人気ブログランキング |
タイ北部旅行記 ーーその5(最終回).タイの歴史を感じさせたプレーの街--
タイ北部旅行記
ーーその5(最終回).タイの歴史を感じさせたプレーの街--



最後の3日目は、朝プレーの街に戻って、
街を見てみました。
ここは藍染めとチーク材で知られる街ですが、
この町では、4つの建物を見ました。



d0159325_01180821.jpg

ひとつは、チーク材の柱が何本も立てられ、
チーク材で建てられている「バーン・プラタップジャイ」邸。
昔の邸宅だったようですが、今は中は美術館になっています。
今は伐採が禁じられているチーク材の取引が、19世紀には、
この町中心に北タイで盛んだったことがうかがわれます。


もう一つは、「ウォンブリー館」。
19世紀チーク材で財を成した人のピンク色の洋館。
2階建ての可愛らしい建物は、タイの中でも住みやすそうな感じがいい。
庭のレストランではカオソイが食べられる。

d0159325_01181465.jpg



さらにもう二つを見たが、
こちらは、タイの現代史を感じさせる建物。

ひとつは、セリ・タイ(自由タイ)運動の博物館。
小さな博物館だが、街の中の病院の裏にある。
入場自由。

d0159325_01174916.jpg

なぜプレーにセリ・タイの記念館があるのか?
タイ東北部のサコン・ナコンが、抗日運動の軍事拠点
だったはずだが・・・。
d0159325_01175526.jpg

https://uccih.exblog.jp/13768568/
セリタイで頑張った人間が北タイにも多かったという事だろう。

d0159325_01180106.jpg

建物の中の写真には、
日本軍が降伏し、軍刀をタイ側に渡す
ランパーンでの写真がある。



もうひとつは、「クム・チャオ・ルアン」邸宅。
19世紀半ば、時のラーマ5世と懇親だったプレーの
貴族の邸宅で、白い欧風の建物です。

d0159325_01182292.jpg


1,2階の迎賓館のような邸宅は当時の優雅な生活をうかがわせます。
そして、それと対照的に、地下には拷問の絵もある地下牢。

d0159325_01182840.jpg

豪華なディナーと残酷な地下牢が床を隔てて上下にある。
タイ風いうより、何かヨーロッパ風の感じがします。



午後、プレーを後にして、途中ランパーンに寄り、
夕方3日ぶりにチェンマイに戻りました。


ナーン、プレーの両県とも、何もない田舎という
わけではなく、ゆったりと時間の流れる静かな街でした。

d0159325_12540208.gif



終わり




# by ucci-h | 2019-02-11 01:25 | チェンマイ近郊お勧め所 | Comments(0)
タイ北部旅行記 ーーその4.ナーンとプレーには何があるの?--
タイ北部旅行記
ーーその4.ナーンとプレーには何があるの?--


ナーン県は、チェンマイ県の真東に位置する。
しかし、山に阻まれるので、南のランパーン県からプレー県を
回っていくことになります。車で
距離315km、所要時間4時間40分とグーグルマップには出ます。


ナーン県には何があるでしょう?
タイ人とお寺とたんぼ以外ナ~ンにもないってこともないでしょう。

チェンマイからランパーンまで100km、1時間半。
ランパーンからプレーまで105km、1時間35分。
そしてプレーからナンまで115km、1時間40分。
計315km、5時間弱の行程です。


d0159325_12540208.gif


2019年1月末、プレー、ナーンへの旅に行ってきました。
最初の日は、ナーンの街を越えて、ナーン県のプア郡(アンプール・プア)の
ホテルまで一挙に行きます。
人口7千人のプアの町(タンボン)は、山のふもとの静かな
のんびりした街です。


d0159325_00480573.jpg


町の北方東に延びる山並みは、
タイで最大の国立公園「ドイ・プーカ国立公園」です。
海抜1980mのドイ・プーカ山は、ラオスのルアンパバーン山脈の一角です。
朝方、車でゲートまで行きましたが、キャンプ場もあります。
ドイ・プーカ国立公園の広さは1700㎢、日本の北アルプスを包む
中部山岳国立公園全体の広さに近いです。


d0159325_00481494.jpg



d0159325_00481968.jpg


プアの街のホテルの庭からは霧に包まれた山並みが眺められました。
絶景ですが、日本の山並みと比べると、なにかのどかな眺めです。


d0159325_00482631.jpg


プアの街並みもいかにも高原の街といった感じで
素朴な食堂のタイ料理もとてもおいしかった。


d0159325_00481026.jpg



2日目は、ナーンの街へ。
ナーンの街で印象に残ったのは、
街の真ん中にあるお寺、「ワット・プーミン」と南方の郊外にある
「シーナーン国立公園」だろうか。


d0159325_00475834.jpg

ワット・プーミンは十字型に組まれた珍しい建物の中に
中央に4体釈迦像があります。
その中央が仏塔。
また4面の壁には、愛情や地獄も含め、色々な壁画が残されていて
興味深いお寺です。

d0159325_00475232.jpg


建立が1596年ということですから、日本では秀吉の第1次朝鮮出兵後
起こった慶長伏見大地震の年に当たります。
関ヶ原の戦いの4年前ですね。


シーナーン国立公園も大きな国立公園ですが(広さ1024㎢)、
その中の「ドイ・サマーダーオ」(星を見つめる山)が有名です。

d0159325_00474689.jpg

ナーンの街の南、緑が広がるとうころこし畑の中から
登っていくと、キャンプ・テントが広がる丘に着きます。
思ったほどの広がりはありませんが、まさに星を眺める丘です。


ナーン川沿いに広がるナーンの街も静かですが、
この日は、プレーまで下り、さらにその先のデンチャイの
リゾートホテルに泊まりました。


d0159325_00473701.jpg


その4終わり
# by ucci-h | 2019-02-11 00:57 | チェンマイ近郊お勧め所 | Comments(0)
タイ北部旅行記 ーーその3.タイ北部9県は隠れた山岳公園の宝庫--
タイ北部旅行記
ーーその3.タイ北部9県は隠れた山岳公園の宝庫--



さて、北部に住む私にとって、タイ北部の県は身近な存在です。
北部の中でも、最北部の9県はいわば近隣の県です。
しかし、タイの国内旅行でもあまり行かないところが多いのです。
これら9県には、海がなく、山を越えていくところが多く、
またあまり有名な観光資源が見当たらないからです。



d0159325_12541281.png

タイの国内でも、近年では、隠れた観光地を北部の求めようと
いったキャンペーンもやっていますが、やはり冬場、寒さ(涼しさ?)を
求めてやってくるのは、ここチェンマイが圧倒的なようです。
あとは、さらに北にあるチェンラーイ県の山岳地帯でしょうか。


d0159325_12540208.gif


①チェンマイ県以外の8県では、②チェンラーイ県には知り合いも多く
よく行きますが、他では同じく③ランパーン県、また近くのゴルフがある
かつてはチェンマイ県に含まれていた、隣の工業団地がある
④ランプーン県などはよく行きます。

また、隣の県なのに山を越えて行かなくてはいけない
⑤メーホンソン県には、ひまわり畑の山と日本軍の後を訪ねて行ったものです。
距離の割には、山越えの北か南回りのるーとしかなく、不便です。
ビルマに近い町です。



d0159325_13023804.jpg


そして残る4県が、あまりなじみのない県です。

北から順に東側のラオスに接する形で、⑥パヤオ県、⑦ナーン県、
⑧プレー県、⑨ウッタラディット県の4つの県です。

いずれも人口50万人ほどの、タイにいる日本人でもあまり知らない県です。
「ナーンて、ナニかあるの?」、「プレーって、何をプレーできるの?」
「パヤオって、ジブリの作家の名?」てな具合です。


⑨のウッタラディット県は、イサーン(タイ東北部)への入り口、
ピサヌロークを経由して東北部の大都市コンケーン県や
ラオスの首都ビエンチャンに隣接する国境の街ノーンカイ県へ行く時に通る街です。
ウッタラディット自体は、タイ第2のシリキット・ダムがあるくらいで、
国境の山に行かない限り、通り道でしかありません。

もっとも、ラオスとの国境の山プーイ・ソーイダーオ(星を取り込む山、2120m)の
国立公園には、6.5kmのトレッキング・ルートがあるようで、
一度登ってみたいものです。
この山は、ラオスのルアンプラバン山脈から伸びている山です。
タイの山がラオスの山脈の端にある、両国の近さを感じます。


d0159325_13045067.jpg

タイの国立公園の数は、136と多い(日本は34)。
その4割近くが山の多い北部に存在しています。
なお、国立公園の入場料は高くなって、外国人だとタイ人の数倍の
200バーツ(700円ほど)以上とられます。以前はタイの運転免許証があれば
タイ人並みの入場料で入れたのですが、難しくなりました。



⑥パヤオ県は、チェンラーイに行くときに、経由することがありますが、
街中の大きなパヤオ湖くらいしか知らない。
もっとも滞在すれば、プーランカ森林公園の雲海が見れるようです。


d0159325_13045995.jpg

「森林公園」はタイ全土に69ほどあります。
国立公園に比べれば、小規模で地方政府の管轄になっています。
チェンラーイ県にある景勝地“空を指さす山”プー・チーファーも森林公園です。


d0159325_13071646.jpg



そして残る二つ、 ⑦ナーン県と⑧プレー県に今回行ってみることにした。
山の多い地域だけに、雨期よりも今の寒期の方が適しているからです。


その4に続く

# by ucci-h | 2019-02-05 13:14 | チェンマイ近郊お勧め所 | Comments(0)
タイ北部旅行記 ーーその2.タイは4区分されるが、真っ赤な北と黄色い南に分かれがち--
タイ北部旅行記
ーーその2.タイは4区分されるが、真っ赤な北と黄色い南に分かれがち--


さて、本題のタイ王国ですが、
国土は、首都バンコクを含む①中央部、
②チェンマイを中心とする北部、③イサンの呼び方で
知られる東北部、そして、隣国マレーシアのイスラム文化の
影響が及ぶ南部の4つに大きく分けられます。


d0159325_11152977.gif

タイには、76の県(チャンワット)と首都バンコクが
あります(一都76県)が、県の数で見てみますと、
北部が17県、東北部が20県、南部が14県、
そして中央部が25県+バンコクとなっています。
中央部には面積の小さい「なんとかブリー(街の意)」という名の
県が多いので、県の数ではいちばん多くなっています。


なお、タイの県の行政をつかさどる県知事は、日本と違って、
中央政府の内務省からの任命です。
ただし、全国に23ほどある大都市は、テーサバーンと呼ばれ
(チェンマイ市も含まれますが)、限られた自治権が与えられています。



d0159325_11153926.png

タイをどう4つに分けるかは、
食べ物で分けるやり方がありますが、
もっともわかりやすいのは、総選挙の結果です。

選挙があると、近年では、北部と東北部が真っ赤に染まり、
つまりタクシン派がほとんどの選挙区を押さえ、
中央部と南部は逆に黄色に染まる、
つまり民主党がほとんど勝利するという構図になっています。

この南北真っ二つに分かれるのが変わるのはいつのことでしょうか。
今年は、3月末に総選挙が行われる予定です。


その3に続く


# by ucci-h | 2019-02-05 11:19 | チェンマイ近郊お勧め所 | Comments(0)
タイ北部旅行記 その1.チェンマイの人口密度は岩手県の下?
タイ北部旅行記
ーーその1.チェンマイ県の人口密度は岩手県より下?--


タイは、日本の1.35倍ほどの
広さの国土に、日本の人口の
55%ほどの69百万人ほどが
暮らしています。


従って、人口密度は、日本の
333人/㎢に対して、タイは135人/㎢と
すいています。


さらに、可住面積当たりで見れば、
日本は国土の3分の2が森林という世界有数の山国なので
可住面積は国土の3分の1の122千㎢しかありません。
これに対し、タイは、可住面積が7割を占めます。

そのためタイは可住面積だけで
日本の全面積に近い367千㎢もあるため、
可住面積当たりの人口密度で見れば、
日本が㎢当たり1000人を超えるのに対し、
タイは、その2割弱の188人/㎢と
たいへんすいています。


d0159325_10431182.gif

ちなみに、タイの北部私の住んでいるチェンマイ県の
西隣、ミャンマーと接する山国のメーホンソン県は、
昔の日本軍のインパール作戦から敗走してきた地として
知られていますが、ここの人口密度はタイでも最低の
19人/㎢です。日本の最低の北海道の67人/㎢にはるかに及びません。
チェンマイ県ですら75人/㎢で、46位の岩手県より下になります。


d0159325_10431903.gif

また、タイの東隣の小国ラオスは、
日本に負けない山国で、可住面積は3割しかありませんが、
人口がタイの10分の1の7百万人しかいなく、タイの首都
バンコク1都市よりも少ない少人口国のため、
可住面積当たりでも、100人/㎢とたいへん人口過少です。



その2に続く


# by ucci-h | 2019-02-05 10:50 | チェンマイ近郊お勧め所 | Comments(0)
日傘とメダカと自転車
以前チェンマイに住み、親しく家族づきあいを
させていただいたMさんの奥さんが日本で亡くなって
6か月ほど経ったことが判った。

骨身が削られるほどさみしいことだ。
残された旦那さんに電話して、今年の4月25日に
亡くなられたことが判った。

ことし4月上旬、琵琶湖方面に旅行に行ったとき
メールを打ったが、その時はもう意識が薄かったそうだ。
去年の10月、誕生日が一緒なので、「来年、元気で
誕生日を祝いあいましょうね」ともらったメールが最後になってしまった。

いろいろな所へご一緒に旅行したが、
2014年2月のコンケーンからビエンチャンへの
ドライブ旅行がこちらでの最後になってしまった。
旅行の最後の夜、はじめて体調不良を訴えられ、
その年の4月に日本に帰られた。
病気にならなければ、もっとお付き合いできたのに・・・。

d0159325_16174774.jpg

家内がもらった花模様のピンクの日傘、
我が家の水槽に移し替えたメダカ、
安く譲っていただいた自転車が、
彼女がチェンマイに居た我が家の思い出の品となった。

かつて、京都でお会いした時、
地下鉄の駅にまるで絵から出てきたようにさっそうと現れた
“京美人”の彼女の美しさが目に焼き付いている。
昨年春、大津のお宅にお邪魔した時は、
無理に病院から出てきてくれました。

昨年は自分の仕事の兄貴分だったM(i)さんが亡くなり、
そして今年はこちらで一番親しくしていただいたM(a)さん,
近しい人が、それも比較的年若く逝かれるのは、
なんともつらいことだ。
ただただご冥福を。





# by ucci-h | 2018-10-22 16:21 | アジア的な生活 | Comments(1)
タイのブランディー「メリディアン」はすっきりうまい
タイのお酒はいろいろある。

ラム酒「センソム」(SangSom)は人気があるし、
日本への土産にも喜ばれる。
サトウキビから作ったラム酒である。
値段もリーズナブルだ。

先日のポリスのパーティーで出ていたブランディー「メリディアン」が
美味しかった。うっすらした香りとくせのない味がいい。
たくさん飲んでも頭に残らない。

d0159325_16384464.jpg


値段は高めだが、4年物のブランディーとしては高くない。
パイナップルが原料になっているようだ。
近くのロータスでひと瓶買って、ロックソーダで割って飲んだが
うまい。南国の気候に合う。

これからは、焼酎やウイスキーより、この
メリディアンを我が家の蒸留酒の中心に置こう。


# by ucci-h | 2018-10-19 16:41 | タイでの食 | Comments(0)
戦国時代の女子テニス ーオヴァで終わる名前の選手の多いこと
大坂なおみ選手の活躍もあって、
最近の女子テニス(WTA)は面白い。



日本では放映されない9月末の武漢(ウハン)大会は、
プレミア5(優勝者には900ポイントが与えられる。
4大大会2000ポイントと4つのプレミアマンデトリー1000ポイントに
次ぐ5つの大会)なので、女子のトップ選手が出場する。
若い女子選手の健康的な肉体の躍動は、見ていても楽しい。

d0159325_14062082.jpg

大坂選手は不調で欠場だが、トップ15のうち、参加全14選手が
ベスト8を前に全員敗退という戦国時代の様相だ。



女子のランキングを見ると、
-ovaで終わる名前の選手が多く、紛らわしい。
ロシアのシャラポワが有名だが、
ランキング・トップ50のうち、-ovaの名前の選手が
11人もいる(22%)。5人に一人が-ovaだ。


姓だから男女に関係ないはずだが、女子に多い。
国別にみると、当然ロシア、東欧系の選手が多いわけだが、
トップ80位まで広げると(14人)、
チェコがランク4位のクビトバ、7位のプリスコバ、25位のストリコバなど5人、
スロバキア(93年チェコより分離)が、29位のチブルコバ、35位のリバリコバなど4人、
ロシアが現在24位のシャラポワ、34位のパブリチェンコバなど3人、
ラトビアが18位のセバストーバ1人、オーストラリアから33位のガブリローバ1人となる。


なお、ロシア、東欧系の言語のVの発音は濁るはずだから、
すべて-オバが原語に近い。
なぜかシャラポバは、濁らないで(まるでタイ語のVのように)日本語表記されている。
これは、英語からか?モスクワはマスクバではない。



# by ucci-h | 2018-09-27 14:08 | スポーツ観戦 | Comments(0)
横浜の郷愁 今はなき市電を訪ねる

郷愁の横浜巡りが続く。

横浜の街での一番の思い出は
今はなき「市電」だ。

d0159325_10131796.jpg

横浜の市電は、1904年(明治37年)に開業。
1972年(昭和47年)にモータリゼーションの
渦の中に巻き込まれ、根岸線も走り、廃止となった。

d0159325_10152056.jpg


その68年の歴史の中で、最盛時の昭和30年代には
一日30万人を運んだそうだ。
ちょうど自分が毎日のように市電の②系統に乗って
立野の丘の中学校に通学していた頃だ。

d0159325_10134506.jpg

15の系統があった市電の中で、ちょうど横浜港を
ぐるっと反時計回りで生麦から本牧一丁目まで回る
②系統の市電で、10キロ近い距離を
麦田町トンネルを抜けた大和町まで通っていた。

d0159325_10142489.jpg


クリーム色に青い線のはいったチンチン電車の床は
板張りだったが、緑色の座席は座りやすかった。
今回、磯子区の滝頭の車庫跡にある「市電保存館」に
行って、確かめてきた。

d0159325_10152985.jpg

中学生だった自分は、帰りの横浜駅あたりで
疲れから、運転席のそばで立ったまま居眠りした思い出がある。
終点まで26の停留所を数えることになる。

d0159325_10151051.jpg

ちなみに昭和30年代の横浜駅は‘日本一さみしい駅’で、
東口は倉庫街、西口は米石油会社の跡地で草ぼうぼう、
ちょうど横浜高島屋が相鉄による開発で作られた時だ。

d0159325_10150072.jpg


行きの市電では、降りる大和町の二つ前に元町があった。
そこでは、フェリスなど女学生が降りた。
共学の中学生には、何かまぶしかった。


今は、JR根岸線(1964年、昭和39年開通)が走っているので、
中学のあったそばの山手駅までは横浜駅からも近い。
市電で通っていた頃、根岸線の建設が始まっていたのを眺めた。
山手駅から登る坂道には今では「ふぞく坂」と、学校の名の名残がある。

市電で一番印象に残るのが、お祝いの夜、車庫から満艦飾で出てくる
「花電車」だった。
d0159325_10154841.jpg

その色とりどりの電飾で飾られた電車は、当時はもちろんまだないが、
ディズニーランドのパレードを上回る鮮やかさだった。


昔の市電は、根岸駅から1.2kmほどの
滝頭にある「市電保存館」で見られる。
d0159325_10153799.jpg




# by ucci-h | 2018-05-17 10:23 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
石砂山(いしざれやま)の新緑を登る

5月半ば、連休後続いた曇雨天が終わったので、
好天の一日、山好きのI君の薦めてくれた「石砂山」(いしざれやま)に
新緑を味わいに登ることにした。

d0159325_23151689.jpg


石砂山(標高577m)は、神奈川県の北部、
相模湖の南、丹沢の北に位置する登りやすい山である。
‘春の女神’と呼ばれる「ギフチョウ」の生息地として知られている。

d0159325_23122966.jpg

ギフチョウは、明治時代岐阜県で新種として見つかったと言われる
アゲハチョウの仲間だが、近年個体数が減っており、
天然記念物に指定されている(今回は季節が過ぎていたが)。


d0159325_23134199.jpg

石砂山には、道志川の流れる南側から登った
(下りは、北側の藤野側へ)。
石砂山へのアクセスは、山深いのでバスを乗り継がねばならない。

横浜線の橋本駅から9時のバスに乗り、
終点三ヶ木(みかげ)まで行く。
津久井湖の南側を西へとバスは走る。

三ヶ木で10時発のバスに乗り換え20分ほど乗り、
伏間田入り口で降りて、歩き始める。
道志川を渡る亀見橋から見る丹沢の山は大きな緑だ。

d0159325_23135475.jpg

1時間半弱歩いて、昼前には石砂山山頂に着いたが、
登山道は樹々の影で覆われており暑くなく、
歩きやすい道だった。最後の200mはさすがに階段状の登りだが。

d0159325_23141272.jpg


d0159325_23142117.jpg


下りは、北方への道を篠原の里へ50分で一気に降る。
そこから「藤野やまなみ温泉」でひと風呂浸かって
帰る予定(定休日は水曜日なのはチェックしておいた)。

d0159325_23144505.jpg

早く下ってきたので、篠原からの一日数本のバスまで1時間ある。
温泉までの距離は4.2km。待っても歩いても着くのは同じ時間。
ならば歩き足りないので、温泉まで歩いた(最後の200mで
バスに追いつかれたが)。

d0159325_23122167.jpg

やまなみ温泉は、谷沿いじゃなくて、丘の上になった。
露天風呂は芝生に囲まれ、緑の山並みが展望できる
気持ちのいい温泉だった。
d0159325_23152710.jpg

2万3千歩も歩いた足の疲れをいやし、生ビール2杯でのどの
渇きをいやした。


歩くなら街の中より、やはり山の緑の中が爽快だと改めて感じた初夏の一日だった。



# by ucci-h | 2018-05-16 23:23 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
懐かしい横浜の丘を根岸から立野へ歩いたら・・

連休、快晴の一日、横浜の昔の思い出を尋ねて、
横浜の丘を歩いてみた。

根岸旧競馬場(根岸森林公園)、
YC&AC(横浜カントリー・アスレチック・クラブ)、
そしてなつかしい中学の地を歩いてみた。

d0159325_22484912.jpg


根岸森林公園は、根岸台に広々とした芝生が広がり、
新緑もまばゆいきれいな公園だ。
d0159325_22483666.jpg

「馬の博物館」も一角にある。
d0159325_22490134.jpg

日本で最初に、明治維新の前の1866年(慶応2年)に、
外国人居留民のために近代競馬場ができたところだ。
d0159325_22475479.jpg

むかし、通っていた中学校の窓から遠望できた。


そして何よりも公園の後ろのかつての競馬場観覧席の
建物の威容が目を引く。
d0159325_22481579.jpg

根岸競馬場は戦前の1942年(昭和17年)まで続いた。
知らなかったが、米軍の管理地の中に今でもある。
公開すれば、アトラクションになるような1929年(昭和4年)に
建てられた立派な建物なのに、なぜ立ち入り禁止なのだろうか?

d0159325_22480421.jpg


家族連れでにぎわう芝生の広い公園を後にして、
根岸台を下り、途中聖光学院を左に見て、
矢口台にあるYC&ACに向かう。

d0159325_22482792.jpg



聖光学院は、自分が中学に入ったころできた
カトリック系の進学校だ。
ちょうど59周年の学園祭をやっていた。
d0159325_22491166.jpg



YC&ACは、1868年(明治元年)に、スコットランド人たちが
クリケットをやるために創設したスポーツクラブだ。
ここは通っていた中学からもっと近く、いつもYCACの
文字が見えていた(YMCAと混同しそうだった)。
d0159325_22491923.jpg


今でも、クリケット場ならぬ野球場もある。
今のクラブのメンバー数は700人ほどとか。
古くに外国人の作ったスポーツ場ということで、チェンマイのジムカーナを
思い出した。ジムカーナはゴルフ場だが・・(日本で一番古い六甲ゴルフ場
よりさらに5年古く1898年にできたゴルフ場だ)。


ここのレストランでお昼。大きなハンバーガーを食べおなか一杯になった。
d0159325_22492908.jpg

そして「YC&AC通り」をさらに数分北へ進むと、立野の丘にある
なつかしの母校(中学校)の場所に行きついた。
d0159325_22493909.jpg

今では、中学校は移り、昔通った大学校舎も小学校の校舎に
建て替えられていたが・・。

d0159325_23020024.jpg

日曜なので中に入れなかった。
教室の窓から昔は横浜の海が見えた。
今も海は見えるが、ベイブリッジやみなとみらいのランドマークタワーなど、
景色はすっかり変わっている。
d0159325_22500594.jpg


「隔世の感」とはよく言ったものだ。
そう、それだけ時間が経ったのだ。
今回、昔の景色を新たに見たおかげで、
これからさらに新しい気持ちで生きられそうだ。


きょうも17000歩あまり歩いた。
根岸線山手駅に着いたら、坂の名前に「ふぞく坂」とあった。
d0159325_22501659.jpg

根岸線の建設が始まったのは、中学に市電で通っていた頃だった。







# by ucci-h | 2018-04-29 23:03 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
新緑の野川公園はまぶしかった

旧友M君を訪ねて、春の武蔵野の新緑を
歩いた。


中央線の吉祥寺から西国分寺にかけて
武蔵野には緑豊かな公園がたくさんある。
今回は、新緑を訪ねて、野川公園、ICU
(国際基督教大学)、そして深大寺へ行ってみた。

d0159325_15295369.jpg


さわやかな快晴の日、M君と彼の愛犬ロビン君
(白くて小さいトーイプードル)と野川公園を一周
散策した。
木陰が多いので、暑さに弱いというロビン君も
うれしそう。
d0159325_15300434.jpg



野川公園は、ICUのゴルフ場を都が買い取り、
1974年(昭和49年)に都立公園としてオープンしたもの。
以前行ったときに比べ、樹々が大きいのが印象的だ。


d0159325_15294393.jpg

野川公園の広さは40万平米、先日行った
横浜の三ツ池公園の30万平米より広く、
昨年行った小金井公園80万平米のほぼ半分の広さだ。


野川公園の後、その北側にあるICUに
何十年ぶりかで行った。
ここの正門からの桜並木は見事だ。
かつて入学した者だと言ったら、守衛さんは
快く今のキャンパスを地図で案内してくれた。


d0159325_15301893.jpg

本館前の芝生のたたずまいは、半世紀前と
変わっていなかった。


学食でお昼を食べたあと、最後に深大寺へ
行ってみた。
深大寺周りの茶店群は、M君の出身の
京都の嵐山界隈の茶店のようだ。
味噌おでんと草餅を食べて、武蔵野を後にした。




# by ucci-h | 2018-04-27 15:37 | 日本・米国・欧州 | Comments(0)
  

北タイのチェンマイをベースにメコン、アセアンの経済、見所、食べ物を日本と比較して紹介します。ただし投資をアドバイスするものではありません。コメント記入は題字をクリック下さい。
by バンディ
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
検索
最新のコメント
死ねや。
by a at 21:37
え?
by a at 21:36
初めまして! 宅配..
by 食在清邁 at 18:31
I wrote her ..
by buy generic viagra at 19:11
https://clck..
by ArabekWef at 12:30
異国でのお付き合い。特別..
by takeshi_kanazaw at 16:38
mugaさんも、カラオケ..
by ucci-h at 15:40
わ!、レパートリーが幅広..
by muga at 01:39
そうですね。たしかにタイ..
by ucci-h at 21:19
銀行の手数料はタイの銀行..
by 青木 at 16:03
まずぶつかるのが、短期滞..
by ucci-h at 19:49
日本の春を楽しまれていま..
by takeshi_kanazaw at 14:42
若いしまだまだ曲折がある..
by ucci-h at 09:57
素晴らしかったですね〜 ..
by muga at 10:38
この記事はバンコク・ポス..
by ucci-h at 10:57
コメントありがとうござい..
by ucci-h at 16:59
こんばんは、やってますね..
by muga at 22:16
タイ語の読み書きは、まる..
by ucci-h at 21:14
相変わらず熱心ですね!見..
by 摂津屋 at 07:02
そうですね。末子音です。..
by ucci-h at 20:14
ブログパーツ
最新のトラックバック
venussome.co..
from venussome.com/..
http://venus..
from http://venuspo..
http://venus..
from http://venusco..
www.whilelim..
from www.whilelimit..
ライフログ
ファン
ブログジャンル
海外生活
時事・ニュース
画像一覧