ・イスラム圏が揺れた。
チュニジア、エジプト、リビア、いずれもイスラム教の
大勢を占めるスンニ派(スンナ派)の国である。

イスラムの教義が嫌われて政治がひっくり返った
わけではなく、指導者がかって気ままにやってきて、
若年失業者が増えるなど、独裁的失政によるものだ。

しかし、今後のアラブ、中東情勢を展望すると、
この多数スンニ派と少数シーア派の問題が微妙に絡んで
来るようだ。同じ宗派の方が仲良くなりやすいからだ。

ことに、7世紀に預言者ムハンマドの後継と目された娘婿アリーが
暗殺され、さらに息子のイマーム・フサインもアシュラーの日
(西暦680年10月10日)、カルバラの戦いで殺されたことから、
アリー派の系統を支持するシーア派の団結は強いようだ。
シーア派は、英語ではShiite(シーアイト)と呼ばれる
(同様にSunniスーニー派は、Sunniteスーナイトとなる)。

ここで、クイズですが、中東・西アジア、アラブのイスラム圏で、
少数シーア派が、国民の多数を占めている主な国はどこでしょう?
4つ挙げてください。

こたえは、イラン(シーア派が90%)、アメリカ軍が引き上げた
イラク(人口の60~65%)、イランの北のアゼルバイジャン(85%)、
そしてバーレーン(70%)である。ペルシャ湾(アラビア湾)北に集中している。
動乱の地アフガニスタンは、スンニ派が多数だが、国民の12%を占め、
下層におかれるハザラ人は、シーア派で、イランに近い。

d0159325_14282944.jpg

(黄緑がスンニ派多数、緑がシーア派多数。ウィキペディアより)

イランのシーア派は、ペルシャの16世紀初頭のサファビー朝で国教とされて
から、イラン、アゼルバイジャン地区で広まったという。
しかし、イラクでは故フセイン大統領も含めて、ずっと少数派
スンニ派の政治支配だったし、バーレーンでは、これもスンニ派の王家により
統治されてきた。バーレーンでは、今年になって、差別されてきたシーア派
国民の反政府デモが起こっている。
どうも、シーア派は、迫害・差別される歴史が多いようだ。

d0159325_14204756.jpg

2011年12月6日アフガニスタンの首都カブールのシーア派の霊廟で
アシュラーの行事中に自爆テロが起こり、69人のシーア派が殺された。
戦乱の地アフガニスタンにしても、このような宗派を狙ったテロは
初めてだそうだ。

モザイク国家レバノンを中心に活動している
過激な政治組織「ヒズボラ」(Hezbollah)もシーア派の団体だが、
これも、イランや実質的な支配国であるシリア
(現アサド政権はシーア派の流れを組むアラウィ派)が
加勢している。

スンニ派とシーア派の違いは、歴史的な分裂以外に
教義の違いなど、浅学の筆者にはわからない。
ただ、イラン革命後、アヤトラ・ホメイニの肖像が盛んに
振り回されたように、シーア派では、偶像崇拝禁止が薄いのか。

スンニ派とシーア派は、長年争ってきたわけではないようだ。
イラクやレバノンにも見られるように、うまく住み分けてきた
(と言っても、中東の火薬庫レバノンなどは頻繁に
親シリア派、反シリア派の対立が起こり、いつも内戦状態だが)。
しかし、アラブ、中東情勢が揺れる今、今後宗派の違いが、
離合に影響するかもしれない。

アメリカ軍が去った、イラクには一時的な軍事的空白ができる。
かつてイラ・イラ戦争を戦った仲だが、アメリカと敵対するイランが
イラクを引き寄せることを狙うかもしれない。
イランは、同じく内乱状態のアフガニスタンのハザラ人350万人に
秋波を送るかもしれない。

イラクでは、フセイン前大統領の処刑を急いだ現ヌーリー・アル・マリク首相
政権が、2011年末米軍が撤退した後、イラクをどう持っていけるかだ。
マリク首相は、歴代のイラクの指導層のスンニ派でなく、シーア派であり、
イランに親しいシーア派政治勢力に接近していると言われる。
一方、アメリカがバックで成立したマリク政権引き落としへの画策は、
今後強まりそうだ。

d0159325_14274632.png

スンニ派の国々が、今年は、ひっくり返ったが、
今後、シーア派多数のイラ・イラ地域の動向が注目される。
焦点のひとつが、中東の軍事大国シリアと、これに抱えられる
形で存在するレバノンである。

イライラ戦争でも、数少ないイランの味方となったのはシリアだった。
イスラム重視の立場から、他のスンニ派諸国と違った
(この時、イスラエルもイランを支援していたからややこしいが・・)。
対イスラエルの先鋒となるシリア(首都ダマスカス、人口2200万人)だが、
大統領独裁国家も、今年は揺れている。

d0159325_14221548.jpg

2000年に父の死をついだ現バシャール・アル・アサド(46歳)シリア政権は、
自由化改革と、守旧引き締めの間に揺れ、2011年に入って、
民主化を求める反政府勢力との武力衝突が起こっている。
7月にはシリア第3の都市ホムスで、少数アラウィ派(シーア派の分派)の
30人以上が虐殺された。政権の揺らぎで、宗派対立が頭をもたげてきた形だ。
アサド政権は、シリアの人口の16%を占めるアラウィ派である。

仮にここでのアサド・ファミリーの40年間独裁政権が潰えると、
イランの影響力拡大の野望も躓くことになるが・・。

そして、シリアの影響の強いレバノン(首都ベイルート、人口430万人)
で活動するシーア派強硬派イズボラの動静が注目される。
イズボラは、対イスラエル強硬派として力を広げたが、
レバノンの反シリア派、「3月14日同盟」やその中の最大のスンニ派政党
「フューチャー・ムーブメント」が台頭してきたことから、
危機感を募らせてきている。

イズボラは、2005年にシリアのレバノンからの撤退支持派だった
反シリア派ラフィーク・ハリーリー前首相を爆弾テロで殺しているが、
今では、揺れるシリアのアサド政府との結びつきから足元が揺らいでいる
(もっとも始終ぶれるレバノンのこと、この先どうなるかわからないが・・)。

サウジ・アラビアを筆頭とするスンニ派湾岸諸国は、アラブ連盟
(ペルシャ人のイランはもちろん入っていない)の会合で、
デモ弾圧を理由に、シリアへの経済制裁を2011年11月に
決定している(同時にシリアは連盟の資格停止)。
シリアのイランへの接近を阻むのもねらいだろう。

イラクのシーア派を引き込もうとするイラン、
しかし、これを支えるはずのシリアのアサド政権は揺れている。
レバノンのイズボラも同様だ。
中東の政権が揺らいできたことから、隠れていた宗派対立が顕在化
してきたとも言える。
アメリカ軍が撤退したあとのイラク、アサド政権が揺れるシリアを
抱える中東は、来年どうなるのだろうか?

{追記}
イラクのマリキ首相の率いるシーア派政府は、
米軍の最後の兵隊がイラクを後にした翌日の12月20日、
政敵のタリク・アル・ハシェミ副大統領(スンニ派)に対し、
政府の役人や警察幹部を殺させた疑いで、逮捕状を出した。

米軍が来て、フセイン大統領が殺されていこう、
イラクでは、スンニ派のバース党、少数派スンニ派の排除が
進んでいるという。
by ucci-h | 2011-12-20 14:31 | 日本・米国・欧州 | Comments(3)
Commented by くんたれ at 2011-12-20 16:02 x
軍事的独裁というよりも、食料価格の値上がりが北アフリカ・中東の独裁国家崩壊の要因でしょう。食い物がないとエジプト人やインド人じゃなくてもむかついてきます。
Commented by ucci-h at 2011-12-20 20:05
くんたれさん 北朝鮮は、むかつかないのでしょうかね。
Commented by くんたれ at 2011-12-21 13:36 x
むかついているはずですよ。オキュパイドヲールストリートだけでなく北アフリカでもフェースブックなどインターネットの薬割は大きかったです。加えて飢餓による過疎、秘密警察による締め付け、戦時中の日本のような密告で団結できずに相互不信となっているのでしょう。むかついても同じ境遇の仲間と相互不信なら団結できません。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
by バンディ
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
検索
ブログパーツ
最新のトラックバック
venussome.co..
from venussome.com/..
http://venus..
from http://venuspo..
http://venus..
from http://venusco..
www.whilelim..
from www.whilelimit..
ライフログ
ファン
ブログジャンル
海外生活
時事・ニュース