2012年8月に守旧派の副大統領ティン・アウンミン・ウーを
穏健派のニヤン・トゥンに置き換え、
9月4日には、大幅な閣僚の改造で、経済改革路線を
集権化し、固めた。
「予想されるミャンマー閣僚の大改造 2012-5-15」
http://uccih.exblog.jp/15870726/

2人の副大統領のひとりとなったニヤン・トゥンは
海軍司令長官だったが、大統領と敵対しがちな前副大統領
ティン・アウンミン・ウーに代わり、軍事関係を中心に
サポートすることになると見られる。
実は7月に、副大統領の後任には、ミント・スエ軍情報局長が
あがっていたが、これは落とされた。彼の息子が外国人と
結婚していることが判ったからだ。
アウン・サン・スーチー(亡くなった夫マイケル・エイリスは英国人)
を重職に就かせない為の軍が決めた憲法の規定が
跳ね返ってきた形だ。
2011年3月にテイン・セインが大統領になったとき
発足した閣僚の1年半ぶりの最初の大きな変更になる
今回の閣僚の改造は、テイン・セイン大統領の
経済開放路線を一層強く推し進めるものとなりそうだ。
今回の改造で、大臣の数は30人から36人に増やされた。
特徴的なことは、大統領府の直轄に、
6人の経済関係の閣僚を据え、じかに経済改革を
進めることにしたことである。
前財政大臣ラー・トゥン、前経済企画開発大臣ティン・ナイン・テイン、
前工業大臣ソー・テイン、前鉄道大臣アウン・ミンといった
連中を大統領府直下の大臣として集めた。
昇進であり、エリート集団の形成である。
なお、これらの経済ポストは残し、別の人間を入れている。
前鉄道大臣アウン・ミンは少数民族との交渉に当たってきたが
(カチンを除き、なかば成功)、
今後、大統領府の大臣として、むしろ、外国にいるミャンマー人
人材の呼び戻しに注力するようだ。
テイン・セイン大統領は、ミャンマーの経済成長率8%を目指し、
現在一人当たり830ドルのGDPを、2015年に3000ドルにしたいと
思っている。
一方、情報統制に当たり、サヤブリ・ダム(中止された)の推進派だった
保守派のチヤオ・サン情報相は、労働大臣だったアウン・チーにそのポストを
譲り、共同組合担当の大臣となった。
チャオ・サンを含め、9人の大臣が、そのポストから移動した。
アウン・チー新情報相は、前労働・福祉大臣で、
ダイナミックな改革派で、ILOもその視野の広さを
評価していると言われる。
アウン・サン・スーチーとの関係も良い。

(ミャンマーの議員の色とりどりの民族衣装 バンコクポスト紙より)
これでテイン・セイン体制は磐石かというとそうでもないようだ。
下院議長シュエ・マン(軍のナンバー3)が率いる議会保守派との対立は
変わっていないと言われる。


