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クリントン国務長官の歴史的訪問でもなお応えられないビルマの2つの課題(下)
米国ヒラリー国務長官の歴史的なビルマ訪問に当たって、
少数民族への政府軍のここへ来ての弾圧に加え、ビルマの抱えるもうひとつの
課題は、政治犯の釈放である。

革新的なテイン・セイン大統領だが、政治犯の問題についてだけは、
以前の軍事政権のトップと言うことは変わっていない。
「ビルマには良心の囚人(政治犯など)は居ないと信じている」と
なお言っている。
これは、明らかな政治的いつわりの発言である。

10月12日に政治犯200人ほどを含む6000人を超す囚人が
恩赦で釈放されたが、その後11月にも釈放のうわさが立ったが
釈放はなかった。なお500人から1900人ほどの政治犯が牢獄の中に居ると
見られる。

ビルマにおける政治犯の釈放は、過去何度か行なわれてきている
(政府は、政治犯の釈放とは言わないが・・)。
1992年タン・シュエ将軍(今は78歳)が国家元首・首相の座に就いた時は、
数千人の釈放令を出したし、2004年キン・ニュン首相が失脚した後も、
数千人の政治犯を釈放している。
言い方は悪いが、多くの政治犯をしょっ引いて、その後
釈放すれば、釈放の実績はいやでも増える。
実際、逮捕→釈放→再逮捕といった形も多い。

今回のクリントン国務長官の来訪にあたって、ビルマ政府は
何人かの政治犯を釈放し、民主化路線を印象づかせようとするかも
知れないが、なお現政権と厳しく対立する政治犯は釈放しないと見られる。

2週間ほど前に、最も名の知られているふたりの政治犯、
ミン・コ・ナイン(政治家と言うより詩人)とクン・トゥン・ウー(シャン州出身の
政治家)等が、居場所を移されたと、チェンマイ在住のイラワジ誌編集長の
アウン・ザオ氏は伝えている。
例えば、影響の少ないミン・コ・ナインを釈放して、政治的影響力の強い
コ・コ・ジー(88年学生反乱の時のリーダー)はとどめるといった形が
考えられるという。

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アメリカも楽観的には見ていない。
1988年のデモ鎮圧以来続いている経済支援の停止、経済制裁の
執行を、国務長官の50年ぶりの訪問だから、すぐさま取り止めると
いうつもりはないようだ。
クリントンは言っている。
「我々は経済制裁を取り止めるなど、急な変更を行なうつもりはない。
もう少し、事実を確かめる必要がある」と。

ビルマを何回か訪れている、かつての大統領候補の米国上院議員
ジョン・ケリーも、「なお言葉より、行動に重みがある。ビルマ政府は、
無条件ですべての政治犯を釈放し、国境沿いでの残虐行為をやめさせる
必要がある」と述べている。
ビルマ新政権のいろいろな口約束をそのまま受け止めてはいない。

アメリカにとって、ビルマは東南アジアの重要な一国という以上に、
豊かな鉱物資源を持ち、北朝鮮との核開発の疑惑を抱え、
さらに中国との緊密な関係という点から、戦略的にもほうっておけない
国になっている。

クリントンの訪問を控えて、中国も動いている。
フー・チンタオ(胡錦濤)主席の後任者(2013年予定)と目される
シー・ジンピン(習近平)副主席は、11月28日、北京で
ビルマの軍のトップ、ミン・アウン・ライン最高司令官と会って、
「我々の従来からの絆を変わりなく強めよう。戦略的な協力を
惜しまない」と、米国の接近に対して、ビルマ軍を押さえにかかっている。

オバマ大統領は、クリントン国務長官を送り出すに当たって言っている。
「ここまでビルマの進歩へのフリッカー(明かりの点滅)を見てきている。
進歩は進歩で、歓迎すべきだ。しかし、フリッカーだけでは、改革への
道に乗ったかどうか判断するには不十分だ。まだだ!」と。

12月1日からのクリントン訪問は、ポップスター並みの人気で扱われるだろう。

ビルマ政権が、クリントンの問いかけに十分答えられるだけの準備が
できているだろうか。おそらく、まだだろう。
by ucci-h | 2011-11-30 15:46 | ミャンマー・ラオス・カンボジア
クリントン国務長官の歴史的訪問でも応えられないビルマの2つの課題(上)
12月1日(木)~2日(金)の2日間、米国のヒラリー・クリントン
国務長官が、米国国務長官としては50年ぶりとなる歴史的な
ビルマ訪問を行なう。
このこと自体が、ビルマの民主開放化を示すニュースになる
わけだが、アメリカは、そのままビルマの開放路線の宣伝役に
なるわけではない。

ここ数ヶ月、ビルマの開放路線は急ピッチで進み、すでに
民主化路線に完全に乗ったかのようにも見えるが、必ずしも
そうではない。
①地方少数民族との闘争、②政治犯の釈放問題が、大きく
残っている。

前回お伝えした、地方少数民族軍隊と中央政府との話し合いでは、
大きなところの中で、最北州カチン州の「KIO」(カチン独立組織)
だけが入っていなかった。たまたまの事情かもしれないが、
カチン族75万人と中央政府との関係は、ここ数ヶ月むしろ悪化している。
 「ひそかに進むビルマ新政府と地方民族軍隊との話し合い 2011-11-28」
  http://uccih.exblog.jp/15017460/

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この6月、それまで曲がりなりにも17年間保たれてきたKIOとの
停戦が破られた。政府がKIOに対して、カチン軍を政府の
国境警備隊に編入させるよう求めたからだ。

カチン族は、イラワジ川上流の丘陵地帯に住み、多くがキリスト教徒
となっている山岳民族だ(山の民がキリスト教徒になる等はタイの山岳民族と同じだ)。
第2次大戦のビルマ戦線で英米につき、日本軍と
闘った勇猛な民兵を持つ。

その後数ヶ月、現地に入った人権団体の視察によると、
カチン州でのビルマ国軍兵士による民衆への殺人、レイプなどの
人権蹂躙、犯罪が著しいということだ。
3万人の難民も出ていると言われ、カチン州には民主化改革の
片鱗も見られないと言う。
急ぎの住民支援が必要と言う。

もっとも、中央政府も火消しに手をこまねいているわけではない。
11月29日(火)にも、KIOの代表ジェームス・ルム・ダオは政府側と
話し合ったはずだ。

クリントン国務長官も、「今回の訪問の中でもっと多くの事実確認が
必要」と言っているが、このエスニック(民族)人権問題を
どういう形で出すか注目される。
ビルマ政府は、そのとき何と答えられるだろうか。

(続く)
by ucci-h | 2011-11-30 15:38 | ミャンマー・ラオス・カンボジア
接近するゴム生産世界一のタイと自動車生産世界一の中国
世界最大のゴム輸出国タイランドと
世界最大の自動車生産国中国が、
ゴム産業の付加価値づくりで接近しようとしている。

タイは、2010年世界の天然ゴム生産の四割近くに当たる
325万トンのゴムを生産し、9割がたを輸出する世界トップの
ゴム供給国。
しかし、天然ゴムをゴム板として輸出するより、付加価値を高め
供給したい意思をもつ。

中国は、アメリカと日本を合わせた台数を上回る、世界トップの
自動車生産国。クルマは、4つのタイヤ始め多くのゴムを使う。
世界トップのゴム消費国中国は、昨年280万トンのゴムを輸入したが、
その4割近くはタイからだ(輸入額15億ドル)。
中国は、一次産品で供給が天候等で振れやすいゴムの
安定確保をめざしたい。

そこで、タイと中国が手を結び、中国が安定供給確保を図ると
同時に、タイがゴム生産の現地での付加価値アップを図れないか
ということになる。
タイの場合、ゴム・プランテーションの多い南部の社会不安
解消の助けになればとも目論む。

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そこで、中国の技術を借りて、タイでのゴムの付加価値アップを
図れないかということになる。

まずは、タイ・アセアンと中国を結ぶ中間点の
中国広西自治区の南寧市に、「UNIDO」(国連工業開発機構)と
南寧政府が作ることに合意した「中国アセアン・ロジスティック基地」の
「南寧国際ゴム取引所」をプラットフォームに研究開発しようということになる。
タイと中国の政府間のプロジェクトだ。

タイと中国の思惑がどううまく展開していくのか
わからないが、両国の接近の意味合いは判る。
タイで多くの自動車を作っている日本は、傍観か、
それとも?
by ucci-h | 2011-11-29 20:47 | アジアの自動車市場
輝きを取り戻してきたスリランカ
スリランカ(旧セイロン)は、タイなどへの上座部仏教伝来の地である。
しかし、近年、「タミール・タイガー」の名で知られるように、反政府軍による
内乱が絶えなかった。

インドの南端から見えるセイロン島は、6万5600平方km。
北海道(7万8000平方km)の84%の広さの土地に、
2000万人が住んでいる。
1972年より採用された国名「スリランカ」の接頭辞スリ(聖なる)は、
タイの地名の頭に来るシー(シー・サケットやシー・チェンマイなど)と
同根だろう。

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北インドから来たと言われる「シンハラ人」(現人口の74%を占める)が
前3世紀には上座部仏教をこの島にもたらした。
しかし、13世紀より南インドの動乱で、タミル人(現人口の18%)が
この島に多く来るようになり、民族対立が近年にいたるまで、
スリランカ内戦の火種となってきた。

1948年の独立後も、タミル人の選挙権を剥奪したり、シンハラ語を公用語として、
タミル人を公務員から排除するなど、タミル人の追い出しが続き、
1972年の「スリランカ共和国」成立後、「タミルの虎」による分離独立運動が
始まった。

こんな狭い島で、南北インドを起源とする二つの民族が争わなくてもいいのにと思うが、
内乱は、1983年から2009年まで四半世紀続き、
2年前の5月のタミル側の敗北でいちおう終わった。
1991年には、インドのラジーブ・ガンディー元首相が、シンハラ側の肩を持ち、
タミルの虎に暗殺されている。

スリランカの一人当たりGDP(2010年)は、2428ドルと、世界121位。
その後に、モンゴル、フィリピン、ブータンと来る。
四半世紀にわたる内戦が経済活動を阻害した。
セイロン茶とルビー、サファイヤなどの宝石の島である。
あと、ココナツ、ゴム、コメがとれる。
輸出品の中心は、繊維・衣料品(輸出の42%)と紅茶(17%)である。

内戦終結から2年半、この島にもようやく平和が戻ってきた。
ことに内戦で遠ざかっていたツーリストが戻ってきた。
2010年は65万人だった観光客が、今年は、11月半ばで
すでに75万人を突破、年間では史上最高の85万人には
達しそうである。

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スリランカ観光局は「リフレッシングリー・スリランカ」を謳い、
ニューヨーク・タイムズ紙も、2010年5月に、「行きたい所31箇所」
のトップにスリランカをあげていた。
東北海岸ベンガル湾に面するトリンコマレーのブルー・ホエールの
見物、東海岸アルガム湾のウインドサーフィンと海洋資源が豊富だ。
スリランカには、また、7つもの世界遺産がある。

西南海岸沿いに、最大都市コロンボから南の港ゴールまで
100kmにわたりモダンなハイウェイが開通した。

スリランカのGDPは、2011年8.3%ほど伸び、2012年には9%ほど
伸びようと見られている。
輸出の伸びに、観光の伸びが加わる。
21012年3月28-30日には、「スリランカ・エキスポ」が計画されている。

タミルの虎は、永久に眠ったのだろうか。
by ucci-h | 2011-11-29 19:55 | 中国・韓国そしてインド
幸福の国ブータンの経済的貧困
今月、新婚間もない美男・美女の国王夫妻が、日本、タイを
訪れた“幸せの国”ブータン。
日本の都道府県で人口46位の島根県(72万人)ほどの人口70万人の小国
ブータンの「GNH」(国民総幸福量)は有名になったが、
経済面ではどうなのだろう?

ブータンの経済面での充実は、GNHと対立するものではなく、GDPの成長は
GNHの大事な一部と言われている。当然だろう。
問題は、文化や環境面の保護は、規制すればできることだが、経済の成長は
それなりの戦術・戦略がいるので、すぐに軌道に乗せるとは行かないことだ。

ブータンの一人当たりのGDPは、2010年で世界124位の2069ドル。
モンゴルやフィリピンに次ぐ位置だ。タイ(一人当たり4992ドル)の4割の
水準である。
昨年も11.7%の経済成長を果たしており、GDPの水準自体がどうこうと
いうことではない。

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問題は、ここ数年、貧富の差が解消されていないことだ。
国民の4分の一は、なお1日70セント(約56円)以下で暮らしていると言う。
月間21ドル(1700円)、年間255ドル(20440円)では、いかにもきついだろう。
貧困問題が解決されていない。

地方と都市の差が著しく、この1日70セントという貧困ラインを下回る層は、
都市では2%まで下がってきたが、田舎ではなお30%に達すると言う。
政府のGNH委員会の目標は、貧困率を、現在の23%から15%に下げることである。
地方での道路や灌漑設備の建設が重要だが、なかなか進まないようだ。

一方で、役人の汚職は、増加傾向にあるという。
テレビは、国のひとつのチャネルに対して、インドからの放送が12もあるそうだ。
経済的にインドにおんぶに抱っこの国だが(水力発電の輸出、労働力の移入、
経済援助)、文化的にもインドに席捲されそうだ。

観光も大きな資源だが、環境を保護するとの建前から、
入国者数が制限される政策を取っており、経済への貢献もいまいちだ。

経済発展は、自由な市場から生まれる。
幸福の国ブータンも、規制ばかりでなく、経済面でのポテンシャルをもっと生かせば、
貧困からの脱却をはかれるだろうと思うが、どうなのだろう?
by ucci-h | 2011-11-29 18:03 | 中国・韓国そしてインド
世界のワイン・メーカーが狙う世界5位の中国市場
ワインという飲み物は、面白いもので、経済成長が進むに連れて
安くなり、普及する。

当初ワインが高い飲み物だったアメリカでは、30数年前の
70年代末、店頭でテーブル・ワインが一本3~4ドルと
手頃な値段に下がり、普及した。
今では、フランス、イタリアを抜いて、国としては世界一の消費国
である。
世界のワインの年間消費量27億ケース(1ケース12本)の
ほぼ12%に当たる3億3千万ケース(40億本近く)を消費している。

日本でも、バブル期を経て、一本1000円以下のワインが
普及した。日本の年間消費量は25万klほど。
一本750mlとして、2800万ケースほど。割りに少ないんだなあ。
世界のシェアで1%ほどか。アメリカの8.5%ほどしか飲んでいない。
アメリカが1ケース買うときに、日本は一本買う勘定だ。

タイでは、ワインはまだ高い飲み物だが、ようやく一本300~400バーツ
(900~1200円)の安いものが出てきた。もう少しだ。

欧州の経済地盤が沈下するにつれ、新旧ワイン・メーカーは、
アジア、中でも人口14億人を抱える中国市場を視野に入れてきた。
11月第2週に香港で開かれたワイン・スピリッツ・トレードフェアには、
世界37カ国から1000の展示企業が集まったと言う。

香港は、2008年にワインの輸入関税を撤廃してアジアのワイン・センター
になることを目指している。今年も9ヶ月でワインの輸入金額は9.4億ドルへと
前年比60%増加している。

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中国のワイン消費はここ数年伸びてきたところだ。
今年は、英国を上回り、世界第5位のワイン消費国になろうと、
「IWSR」(国際ワイン・スピリット・リサーチ)により、予測されている。
アメリカ、イタリア、フランス、ドイツ、中国、イギリスの順になりそうだ。
2015年には、アメリカを抜き、世界トップのワイン消費国になろうと言う
予測も、別のところから出ている。

中国の2010年の消費量1億2500万ケース(1億8000万ケースと
いう数字もあるが)は、2016年には倍増の2億5000万ケースになろうと
IWSRは見ている(この予想ではアメリカには追いつかないが・・)。

いずれにせよ、伸びることは間違いないのだろう。
9月には、クリスティーのオークションで、中国人が、
プレミアム・ワインの「シャトー・ラフィット・ロチルド」(1981-2005年物)を
25ケース、300本を、ワイン・オークション史上最高の54.1万ドルで
手に入れて話題になった。一本あたり1800ドルである。

中国のワイン市場は、金持ちがコレクションやお祝い用に買う高級ワインと
一本数ドルの安いワインに分かれている。
中間のワインがまだ広まっていないそうだ。
アルコール度の高い蒸留酒バイジウ(白酒)で乾杯の
世界にまだ入り込めていない。
酒は食べ物に合わせて味わうものではなく、酔っ払うための
飲み物だ。タイに似ている。

余談だが、昨年ホーチミン市へ行ったら、
街角のレストランでベトナムの女性がふたりで赤ワインで
乾杯していた。フランスが宗主国だった国は違う・・。

アジアでワインが広まるのはうれしい。
早く、チェンマイにも安くてうまいワインが多く出回って欲しい。
by ucci-h | 2011-11-28 14:35 | 中国・韓国そしてインド
ひそかに進むビルマ新政府と地方民族軍隊との話し合い
ビルマ(ミャンマー)は、135の民族が居ると言われる多民族国家である。
1962年の軍事政権の成立以降、各地方の自治を求める少数民族
およびその民兵と中央政権の紛争が繰り返され、半世紀が経った。

ビルマの急速な開放路線の進展の中での大きな課題のひとつは、
こういった地方の勢力との和解である。
ビルマの地図を見ると分かるが、5000万人人口の68%を占める
ビルマ族3400万人は、縦長の連邦国家のほぼ中央部分に多いが、
少数民族は東部や西部の周辺部の州に多い。

・その中でも最大の州は、北タイと接するシャン州である。
メーサイからビルマ領のタチレクのみやげ物屋へ入れるが、
ここもシャン州である。
ビルマの面積の23%を占めるこの広い州には
シャン族が多く住み、ビルマ全人口の9%、450万人が居る。
ここには、SSA(シャン州軍)の民兵がおり、中央政府と対峙してきた。
また、シャン州北部には、UWSA(ワ州連合軍、ワ州は今はないが)がいる。

・中国と国境を接するビルマ最北部のカチン州。
カチン族はビルマの人口の1.5%ほど、75万人ほどといわれるが、
ここにはKIO(カチン独立組織)があり、KIA(カチン独立軍)を持つ。

・シャン族に続いて多いのは、カレン(Kayin)族だ。
ビルマの人口の7%、350万人ほどが居ると言われる。
北タイにも多く住んでいる。カレン州もタイ北部と接しているが、
ミヤワディからタイのメーソットへ流れてくる難民で有名だ。
ここのKNU(カレン民族同盟)は、KNLA(カレン民族解放軍)を
持つが、ビルマの反政府組織としては最大級だ。
いつも闘争のニュースがタイに伝わってくる。

・シャン州とカレン州に南北をはさまれた小さな州、カヤー(旧カレンニー)州は、
タイのメーホンソンと国境を接している。カレンニー族は38万人ほど。
ここにもKNPP(カレンニー民族進歩党)があり、カレンニー(赤カレン)軍を
持っている。

・最後に、ビルマの西部、インド東部と接し、チン族30万人を抱えるチン州にも、
CNF(チン民族戦線)があり、中央政府と闘ってきた。

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以上見てくると、ミャンマー連邦では、周辺の州が中央政府と対峙し、
いまだ戦国時代が終わっていないかのように見える。
新政権が、開放改革路線を進めるに当たって、地方軍隊との和解は
一大要件だ。

11月になって、ひそかに新政権と地方軍隊との接触が始められたようだ。
11月20日の週末には、テイン・セイン大統領に代わるウ・アウン・ミン鉄道相
が、地方の4つの軍隊の代表とひそかに会合を行なっている。
4つの民族軍隊は、シャン族のSSA、カレン族のKNU、カレンニー族のKNPP、
それにチン州のCNFだ。カチン族を除く主な少数民族軍隊の代表だ。

この後、停戦の交渉が進めば、さらに各州の政府代表と駐留中央政府軍の
高官を入れて、話を進める予定だ(SSAとCNFは、6週間以内の
この地方ミーティングを承諾した)。
最後に、すべてを首都ネピドーに招待して、正式合意に持って行きたいようだ。

この間、①地方の軍隊のメンバーは、武器を持たなければ、自由に相互に
行き来できるようにする、②合意に向けて、地方の住民に、各グループは
自由に希望や意志を問うことが出来るようにする、などが認められた。

停戦の見通しは立てやすいが(今までも何回も停戦はある)、問題は、
停戦後の平和の維持である。
最大の課題は、地方の経済の発展である。今までは、経済発展の絵を描けず、
挫折して来た。

今回は、経済特区を設け、経済発展プログラムを策定することが
決められ、中央、地方の両方で、これの青写真を出して行くことになったようだ。
麻薬栽培の撲滅はいいが、いかに地方経済を活性化させるかが、
地方平定のカギとなるだろう。

この間、ビルマでは歴史的なことが続いて起こっている。
ビルマが1948年に独立した時、初代大統領となったのは、シャン州の
ヤウンウェー王国の王子であったサオ・シュエ・タイクであった。
しかし、1962年の軍事クーデターで、上の息子は殺され、彼は
囚われ、牢獄で怪死する。

その末息子ハーン・ヤウンウェーは、翌年1963年、15歳でタイへ亡命する。
その後半世紀、カナダなど海外にいたが、今回はじめてビルマの地へ戻ってきた
(今は63歳のおじさんだが・・)。
今回現政権と他のグループの会合の影の立役者は、彼だと言われる。
by ucci-h | 2011-11-28 01:19 | ミャンマー・ラオス・カンボジア
タイ・ラオス第3友好橋開通の意味
2011年11月11日に、メコン川にかかる3つ目の「タイ・ラオス友好橋」が
開通した。

一つ目は、1994年4月にタイの東北部の国境の街ノンカーイからラオスのターナレーン
まで3.5kmに架けられた友好橋。豪州企業が3000万ドルをかけて作ったと言われる。
ラオスの首都ビエンチャンへはすぐだ。
この橋には、2008年から鉄道が通るようになった(15分、20バーツ)。

二つ目は、2006年12月に竣工した「タイ・ラオス第2友好橋」。
日本のODAの借款80億円で、三井住友建設によって作られた。
タイの東部国境ムクダーハーンとラオス南部の街サワンナケートの2.1kmを結んでいる。
この橋は、ベトナムにもつながる東西経済回廊として重要になってきている。

そして、2011年11月に完成したのが、このいわば「タイ・ラオス第3友好橋」。
ムクダーハーンの北80kmにあるナコーン・パノムの街とラオス中部のカムアン県を
結ぶ。5700万ドルほどかけて完成された。ラオスを経て、ハノイが近くなる。

なお、北タイのゴールデン・トライアングル(チェンセーン)の東、チェン・コーンでは
今はラオス側のフエ・サイの街へは渡し舟だが、2012年末めざし、「タイ・ラオス第4
友好橋」建設の工事が始まっているが、完成はなお数年先になりそうだ。
ここができれば、中国雲南省へ一番近くなろう。

今回できたナコーン・パノムの第3友好橋はどんな位置づけになるだろうか。
ちなみに、タイ東部の街ナコーン・パノムは、クメール文化圏だ。
ナコーン(都)・パノム(丘)のパノムは、カンボジアの首都
プノン(丘)・ペン(ペン夫人)のプノンと語源は一緒なのだろう。

タイ・ラオス友好橋の建設と言っても、ラオスとの交易・交流を拡大しようと
いうわけではない。その背後のベトナム、そして中国との交易がねらいである。
なかでも、東西回廊の狙いは、ベトナムのハノイの向こう側にある中国南部、
南寧市や桂林市のある広西チワン族自治区との交流である。
昆明市、麗江市のある中国雲南省ならタイ北部からのアプローチが近いが、
昔の広西省にはタイ東部からのアプローチが近い。

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(写真は、newscrip.beより)

広西チワン族自治区は、人口5000万人、GDPは推定1300億ドル(2010年)と、
ベトナムの1035億ドルを上回ろう。西隣りの雲南省は、人口4500万人、GDPは
同じく1040億ドルほどと、現在のベトナムほどの経済規模を持つ。

広西チワン族自治区までは、ナコン・パノムから岩山のラオスの12号線を横断して、
ベトナム経由で1090kmである。時間は、税関手続きなどすべてを入れて31~34
時間かかるという。
それでも、ムクダーハーンの第2友好橋ルートでラオスの9号線を走り
ベトナム中部へ出て、そこから中国へ向かって北上するルートより、
260kmほど短くなると言う。
時間にして5時間近く節約できると言う。

人口5000万人の広西チワン族自治区は、タイの果物の重要な市場だ。
昨年は輸出額は5割も伸びて、30億ドルに達した。量も200万トンに
倍増した。
中国とは23種類の果物の2国間自由貿易ができており、伸びている。
マンゴー。マンゴスチン、ラムヤイ、ドリアンが運ばれる。
多くが今まではムクダーハーン第2友好橋経由だったわけだが、
第3ブリッジの完成により、ナコン・パノム経由が中心になろうかと
見られている。
橋ができる前でも、毎日果物を積んだ30台のトラックがフェリーで
ラオスのカムアン県に向かっていたが、今後はもっと多くのトラックが
橋を渡れることになる。

しかし、ナコン・パノムがムクダーハーンに取って代わるには問題もある。
ラオスの南の9号線はフラットなのに対して、ナコン・パノムからの12号線は山道で、
輸送コストはムクダーハーンからよりもかかりそうだ。
また、1,2号友好橋のゲートが、朝6時から夜10時まで開いているのに対し、
この3号ブリッジは今のところ夕方6時に閉まってしまう。

いずれにせよ、この3号友好橋の開通により、タイからベトナム、中国への
輸出が増えることは間違いないだろう。
中国からは何が来るのだろうか?
by ucci-h | 2011-11-27 22:28 | アセアンの動向
年間でマイナスに転ずるタイの電子・電気産業の輸出
電子・電気製品は、タイの主要輸出品である。
2010年も、HDD等のコンピュータ部品、IC、
ラジオやテレビ等の電気製品の輸出額は、商務省によると、
1兆1200億バーツ、373億ドルに達し、
タイの総輸出額6兆1760億バーツ(2059億ドル)の18%を占めた。

その電子・電気製品の輸出が、年後半の洪水の影響で、
今年は、5~6%のマイナスになりそうである。
9ヶ月間では、それでも6%ほどの伸びで来たが、
第4四半期(10~12月)のHDD(ハード・ディスク・ドライブ)を
中心にした大きな落ち込みで、年間ではマイナスになりそうだ。

HDD工場が水に浸かった影響は、来年第1四半期まで持ち越されそうだ。
HDDだけで、タイの電気・電子製品の輸出額の3分の一を占めている。
第4四半期は、HDDだけで20億ドルの落ち込みと見られ、電気・電子製品
全体では、30億ドル以上のマイナスとなりそうだ。
電気・電子製品の輸出額は、通常なら月々30億ドルを超えるから、
その影響の大きさが伺えよう。

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ここにきてのタイの電気・電子産業の問題は、欧米の需要不振と
洪水だけではない。
以前記したように、最低賃金の300バーツへの引き上げが(来年1月から
4月に延期されたが)、大きな影を落としている。
 「踏んだり蹴ったりのタイの電子機器産業 2011-10-4」
  http://uccih.exblog.jp/14693664/

韓国のマクソン・システムズという会社は、水没したロジャナに3つの
工場を持っているが、うちひとつをカンボジアのシソフォンに移すことを
11月21日に決めたと言われる。
ロジャナはなお水が引けないが、これが長引くようだと、
大幅賃上げと洪水を嫌って、他国にシフトする外国資本が増えるかもしれない。

なお、最低賃金の一挙引き上げでなく、暫時引き上げが期待されるが・・。
by ucci-h | 2011-11-27 19:08 | 貿易・直接投資の動き
このままなら止めた方がいいプロ・テニスのロンドン最終戦
プロテニス・ツアーの男子最終戦「ATPワールド・ツアー・ファイナルズ」が
ロンドンで行なわれている。
“シーズンの最後を飾るトッププロ上位8人による最終決戦”といえば、
8日間、毎日12500人の観衆を集められて、主催者はいいが、
今のままなら見ていてあまり面白くないから、やめたほうがよさそうだ。

このトーナメントは、8人が4人ずつに分かれ、総当りのリーグ戦を
行ない、上位2名ずつが、準決勝、そして決勝へ行く。
このロンドン大会での優勝ポイントは、バンコクの250点、東京の500点、
そしてマスターズ大会(年9試合)の1000点を上回り、グランドスラム4大会の
2000点に次ぐ、1500点(ただし無敗が条件)と高い。

今年世界でがんばって世界ランク25位に上がった錦織圭君がことし
27のツアーに出て、獲得したポイント合計が1430点だから、
ロンドンの優勝ポイント1500点は、これを上回る。

世界のプロ・スポーツの中で、1月から11月まで11ヶ月間試合があり、
休みは12月1ヶ月のみというスポーツも珍しい(1月には全豪がある)。
たいていのスポーツは、年3-4ヶ月のオフがある
(日本の大相撲も昔は“1年を20日で暮らす良い男”と言われたが、
今では年6場所、90日も取り組みがあり、地方巡業も入れると、
怪我が増え、たいへんだ)。

テニスのトップ・プロたちのスケジュールへの不満は最近増えている。
秋が深まるにつれ、体の故障でリタイアする選手が増えてくる。
 「プロ・テニスのスケジュールは過密か 2011-10-13」
  http://uccih.exblog.jp/14748681/

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それが、煮詰まるのがロンドンのファイナルズだ。
優勝者は1500点(無敗でないと500)、準優勝は400点、準決勝勝ち上がりは
200点だが、賞金は、今年の場合、無敗のチャンピオンは163万ドル(約1億3千万円)、
準優勝は38万ドル、準決勝勝ち上がりは12万ドル。参加賞金だけで12万ドル、
代役は7万ドルと、賞金も高い。

通常のツアーと違い、実力の高いトップ・プロ同士の闘いだから、
連日気が抜けずに、いっそう疲れるだろう。
8人中、5~8位の選手は稼いでランクを上げるチャンスなのでがんばろうが、
トップ4人となると、すでに1年間稼いできているし、1年間疲れた体を守る方が
先に立つのが人情だ。

さっそく、世界3位になった地元のマレー選手は、1試合闘っただけで
背中の痛みで退いた。世界1位のジョコビッチ(セルビア)、2位のナダルも
試合を見ていても、精彩がない。二人ともリーグ戦で2敗し、脱落した。
ひとり老練フェデラー(世界4位)だけが無敗で気を吐いている。

準決勝は、フェデラー対フェラー(スペイン、5位)、ツォンガ(フランス、6位)対
ベルディッチ(チェコ、7位)と、4~7位が準決勝に進出した。

敗退したナダルが言っている。
「体も疲れていたが、気力も疲れていた。足が思うように早く
動かなかった・・」。
トップ・プロらしき言葉と言うなかれ。
トップ・プロを、万全の調子でなく、疲れさせて、名前だけで
売るのは、詐欺とは言わないが、見ていて面白くない。

ジョコビッチやナダルのゲームを途中でテレビを切ったのは
今年初めてだ。
by ucci-h | 2011-11-26 23:33 | スポーツ観戦
  

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
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