生々しく戦争の残虐さがよみがえった「NHK特集:カラーで見る太平洋戦争」
70周年の終戦の日、NHKスペシャル
「カラーで見る太平洋戦争」を見た。

デジタル処理で白黒動画をカラー化したものだ。
白黒動画と違って、当時の様子がまさに生々しく
よみがえってくる。

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退却を「転進」、全滅を「玉砕」と当時は
酷いことをきれいな言葉で装飾したが、
このカラー動画を見ると、「戦争」も装飾語で
実態は「残酷な集団的人殺し」であることが胸に迫る。

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日本は、外国へ侵略したことを
謝ると同時に、敗戦国として自国民が
どれほどひどい苦難にあったかを国を問わぬ反戦のネタとして
もっと世界に伝え続けるべきだろう。
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by ucci-h | 2015-08-16 14:25 | 日本・米国・欧州 | Comments(4)
Commented by 栗原 at 2015-08-17 10:33 x
「日清戦争」(1894~1895)、「日露戦争」(1904~1905)、「満州事変」(1931)、「日中戦争」(1937~1945)、「太平洋戦争」(1941~1945)と言った大日本帝国・・・明治維新後の日本が戦った戦争は、全て「軍国主義」日本による「侵略戦争」だった・・・とは、左翼・反日日本人が好き好んで主張するフレーズです。

確かに終戦直後、開廷した「東京裁判」(極東国際軍事法廷)に於いて、日本は「侵略国家」として断罪され、その後、今に続く事となった「東京裁判史観」(自虐史観)に基づき、教育の場でも、「日本はこんなに悪い事をしてきました・・・」と言った洗脳教育が実践されれば、誰しも、「日本は嘗(かつ)て近隣諸国を侵略し、多大な迷惑を与えたんだな」と納得してしまっても無理からぬ事です。

しかし、日本の戦争は「侵略戦争」だったとして「東京裁判」を開廷し、日本を断罪した正に張本人であるマッカーサー元帥・・・日本軍と実際に戦い、戦後、GHQ(連合国軍装司令部)最高司令官として日本に進駐、「東京裁判」を開廷して日本を断罪した人間が、その後、自身の考えを180度転換、日本の戦争は「自衛戦争」だったと言っているのです。これは、物凄い爆弾発言です。
「侵略戦争」だと考えられていたものが、実際には、「自衛戦争」だった訳ですから。
しかし、「自虐史観」に染まった日本では、今尚、「日本の戦争は侵略戦争だった」と言った主張が大手を振って罷(まか)り通っているのが実情です。

と言う訳で、今回は、マッカーサーの爆弾発言を通して、日本の戦争が「自衛戦争」であった事を論じてみたいと思います。
Commented by 栗原 at 2015-08-17 10:34 x
昭和26(1951)年5月3日。
朝鮮戦争に於ける戦争方針でトルーマン大統領と対立し、GHQ最高司令官を解任されたマッカーサーが、米国上院軍事外交共同委員会の場で、朝鮮戦争に於いて彼が主張した支那海上封鎖戦略についての答弁の際、以下の様な「爆弾発言」をしたのです。

<問>
では五番目の質問です。赤化支那(中共:共産中国)に対し海と空とから封鎖してしまへといふ貴官(マッカーサーの事)の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんか。

<答>
その通りです。太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したのです。日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島にひしめいてゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事してゐました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けてゐる時よりも、働き、生産してゐる時の方がより幸福なのだといふこと、つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。
これほど巨大な労働力を持ってゐるといふことは、彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如してゐる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであらうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れてゐました。したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです』
Commented by 栗原 at 2015-08-17 10:34 x
最後に、「東京裁判 日本の弁明」(小堀桂一郎編)の文中・・・・

「したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです」
に登場した「安全保障の必要」について若干補足してみたいと思います。この部分は、マッカーサー発言では元々「セキュリティー」(security)でした。邦訳の際に、「安全保障の必要」とされたのですが、この部分 ── 「セキュリティー」は、「生存権の確保」と解しても良いのでは無いかと思います。
それを如実に物語っているのが、昭和16(1941)年9月6日に開催された御前会議に於ける永野修身(おさみ)・海軍大将の発言です。彼は、米国が日本に突き付けてきた事実上の最後通牒『ハル-ノート』を甘受、米国に屈服し戦争を回避するか、はたまた、何もせずに時勢が好転するのをじっと待つか、或いは、対米開戦に踏み切って戦争の中に活路を見い出すかについて、こう発言しています。

「戦わざれば、亡国と、政府は判断された。戦うもまた亡国であるかも知れぬ。戦わざる亡国は魂まで失った亡国であり、最後の一兵まで戦うことによってのみ死中に活を見いだしうるであろう。戦ってよし、勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残れば、我らの子孫は再起、三起するであろう」

永野大将は遠回しに、米英との戦争は端から「勝ち目」の無い「負け戦」である、と言っているのです。
決して言われている様な「侵略戦争」をしよう等とは露共思ってはいないのです。
進むも亡国(敗戦)、退くも亡国、同じ亡国なら「皇国の興廃」を賭けて戦い、せめて、日本人の「民族としての誇り」(日本精神・日本人の気概)だけでも後世に残そうではないか、と言っているのです。
これの一体何処が「侵略戦争」なのでしょうか? 
矢張り、日本の戦争は、マッカーサーが認める迄も無く「自衛戦争」だったのです。
Commented by ucci-h at 2015-08-18 22:16
解説ありがとうございます。日本も戦争に追い込まれたのでしょうが、戦争はいずれにせよ、残虐悲惨な結果をもたらしますね。戦わずして勝つ知恵が求められますね。
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北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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