タイ語新シリーズ
「シーン毎のボキャブラリー・熟語」シリーズ
の第10回。
いろいろな場面ごとに、
単語だけではなかなか覚えられないし、
「熟語」で興味を持って覚えていくことにする。
もちろん、「声調」が大事なので、
「綴り」(サゴット)も理解していくことは忘れない。
第10回のシーン別タイ熟語は、
心や感情にまつわる「心の動詞」の熟語を見ていこう。
「心の動詞」3回目にあたるが、
「言う、話す」「告げる」「語る」などから見ていこう。
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⑦「言う、話す」「告げる」「語る」
「プート」「ワー」「クイ」「ボーク」「ラオ」というタイ語が出てくる。
「プート」phûut「พูด」は、「話す、言う、喋る」など幅の広い言葉だ。
ちょっとでもタイ語を口に出せれば、タイ人は
「プート・タイ・ゲング」(タイ語話すの上手ね)と誉めてくれる。

「口語」は、「パーサー・プート」phaasǎaˑphûut「ภาษา พูด」だ。
「パーサー」は、「~語」。ちなみに「税金」は、「パーシー」だ。
「プート・グーン・クワーム・チング」phûutˑkəənˑkhwaamˑciŋ
「พูด เกิน ความ จริง」で、“事実をオーバーに言う”で、「誇張する」となる。
「プート・グーン・ルアング」phûutˑkəənˑrʉ̂aŋ「พูด เกิน เรื่อง」も、
“話をオーバーに言う”で同様だ。
「喋るの止めて(黙って)!」は、「ユット・プート」yùtˑphûut「หยุด พูด」だ。
「冗談を言う」は、よく知られるように、「プート・レン」
phûutˑlên「พูด เล่น」(遊びで言う)である。
また、「プート・タロック」phûutˑtalòk「พูด ตลก」とも言う。
「タロック」talòk「 ตลก」は、「面白い」の意味だが、
「道」の「タノン」thanǒn「ถนน」等と同様、母音符号のない綴りである。

「下ネタを話す」は、「プート・ラーモック(or ・タルング)」
phûutˑlaamok(ˑthalʉ̂ŋ)「พูด ลามก (ทะลึ่ง)」。
ともに、「スケベ、エッチ」として言われるが、
「ラーモック」は、「猥褻ね」と言う感じで、
「タルング」は、「厚顔無恥ね」と言う感じだ。
日本では、「タルング」と言われたが、
タイでは「ラーモック」と言われる。笑

恥ずかしさや緊張から「口がきけない」時は、
「プート・マイ・オーク」phûutˑmâiˑɔ̀ɔk「พูด ไม่ ออก」と言う。
これもタイ語らしい表現だ。
音が小さいなどで「聴き取れない」は、
「ファング・マイ・オーク」faŋˑmâiˑɔ̀ɔk「ฟัง ไม่ ออก」。
視力検査などで「見分けがつかない」は、
「ドゥー・マイ・オーク」duuˑmâiˑɔ̀ɔk「ดู ไม่ ออก」。
綴りが分からない等で「読めない」は、
「アーン・マイ・オーク」àanˑmâiˑɔ̀ɔk「อ่าน ไม่ ออก」。
文字が出てこないなどで「書けない」は、
「キアン・マイ・オーク」khǐaŋˑmâiˑɔ̀ɔk「เขียนไม่ ออก」。

単純に「~マイ・ダイ」(出来ない)を付けてもいいが、
こちらの方が、やろうとしても出来ない感じが伝わる。
この場合の「オーク」ɔ̀ɔk「ออก」は、「出る」と言うよりも、
「実現化する、判別できる」と言った意味合いだ。
「プート・リン・ガイ・サン」phûutˑlínˑkàiˑsân「พูด ลิ้น ไก่ สั้น」
(短い鶏の舌で喋る)とは、どういうことか?
考えてみても始まらない。
酒を飲んで酔っ払って喋る時のように、
「ろれつが回らず喋る」ということだ。

「プート・ユート・ユア」phûutˑyʉ̂ʉtˑyʉ́a「พูด ยืด เยื้อ 」は、
校長先生の訓話みたいに「延々と話す」ことである。
「ユート」は「延ばす」、「ユア」は「延々と」で
併せて「ユート・ユア」で「長々と延ばす」になる。
語呂がいいので覚えておこう。
話の途中で、「言い換えれば」を入れたくなることがある。
英語ならIn other wordsである。

タイ語では、“もう一つの方法で言うと”となる。
「プート・イーク・ヤーング・ヌング」phûutˑiikˑyàaŋˑnʉ̀ŋ「พูด อีก อย่าง นึ่ง」
「一つの方法」、一つの場合、「ヌン」(ひとつ)は後ろに来る。
「ワー」wâa「ว่า」は、「~は」と接続詞として多く使われるが、
動詞としても、「語る」、「思う」また「叱る」「文句を言う」
と幅広く使われる。
「クン・チャ・ワー・ヤーング・ライ?」
khunˑcàˑwâaˑyàaŋˑrai「คุณ จะ ว่า อย่าง ไร」で
「あなたは、どんなふうに思うの(言うの)?」である。
「クイ」khui「คุย」(お喋りする)と
「ボーク」bɔ̀ɔk「บอก」(告げる)は、
相手がいての話である。
「クイ・ガン」khuiˑkan「คุย กัน」(一緒にお喋りする)は代表的な熟語だが、
一日、女性は男性の3倍近く単語を使うというから
これは女性の得意技となる(我が家は、8対1くらいか?)。

「チャップ・カオ・クイ・ガン」càpˑkhàoˑkhuiˑkan
「จับ เข่า คุย กัน」は、「膝を捕らえて話し合う」で
「じっくり膝を突き合わせて話し合いましょう」になる。
「ボーク」bɔ̀ɔk「บอก」(告げる)は、なつかしい単語である。
むかし、タイの女性のバイクについて行ったとき、
彼女が、方向を変える時は、「チャ・ボーク・ナ」
(言うからね)と、言っていたのを覚えている。
「チュアイ・ボーク・ポム」chûaiˑbɔ̀ɔkˑphǒm「ช่วย บอก ผม」で
「どうぞ僕に言ってね!」となる。
英語のtellと同様、前置詞は要らない。
「ラオ・ルアング」lâoˑrʉ̂aŋ「เล่า เรื่อง」「ストーリーを語る」の
「ラオ」lâo「เล่า」は、「語る」という動詞である。
隣国ラオスは、「ラーオ」laao「ลาว」と長母音である。
また、「お酒」の「ラオ」「เหล้า」は、
「語る」の「ラオ」と同じ発音である(落下声)。
「ラオスで酒を飲みながら、未来を語る」は、
「ギン・ラオ・ティー・ラーオ・ラオ・アナーコット」
kinˑlâoˑthîiˑlaaoˑlâoˑanaakhót「กิน เหล้า ที่ ลาว เล่า อนาคด」となろう。

「ラオ・ニターン」lâoˑníthaan「เล่า นิทาน」で、
「おとぎ話を語る」になる。
⑧「不平を言う」
前述の動詞「ワー」wâa「ว่า」を使っても、
「トー・ワー」tɔ̀ɔˑwâa「ต่อ ว่า」で、「責める、文句を言う」になる。
「トー」は、「続く、~に対して、against」の意味がある。
以前第8回の「ローング」(歌う)の所で、
「ローング・リアン」rɔ́ɔŋˑrian「ร้อง เรียน」(学校ではないよ)
を紹介したが、これは、ややへりくだって、
「申し立てる、嘆願する」という意味だった。

通常、「不平を言う」は、「ボン」bòn「บ่น」である。「愚痴る、ぼやく」
といったニュアンスだ。
「頭痛に不平を言う」場合も、「ボン・プアット・ホア」
bònˑpùatˑhǔa「บ่น ปวด หัว」と、誰が悪いわけでもないが、痛いことに言い、
ボスが部下に不平を言う場合にも、
「チャオ・ナーイ・ボン・ルーク・ノーング」
câoˑnaaiˑbònˑlûukˑnɔ́ɔŋ「เจ้า นาย บ่น ลูก น้ง」である。
「チャオ・ナーイ」は、「ボス」。「ルーク・ノーング」は、「部下」である。

「ボン・アオ!」bònˑao「บ่น เอา」で、「愚痴っちゃったよ!」になる。
末尾の「~アオ!」は、「~しちゃったよ!」である。
「~の上」の「ボン」bon「บน」は平声だが、
「不平を言う」の「ボン」bòn「บ่น」は低声である。
⑨「不満に思う」
不平を言うのは、不満に思うからのことが多い。
「不満に思う」は、単純に「マイ・ポー・チャイ」
mâiˑphɔɔˑcai「ไม่ พอ ใจ」でいい。英語で言うunsatisfiedだ。
平声のこの「ポー」は、「満たす」と言う意味だ。
落下声の「ポー」だと「お父っつぁん」になる。

「不満に思う」に、「カット・チャイ」khàtˑcai「ขัด ใจ」もあるが、
これは、“自分の心に逆流が生じたので、抵抗する”ということだ。
いわば、‘心の葛藤がある’といったところ。
仲間と意見が違い「対立する」時にも、
また、母親が子供などを「甘やかさない」時にも用いる。
ここでの低声の「カット」には、「抵抗する」の他に、
「磨く」、「ボタンなどを留める」などの意味がある。
タイ語の「ベルト」は、「ケム・カット」khěmˑkhát「เข็ม ขัด」である。
「カット」(留める)、「ケム」(針)である。
空港でベルトを、検査の際、取るのは、‘煙いのでカットしたい!?’。
⑩「話にならない」ことがある。どう言うか?
こういう時、相手に対して、日本語でも言うが、「話が見えない」と言う。
「マイ・ヘン・ルアング」mâiˑhěnˑrʉ̂aŋ「ไม่ เห็น เรื่อง」でいい。
㊱また、こちらが、「うまく言えない」時、「説明できない」時は?
「告げる」の所で出てきた「ボーク」を使って、「うまく言えない」は、
「ボーク・マイ・トゥーク」bɔ̀ɔkˑmâiˑthùuk「บอก ไม่ ถูก」と言う。
「トゥーク」は、「安い」、「正しい」、「当たる」、「合う」、「される」など
多岐の意味を持つ単語だが、
この場合は、「マイ・トゥーク」で、「うまく、適切に~できない」となる。
「うまく説明できない」は、同様に、
「アティバーイ・マイ・トゥーク」àthíbaaiˑmâiˑthùuk「อธิบาย ไม่ ถูก」である。
「アティバーイ」は、アリバーイなどを「説明する」こと。
タイ語では、「~できない」と言う時、「ダイ」(出来る)を使わないで、
単に「このようには~しない」で、出来ないことを表すケースが多い。
⑪「不思議な話だ!」 「ルワング・プララート!」rʉ̂aŋˑpràlàat「เรื่อง ประหลาด」。
信じられないような話の時は、このように言う。
「プララート」は「驚くべく、変わっている」というニュアンス。
「プララート・チャイ」で「驚いた!」になる。
「トック・チャイ」tòkˑcai「ตก ใจ」の「驚く」に対し、驚く対象が違う感じだ。
「サット・プララート」sàtˑpràlàat「สัดว์ ประหลาด」は、‘驚くべき動物’で、
「怪物、モンスター」となる。

同じく「プレーク」plɛ̀ɛk「แปลก」も「変な、異常な」で、
「プララート」に近いが、
「ロット・チャート・プレーク」rótˑchâatˑplɛ̀ɛk
「รส ชาติ แปลก」(変な味だ!)などと
日常使われる。
似た発音の「プレー」plɛɛ「แปล」は、「訳す、意味する」である。
「カム・プララート・プレー・ワー・カム・プレーク」
khamˑpràlàatˑplɛɛˑwâaˑkhamˑplɛ̀ɛk「คำ ประหลาด แปล ว่า คำ แปลก」で
「プララートという単語は、プレークと言う意味である」となろう。
厳密には違うだろうが・・。
⑫「~かどうか疑う」 「ソンサイ・ワー~」sǒŋˑsǎiˑwâa~「สงสัย ว่า~」。
テレビでテニスの試合を見ていると、ボールが
ライン際に落ちた時、「ソンサイ・ワー~」がよく出てくる。
なお、「ソン・サーン」sǒŋ sǎan「สง สาร」は、「同情する」だ。

「ソンサイ」の英訳は、suspectとdoubtが出てくるが、
英語では、同じ疑うでも、suspectが「そうだと思う」のに対し、
doubtは、「そうではないと思う」違いがある。
タイ語の「疑う」の「ソンサイ」は、「~だと思う」の方である。
また、wonder(~かしら?)という意味合いもある。
「ソン・サイ・ガーン・ティット・ワイラット」
sǒŋsǎiˑkaanˑtìtˑwairát「สงสัย การ ติด ไวรัส」で
「ウイルス感染を疑う」になる。

「ティット」は、‘くっつく’で、「感染する」。
「ウイルス、virus」は、タイ語の発音で、
「ワイラット」wairát「ไวรัส」になる。
「ガーン」は、動詞を名詞化する冠頭詞。
なお、タイ語は、Vの音は、Wで発音される。
例えば、車の「Volvo」は、「ウォウウォ」と狼の叫び声
のようになる。
⑬「冗談めかす」
「冗談めかす」は「ロー・レン」lɔ́ɔˑlên「ล้อ เล่น」である。
むかし、アメリカのドラマに「ローレン・ローレン」と叫ぶ「ローハイド」というのがあったが、
関係ない。
「レン」は同じく「遊ぶ」だが、その前の高声の「ロー」lɔ́ɔ「ล้อ」は、
「サーム・ロー」(三輪車)の「車輪」と同じだが、
「ふざける、冗談めかす」という動詞である。
「ハンサム、男前」の「ロー」lɔ̀ɔ「หล่อ」は、
低声(低音の魅力)である。
いやな時は、「ふざけないでよ!冗談はやめて!」
「ヤー・ロー・レン・ナ!」yàaˑlɔ́ɔˑlenˑná「อย่า ล้อ เล่น นะ」と
びしっと言うのがよい。
⑭「噂話をする、陰口を言う」
陰でひそひそ噂話をするのは、「ニンター」ninthaa「นินทา」である。
「噂話、ゴシップ」は、「カム・ニンター」khamˑninthaa「คำ นินทา」となる。
「カム」kham「คำ 」は「言葉」。

「ディー・ルー・イェー・ヤー・パイ・ケー・コン・ニンター!」
diiˑrʉ̌ʉˑyɛ̂ɛˑyàaˑpaiˑkhɛɛˑkhonˑninthaa「ดี หรือ แย่ อย่า ไป แคร์ คน นินทา」。
「良いことでも悪いことでも、陰口をたたく連中は気にするな!」
「ディー・ルー・イェー」は、「良いか悪いかは別にして」。
「イェー」yɛ̂ɛ「แย่」は、「イェー・チャング」yɛ̂ɛˑcaŋ「แย่ จัง」
(それはひどいね、too bad!)で使われるように、
「ひどい、とても悪い」という意味である。
「ケー」khɛɛ「แคร์」は、英語のcareがタイ語化したもので、
「気にする」という意味。
rの音は、ガーラン(์)が付いて、無声化している。
第10回はここまで。
次回第11回は、「心の動詞」4回目で、
「尊敬する」や「信仰する」などを見ていこう。
(続く)


