補欠選挙が2012年4月1日(日曜)に行なわれた。
外国からのオブザーバーも入り、選挙は比較的
順調に行なわれ、アウンサン・スーチー率いるNLD
(国民民主連盟)が、45議席中43議席を取り、圧勝したと言う。
選挙前からの報道は、アウンサン・スーチーのNLDのことばかりで、
現政権のUSDP(連邦団結発展党)の政策や立候補者数、
またその他の野党の動向なども伝えられず、なんとも
不思議な選挙だった。
また、選挙の結果についても、NLDが勝ったというだけで、
投票率も、各党の得票率も、1週間経ってもいまだ出てこない。
補欠選挙は、当初下院440議席中の40議席、上院224議席中の6議席、
地方議会888議席中の2議席、計48議席で争われる予定だったが、
下院の3議席は取りやめとなり、下院37議席中心に計45議席で争われた。
NLDは、下院の全部37議席、上院4議席、地方2議席を獲得したと言われる。
与党USDPは、下院では1議席も取れず、上院で1議席取っただけである
(上院のもう1議席は、SNDP・シャン国民民主党がとった)。
「アウンサン・スーチーが勝った、アメリカも一部経済制裁の解除へ!」と
報道は伝えるだけで、予想に比べてどの程度の勝ちっぷりだったのか、
敗れたSNDPは、これをどう受け止めているのかと報道は見られない。
ここからは、推定になるが、テイン・セイン政権は、「この大敗は脅威だ!」と
受け取るより、「なるようになった」と受け止めているのではないだろうか?
1990年の無効とされた総選挙でも、NLDの方が圧勝していた。
アウンサン将軍の遺影は、なおミャンマーで生きているし、軍政の下、
半世紀でミャンマーがひどい国になってしまったことは、情報化時代、
国民も知っていよう。
今回の選挙で、首都ネピトーの下院4議席は、すべてNLDが
取ったと言う。政府関係者、軍関係者が多く住んでいる首都で、
与党が1議席も取れないということは、軍関係者の中にも、
すでに政治は、軍人でなく、政治家がやるべきだと思っている
人間が多くなっていることかもしれない。軍関係に、意外にNLD
支持者が多いといううわさを裏付けたかっこうだ。
そもそも、テイン・セイン政権が、民主化開放路線を進めたのも、
①このままでは、中国の属国にされてしまうという危機感と、
②アラブの春などを見ていると、軍事独裁政権を続けると
あとが怖い、③民主開放路線に切り替えておけば、自分たちは
追放されることもなく、既得の利権をキープできると、
踏んだからではないだろうか?
3年後の2015年は、総選挙がやってくる(また統合アセアン市場
発足予定の年でもある)。その後は、NLDなどほんとうの民政に
移管させると言う“覚悟”が、テイン・セインには出来ているのではないだろうか?
軍の中で、開放派と強硬派が争っているのもしんどいことである。
今後3年間で、アウンサンスーチー、ないしその後継者にうまく
バトンタッチして、平和裏に民主開放を進めたいと言うのが、
テイン・セイン大統領の胸の内ではないだろうか?
今回のNLDの圧勝で、テイン・セインは、自分の開放路線に
むしろ後ろ盾が出来たと思っているのではないだろうか?
強硬派は、今後どう対応してくるのだろうか?
この選挙結果を脅威ととり、巻き返してくるのだろうか?
報道はない。