暑さの続く中で、クーデターが起こり、
耳目はタイの政治動向に釘付けとなったが、
一方で、タイの経済は、今までになく沈下しつつある。
2014年5月19日(月)、タイ陸軍が戒厳令を敷く前日、
「国家経済社会開発庁」(NESDB)が発表した
第1四半期のタイのGDPは、前期比マイナス2.1%、
前年同期比でもマイナス0.6%と、予想以上の落ち込みを見せた。
民間消費と投資の落ち込みが、タイ経済を後退させている。
年初に4.5%ほどと見込まれた2014年の民間の経済成長率予想は、
ここにきて1.6%ほどと、アセアン諸国で最低の成長見通しと
なってしまった。年前半はリセッション(景気後退)さえ見込まれる。
昨年10月からのデモの激化など「政治混乱が原因」と言われるが、
この説明は正確さを欠く。
2012年に展開されたタイ貢献党政権のポピュリスト的
ばらまき政策が、今日の重い景気の落ち込みをもたらしたと言える。
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2011年8月政権に就いたインラック・タイ貢献党政権は、
当時でも首を傾げたくなるポピュリスト的経済政策を連発した。
2012年に実施された初回自動車購入者には物品税を還元する
という「自動車購入奨励策」は、いったい誰のための政策か
よくわからなかった。しかもタイの景気が良かった時期に自動車販売を
奨励するという政策であった。
「浮き出てきた自動車初回購入者税優遇のデメリット 2011-9-15」
http://uccih.exblog.jp/14567597/
結果、2012年のタイの自動車国内販売は、前年比+80%もの
急増となり、街には新車が溢れ、すいていたチェンマイの街にすら
いままでにない渋滞をもたらした。
車のデリバリーに時間がかかったので、新車ラッシュは2013年前半まで続いた。
その後に残ったものは、街の渋滞の他に、無理して自動車購入に向かった
若年層のローン残高の増大と、買っても維持できず手放すので、
中古車市場に車が溢れ、中古車価格の急落であった。
ことに、これによる家計の借金残高の増大は、これから先
何年間かタイ中間層の購買活動を削ぐものとなろう。
2014年1~3月の自動車国内販売台数は
22.4万台。昨年同期に比べ46%の落ち込みと
なっている。輸出向けも含めた生産台数も51.7万台と
マイナス28%である。
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最低賃金の引き上げ策も乱暴だった。
2012年から2013年にかけて、全国の最低賃金は、
それまでの地域差も無視して、一律に1日300バーツとなった。
一日900円強という水準はけして高いものではないが、
全国平均で一挙に+70%という大幅引き上げとなった。
「最低賃金70%引き上げに対しタイ工業連盟最後の抵抗 2011-10-28」
http://uccih.exblog.jp/14706397/
水準の低かった北部や東北部は、平均以上の
一挙引き上げとなった。チェンマイは+67%だったが、コンケンが+80%、
ピサヌロークが+84%、全国一低かった(1日159バーツだった)にいたっては
+89%の大幅引き上げとなった。
激変緩和措置もなく、2012年4月から13年にかけ導入された。
最低賃金を大きく引き上げて、タイ国民の所得水準を
先進国に近づけるという理屈は、一見もっともらしく見えたが、
予想通り、失業の増加、中小企業の倒産、そしてインフレを
もたらした。
最低賃金を引き上げるだけで(生産性の上昇もなしに)、
国民の所得水準が上がるなら、これほど楽な政策はない。
どこの開発途上国でもやるだろう。
賃金アップに耐えられない中小企業は、従業員を減らすことで
対応した。出来ないところは倒産した。
北部の就業機会の少ない地域では、最低賃金の80%ほどのアップで、
いっそう産業立地が難しくなった。
賃金がアップし(同時に公務員の初任給も大幅に上げた)、
職を失わなかった者も喜んではいられない。
コストアップのつけが、物価上昇となって跳ね返ってくる。
今では、街の食堂のメニューがほとんど上がってしまった。
公式に発表されるタイのインフレ率は低く、
生活実感とそぐわないが、
それでも、2014年4月のCPI(消費者物価指数)は
過去12ヶ月上昇を続け、前年比+2.5%へと上がってきている。
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そして最大の政治問題となったのが、「コメ抵当スキーム」だ。
全国のコメを市場価格より5~6割高い価格で政府が
すべて買い取り、農民の生活を楽にするという看板の
政策は、実施2年にして綻びが出て、クーデター前夜には、
「コメ代金を半年も政府が払ってくれない!」という事態に
なってしまっていた。
「問題山積みでコメ抵当システム10月スタート 2011-9-24」
http://uccih.exblog.jp/14626247/
そもそも、発足当時から危うい政策に見られた
この国家コメ管理政策は、タクシン政権時代の失敗が
あったにもかかわらず、政治家、役人、業者をも
潤す仕組なので不透明な形でスタートし、その不透明さゆえに、
十分な計画と管理ができないまま、結局は挫折した。
「タイ産の米は世界でも人気だから、政府が在庫を増やして
供給を減らせば、価格が上がり、高い価格で売れる」
という、世界の供給過多のコメ市場を無視した政策は破綻した。
「タイ政府が米を溜め込んでいる。そのうちどっと出てくるぞ」と
いう市場の読みによる大幅値下がりで、しっぺ返しを食うことになった。
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戒厳令の敷かれる前夜は、
「国家反汚職委員会」(NACC)が、
これを実施したタイ貢献党内閣を訴追する寸前だった。
政府コメ政策委員会の委員長ながら、
ほとんど委員会にも出なかったインラック前首相を
「職務怠慢の罪」で上院に弾劾させようとしていた。
また当時担当のニワタムロン前商務相(クーデター時には
暫定首相代理)ら関係閣僚を、存在しなかった
「G-to-G」(国家間のコメ売買契約)における
「汚職容疑」で摘発するところだった。
コメ抵当スキームは、2年半で8,000億バーツ(2兆5千億円)以上の
巨費を投じた仕組みなので、関係者の懐は潤ったかもしれないが、
納税者には、その半分以上5,000億バーツにのぼる損失が
負担としてかかってくる。
一部の農民は潤ったようだが、それでも半年も
コメ代金が払われない状態は、農家全体の借金の水準を
いっそう上げ、高利貸しに走らせることになってしまった。
また、タイがコメ輸出国の首位の座を明け渡しただけでなく、
味や質を無視した重量ベースの買い取り制度は、
タイ産米の品質向上に暗い影をさした。
この間、農民はただ収穫量の増大に走り、
肥料や農薬の購入で、借金水準をいっそう高めてしまった。
「前政権のコメ未払い問題、軍事政権が解消に 2014-5-27」
http://uccih.exblog.jp/20751426/
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タイの経済の重い落ち込みは、世界経済の停滞や
政治の不安定さからではなく、明らかに、タイ貢献党の
経済失政からもたらされた。
具体的には、バラマキ、それも下手なばら撒き方による
需要先食いでの落ち込み、正常な経済活動への介入による
労働市場や農業市場へのゆがみ、そして
家計、企業の借入残増大という長期的問題も残してしまった。
「カシコン銀行研究所」の「家計経済指数」によると、
2014年4月の家計消費動向を示すこの指数は、
3ヶ月続けて下がり、41.9と、中立の50の水準を割り
なお下がっている。
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インフレが高進して来ていることと、借金が増えてしまった
ことが家計の消費行動を抑えてしまっている。
家計の慎重さは、耐久消費財購入の先延ばしだけでなく、
今まで盛んだった国外旅行にも影をさしている。
2014年の1~4月のタイ人の国外旅行件数は
日本への64%増のブームにもかかわらず、
全体では40%の落ち込みとなっている。
軍のクーデターが‘ショック療法’、つまりタイ経済の
再生のきっかけになることを願わずにはいられない。
シナ方面からの働きかけもあるようだし、タイ上層部から謀反を疑われても仕方がないですかね。
個人的には、全国一律最低賃金の上昇が愚行だと思いました。
生産性の上昇が見込めない労働者たちは、真っ先に首切り対象となりますから、イイ迷惑だと思います。
タイのユルユルとした空気が失われつつありますね。
そのうち、日本のように少ない人数で最大の効果を求める「効率効率」一辺倒なブラック企業で溢れる方向は決定的でしょうか。
タイ貢献党の経済失政は、かなり初めから可能性の高いものでしたが、それを承知でやったとしたら“確信犯”で、結果はタイ経済にとってはいい迷惑というか、害悪でした。