タイはなぜ暑い盛りの4月が旧正月なの??
ㅤ
ㅤ
そのくせ、タイの旧暦は、日本や中国の旧暦が新暦の後を追うのに対して、新暦より先に進んいます。さてなぜでしょう???
ㅤ
ㅤ
こういった謎を、タイ正月の度に時折り問いかけてきましたが、なかなかすっきりと、理解を得られません。
ㅤ
ㅤ
今回は、なぞ解きを順にするのではなく、答えの方からズバリ記しておきましょう。
でないと、書き手の方の頭もその内混乱して行きそうだからです。
ㅤ

ㅤ
タイ正月が暑い盛りの4月中旬になったのは、水掛祭りで正月気分を盛り上げようとした、、、からではなく、そもそも十二支をベースに決めた中国の旧正月(春節)と、インド占星術をもとに新年を決めたタイの旧正月とは、別物だったからです。
ㅤ

ㅤ
これでは、説明の半分にしかなっていませんね。
インド占星術だと春分の頃が年の初めだったのですが、発祥地バビロニア(春分の頃)からさらに1か月ほど遅れて、4月半ばがタイの旧正月になりました。
ㅤ
ㅤ
中国や西欧の寒い国々が、春の訪れを望んで、1月初めや立春の頃を新年としたのに対して、
常夏の国タイは、あまり季節変化に無頓着じゃなかったのかなと思われますが、、、
タイの旧暦が、日本や中国の旧暦と、違う歩みなのがお判りになりましたか?ㅤ
ㅤ
ところが、タイでも、年の初め(1月初め)は、実は、夜が長く寒さの際立つ冬至の頃に当たったのですね(これ以降、さらに混乱するといけませんので、これ以降は付け足しで)。
ㅤ
ㅤ
タイでも旧暦(今でも仏教行事に使われています)から太陽暦に変わったのは、日本の明治維新と同じで、19世紀末のラーマ5世の時。
ㅤ
ㅤ
ところが、日本の会計年度と同様に年初が4月1日だったのが、
18世紀末のラタナコーシン朝以来、1941年戦時中のピブーン首相が1月1日を年初とするまで続いていたのですね。
つまり、1月1日(新年の日とは限らない)はずっと寒季の1月1日だったのです。
ㅤ
ㅤ
世界の暦の歴史を見ると、
1~2月はなかったり(古代ローマのユリウス暦)、タイの様に4月がスタート月だったり、
歴史と共に年の初めも変わってきたようですね。
ㅤ
ㅤ


